漫画は日本だけじゃない!
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「日本では、“マンガ”(※1)があまりにも強く、独自の発展を遂げてきた。だから日本人はコミックといえば日本の“マンガ”だけで、海外にも同じジャンルの文化があるということを忘れています」——そう語るのは、2012年11月18日に東京ビッグサイトで開催される「海外マンガフェスタ」の実行委員長、フレデリック・トゥルモンドさん(34)だ。
フランスやベルギーを中心に生まれた漫画はフランス語で「バンド・デシネ」(BD)(※2)と呼ばれるが、トゥルモンドさんは日本にもっとBDを広めたいという思いから、2008年に専門誌「ユーロマンガ」を立ち上げた。「海外マンガフェスタ」はそれ以来温めてきた計画で、「漫画を通じた国際交流」というアイディアが次第に共鳴を呼び、賛同する人々の輪が広がった。
今回が初となる「海外マンガフェスタ」は、オリジナル作品に限定した同人誌の即売会「コミティア」との同時開催。欧州、北米、アジアの出版社や大使館がブースを出展し、日本ではなかなか入手できない漫画を販売するほか、各国のコミック作家がサイン会などを通じて読者と交流する場となる。目玉イベントは、フランスやベルギーから招いたバンド・デシネ(BD)の有名作家が、日本の大友克洋、浦沢直樹と語り合うトークライブだ。
「海外の優れた作品を知ることは、日本のマンガ界全体にとって必ず利益になる。読者の感性も豊かになる。私はたまたま、BD、アメリカン・コミック、マンガの3つを均等に読む環境にいられた。そのことが自分の人生にとてもプラスになった」とトゥルモンドさん。
無念!夢の競演は実現せず
高校生の頃は、本気で漫画家になりたいと思っていたほどのコミック好きだ。特に衝撃を受けたのは、大友克洋の『AKIRA』。BDでは、レジス・ロワゼルの『時の鳥を求めて』(原作:セルジュ・ル・タンドル)だった。
「日本語版が11月9日に発売されたばかりなんです。この作品は、BDもファンタジーの世界を描けるんだ、娯楽性でアメコミやマンガにも負けないんだ、とワクワクさせてくれました」
トゥルモンドさんは「海外マンガフェスタ」のために、ロワゼルを日本に招き、大友とのトークイベントをセッティングした。
「私にとっては、ふたりの“神様”が同じステージに立つという夢のようなプロジェクトだったわけですが、ロワゼルがご家族の病気で来日できなくなってしまった。とても残念です。完成したばかりの『時の鳥を求めて』の日本語版を本人に手渡したかった……。私が好きだというだけでなく、BD史に残る大作家なのです」
BD界の巨匠といえば、今年の3月に亡くなったメビウスがいる。大友や浦沢をはじめ、日本の大作家たちが影響を受けたと公言する作家だ。
「メビウスに匹敵する存在がロワゼルです。メビウスに影響を受けた次の世代、特に80年代以降にBDを発見した世代の漫画家たちは、ほぼ間違いなくロワゼルの影響を受けています。私のような30代の読者にとって、『時の鳥を求めて』ほど直に心を鷲掴みにするBDはなかった。ストーリー展開、キャラクターの個性、すべて斬新でした。まさに時代を変えた作品です。ここからヒロイック・ファンタジーが発展したといっても過言ではないでしょう」
ユーロコミックの革命児はマンガ世代
そのロワゼルの代わりとして来日することになったのが、バスティアン・ヴィヴェス。
「今フランスで非常に人気を集めている若い作家です。まだ28歳ですが、すでに20作ほど発表しています。テーマも冒険、家族、学園、バレエ、エロスとさまざまです。この若さで、これほど多くのジャンルをこなし、すでにメジャー作家の仲間入りをしている。将来、確実に残る作家でしょうね」
巨匠ロワゼルの来日中止は残念だが、このタイミングでヴィヴェスを知ることができるのは、日本の読者にとって“僥倖(ぎょうこう)”かもしれない。日本のマンガからも影響を受けており、創作に対する考え方が新しく、「これまでのBD作家とまったく違う」。
もともとBDの作家たちは、作画とシナリオを分担する以外、あまり他人と共同で作業をしない。ところがヴィヴェスには、そういったこだわりがなく、自分の下書きに他人の手が入ることに抵抗がないという。
「仲間とのコラボレーションで創作を進めていける。しかもデジタルをメインに使っています。技術的な革命児と言えるでしょう。ブログ上で作品を発表して、口コミでファンが増え、出版されるというところも、新しい世代ならではですね」
