
お練りとバリアフリーで文楽の魅力を発信した「にっぽん文楽 in 伊勢神宮」
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「にっぽん文楽」は、伝統芸能「文楽」の魅力を広く伝えるために立ち上がったプロジェクト(主催:日本財団)。檜(ひのき)を贅沢に使用した組み立て式舞台を用いた屋外公演で、江戸時代に庶民が親しんだ「遊芸としての文楽」を再現している。
組み立て式舞台によって、開放的な屋外で文楽を鑑賞(演目「二人三番叟」)
公演は4回目を迎え、「日本文化の原点」と称される伊勢神宮での開催が実現。2017年3月11〜14日の4日間、昼夜計7回の公演(13日夜公演は雨天中止)で約2300人を動員した。
連日満員となり、大盛況で幕を閉じた(演目「義経千本桜 道行初音旅」)
文楽の魅力をお練りでアピール
「あでやかー」「かわいい!」——。2017年3月10日、文楽人形が伊勢神宮内宮(ないくう)の鳥居前町である「おはらい町」に登場すると、居合わせた観光客たちから歓声が沸いた。「にっぽん文楽 in 伊勢神宮」のお披露目、「お練り」の始まりだ。
おかげ横丁入り口付近からお練りが始まると、大勢の見物客が集まった
赤福本店前から、内宮の入り口となる宇治橋前までの約400メートルを、伊勢音頭の踊り子たちに先導され、大夫や三味線、人形遣いといった技芸員と公演スタッフがにぎやかに練り歩いた。
歌舞伎の公演や落語の襲名式では、成功祈願と宣伝を兼ねてお練りを行うが、文楽の公演としては非常に珍しいこと。にっぽん文楽では、2016年秋に浅草仲見世で行ったお練りが好評を博したのに続き、今回で2回目となる。
参拝客やおはらい町の店舗スタッフからは、「初めて文楽の人形を見た」「次は文楽の舞台で見てみたい」という声が聞かれた。公演のお披露目だけでなく、文楽自体の認知を上げるのにも一役買ったようだ。
お練り後、関係者一同は内宮と外宮(げくう)の両方で御垣内(みかきうち)参拝をした。4月に六代豊竹呂太夫を襲名した太夫の豊竹英太夫(当時)は、参拝後に「襲名を直前に控えて、この伊勢神宮で義太夫を語らせていただくことは、一生の誇りになります」と、伊勢神宮公演への意気込みを語った。
バリアフリーが文楽の可能性を広げる
にっぽん文楽の目玉の一つ、組み立て式舞台が設置されたのは、神宮の杜(もり)を背景とする外宮第二駐車場。そのため、神々に文楽を奉納する特別公演とし、入場無料の招待制とした。
伊勢神宮外宮・北御門前に立てられたにっぽん文楽の幟(のぼり)
また、こうした機会により広い層に文楽を楽しんでもらえるように、障害者や福祉施設利用者を多く招いて「バリアフリー文楽」とした。
開場前のスタッフ・ミーティング。地元・皇學館大学の学生を中心に、ボランティアが多数参加した
会場では、聴覚障害者のために、手話通訳とともに舞台の進行に合わせて文字情報を配信するタブレット端末が用意された。視覚障害者のためには、点字パンフレットやイヤホンガイドを配布。車椅子利用者が付き添い介助者と並んで座れる席や、多目的トイレも設置した。
(左上)配布された点字パンフレットとイヤホンガイド(右上)小屋横には多目的トイレを設置(下)演目の合間に行われる、太夫と三味線、人形遣いによる「文楽解説」は、手話で同時通訳された
タブレットを利用した聴覚障害のある50代男性は、「これがあるのとないのでは、物語の理解度が全然違う」と感想を述べた。40代女性は、「情報がタイムリーに配信されるので、場面の状況が把握できて、繊細な人形の仕草がより楽しめた」と好評価だった。
タブレットを利用した方々からは、「あって良かった」と評判は上々
視覚障害のある50代男性は、「イヤホンガイドが舞台の状況を教えてくれるので、とても助かります。屋外で気持ち良い風を感じながら、太夫の語りと三味線の音色を堪能しました」と笑顔で語った。
「太陽の下だと、タブレットが反射して見づらかった。フィルムなどで対策してほしい」などの指摘があり、改善すべき課題も残されたが、バリアフリー化はおおむね好評だった。また、「(視覚障害のない)妻にイヤホンガイドを貸したら、『私の分も、これ欲しい』と言っていました。内容を理解しやすくなるので、障害者以外の希望者にも貸し出せばいいと思う」といった提案も出た。
通常のにっぽん文楽の公演では、義太夫節と人形の動きに集中して欲しいという考えから、イヤホンガイドや床本(義太夫節の詞章本)の提供などは行っていない。しかし、にっぽん文楽プロジェクトのアシスタントプロデューサー・榎本かおりさんは、こう振り返る。
「今回、イヤホンガイドで流した内容は、物語の内容を細かく伝える通常の音声ガイドではありません。視覚障害者の補助として、舞台の状況を簡略化して伝えたものです。でも逆に、『このくらいの内容ならば集中力をそがれず、あまり義太夫節の邪魔にならない』という意見がスタッフ内でもありました。文楽の発展のために、今回のバリアフリー公演の経験をいろいろと生かしていきたいですね」
人形の舞と義太夫節が織りなす総合芸術のため、文楽は視覚と聴覚両方で楽しめるもの。どちらかに障害や問題があっても、しっかりとしたサポートがあれば、その魅力は十分伝わることが本公演で分かった。
六代豊竹呂太夫の義太夫節は、喜怒哀楽が豊かな表現力で語られる
にっぽん文楽は年2回の公演ペースで、東京五輪・パラリンピックが開催される2020年までプロジェクトを継続することが決定している。気軽に楽しめる屋外公演をベースに、お練りやバリアフリー化のような新たな試みを続けながら、より多くの人に文楽の魅力を発信していく。
写真=三輪 憲亮、ニッポンドットコム編集部
取材・文=ニッポンドットコム編集部