最近は『バクマン。』(※3)を参考に、日本風の格闘漫画を制作中だとか。日本の漫画界に特有のプロダクション制(分業制)を使って、週20ページのペースを守って描いていくのだという。
漫画における「作家主義」
それと対照的なのが、ここ数年のエマニュエル・ルパージュ。ひとりで原作と作画の両方をこなし、非常に作家性を強めている。『ムチャチョ』(邦訳:飛鳥新社)では革命、最新作『チェルノブイリの春』(邦訳未刊)では原発問題に取り組んだ。
「2008年4月に本人がチェルノブイリの村に2週間滞在した実体験を描いたものです。ルポルタージュといってもいいし、個人的な出来事や思いを含んだエッセイといってもいい。彼はチェルノブイリを旅しながら、絶えずなぜ来たのかと自問し続ける。結局、彼は“死の国”を確認するつもりで来たのに、そこで見つけたのは、生命、生き生きとした人間と、生き生きとした自然だった……。彼が作品を通じて表現したのは、原発反対あるいは賛成、といったレベルでなく、目撃者としての生の証言だったのです」
漫画を読んで「日本に住める」と思った
もうひとり忘れてはならないBDの巨匠が、ベルギー人のフランソワ・スクイテンだ。職人気質と芸術的な創造性を併せもち、都市の建築を背景とする構図に優れ、緻密な線で夢幻世界を描いていく。マンガ世代、デジタル世代のヴィヴェスと違って、1ページの作画に1週間かけることもあるという。代表作『闇の国々』について、トゥルモンドさんは「アートと文学が融合したBD史に残る名作」と絶賛する。
『闇の国々』のシナリオを担当するのがブノワ・ペータース。トゥルモンドさんはこの作家に「個人的な」思い入れがある。ペータースは、日本に10年以上住んでいた漫画家のフレデリック・ボワレと組んで、1998年に『東京は僕の庭』(邦訳:光琳社出版)を出した。
「私が日本に来るきっかけをつくったのがこの作品です。大学2年生の頃、日本語を専攻していたけれど、まだ日本のことがよくわからなくて、勉強をやめてしまおうかと悩んでいた時期があった。そんなときに見つけたのがこの漫画で、読んでみたら『これなら日本に住めそうだ』と思えてきたのです。それまで抱いていた日本のイメージは、“変な別世界”でした。東京はあまりに都会すぎて人の住むところじゃないんじゃないか、日常生活はたぶんつらいだろうと。しかし、この作品に描かれていた東京は“平和”。私にぴったりの人間関係があると思ったのです。実際にこの目でそれを確認しなきゃ、と思ったのが日本に来た最初の理由です。だからペータースがいなければ、海外マンガフェスタもなかったかもしれない(笑)」
1冊の本との出会いが人生を変えることは確かにある。海外マンガフェスタは、スケールの大きな、ダイナミックな出会いの場となることだろう。(2012年11月9日)
フランス語インタビュー・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)
海外マンガフェスタ
2012年11月18日(日)11:00~16:00
東京ビッグサイト(西棟アトリウム) 東京都江東区有明3-11-1
※コミティア入場料としてティアズマガジン(¥1000)を購入のこと。小学生以下は入場無料。
http://kaigaimangafesta.com/
http://www.facebook.com/kaigaimangafesta
(※1) ^ 記事中では、「漫画」と「マンガ」の表記をあえて混在させたが、海外のものを含めたコミック全般を「漫画」とし、「manga」の呼び名で世界的に通用する日本の漫画を指す「マンガ」と区別している。ただしイベントの名称「海外マンガフェスタ」の「マンガ」はコミック全般を指していることに注意されたい。
(※2) ^ バンド・デシネ(bande dessinée)はフランス語で広義の漫画を表す言葉。同時にフランスやベルギーで発展した漫画の一ジャンルを指し、アメリカの「コミック」、日本の「マンガ」と区別するときにもこう呼ぶ。その場合特に、頭文字をとって「BD(ベデ)」と呼ばれることが多い。フルカラーの大判アルバムが主流。
(※3) ^ ふたりの少年が原作と作画でコンビを組み、漫画を連載していく過程が、漫画業界の現実そっくりに描かれる。2008~2012年、週刊少年ジャンプ(集英社)に連載。原作・作画は『DEATH NOTE』の大場つぐみ・小畑健。