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浮体式洋上風力発電「ふくしま未来」運転開始

科学 技術

福島県沖で11月11日、2000kwの風車が回り始め、浮体式洋上ウィンドファーム(風力発電所)の実証研究事業がスタートした。来年度中に設置される7000kw風車2基が動き出すと、発電規模は合計1万6000kwとなり、浮体式では世界最大となる。日本政府は同事業を、東日本大震災・原発事故で傷ついた福島県の復興のシンボルと位置付けた上、風車産業の一大集積拠点に育てたい考えだ。

14年度中には7000kw2基を追加

楢葉町沿岸から約20km離れた水深約120mの海域で送発電を開始したのは浮体式洋上風力発電設備「ふくしま未来」。発電された電力は海底ケーブルを通じて東京電力広野火力発電所(広野町)横で東北電力の送電線に接続。約1700世帯分の消費電力量をまかなう。

風車のブレード(3枚)の長さは各40m、直径だと80m。風車は日立製作所製のダウンウィンド型だ。水面から風車最高点までは106mで、新宿などの超高層ビルの高さに匹敵する。風車を支える浮体(三井造船製)の高さは32mもある。

2000kwダウンウィンド型浮体式洋上風力発電設備「ふくしま未来」(福島洋上風力コンソーシアム提供)

2km離れた海域には発電した電力を高圧に変換して陸上に送るための変電設備と風向きや風速を計測する観測タワーを乗せたサブステーション「ふくしま絆」も据え付けられた。こちらの水面からの高さは60m。6万6000vの変圧器の洋上設置は世界初だ。

14年度中には世界最大級の7000kw発電設備2基が追加設置される。「ふくしま未来」を真ん中に、1.6km離して超大型風車(ブレード長82m、直径164m、三菱重工業製)を左右に配置する。水面からは187mで、新宿アイランドタワー(189m、44階)並みの高さだ。こうなると、「波にゆらゆら」どころか、とてつもない巨大海上構造物の出現である。

浮体式洋上サブステーション「ふくしま絆」(福島洋上風力コンソーシアム提供)

世界の主流は「着床式」

「ふくしま未来」が注目を集めているのは、発電設備を陸上から遠く離れた海上にプカプカ浮かべる「浮体式」であるため。風車とそれを乗せた浮体構造物は“浮き”のように海上で浮いており、海流に流されないよう係留索とアンカーによって海底で固定されている。

世界でこれまで主流だった「着床式」は、海底に基礎を築いて発電設備を固定する方式で、水深20m前後の遠浅の海域が広い欧州で行われている洋上発電もほとんどがこれだ。構造上、30m程度の水深が限界で、むしろ深い海には建てにくい。

日本で洋上風力の取り組みが遅れたのも着床式に適した遠浅海域が少なかったためだ。水深の深い海域でも設置が可能となれば、これまでの日本の弱みが逆に強みに変わる。

日本の領海と排他的経済水域を合わせた面積は世界6位。洋上風力発電導入ポテンシャルは16億kwと国内電力10社の総発電設備容量(2億397万kw)の約8倍に上る(環境省「再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査」)潜在力を秘めている。日本にとっては願ってもないエネルギー源だ。

「ふくしま未来」動画(11月6日撮影、福島洋上風力コンソーシアム提供)

三菱重工、油圧ドライブで大型化に対応

浮体式洋上風力発電所の建設技術そのものは既に確立している。海底油田やガス田開発で取得した浮体式プラットフォーム技術を導入すればいいからだ。沖合の風車から陸上に送電するための海底送電ケーブル技術も日本は保有。関連技術を持つ有力企業もそろっている。

問題は高い初期コストだ。高深度の海域での浮体式発電設備の設置は建設費が高く、メンテナンス費用も陸上の比ではない。コストを引き下げるためには風車を大型化するしかない。

それを実現したのが三菱重工だ。風車が生み出す回転力を歯車ではなく、油圧で発電機に伝達する「油圧ドライブトレイン(動力伝達装置)」を開発。英国の陸上実証機で稼働するとともに、7000kw風車2基(うち1基は「ふくしま新風」と命名)に導入する。

2010年に買収した英ベンチャー企業・アルテミス社の技術をベースに完成させた。風車をデジタルで細かく制御できるほか、メンテナンスに大型重機が必要だった増速機(ギアボックス)が不要となるメリットがある。風車を大型化するためには故障しやすい増速機の増速率を高める必要があり、技術的ネックになっていたが、油圧ドライブはその課題をクリア。1万kw規模への対応も容易になったという。

世界の市場規模、20年には4兆円以上に拡大も

民間の市場調査会社、富士経済(本社東京)によると、11年に3864億円だった世界の洋上風力発電の市場規模は20年には4兆3442億円にまで拡大する見通し。30年時点でも3兆0875億円規模の需要を見込めると予測している。

洋上風力発電の利点は海上では強く安定的な風が吹くこと。陸上風力発電の稼働率は20%程度だが、洋上風力発電は30~40%と高い。安定的な電力供給が可能だ。

世界の洋上風力発電をけん引しているのは欧州、中でも英国。枯渇し始めた北海油田の代替エネルギーだ。同国政府は07年、2020年までの3300万kw洋上風力開発計画(事業規模約13兆円)を発表。20年までに7000基以上の洋上風車を設置し、同国の全消費電力の3分の1をまかなう予定だ。

今年7月4日には英南東部沖合約20kmに位置するロンドンアレイ洋上風力発電所(着床式)が稼働開始した。合計出力は63万kwで、原子力発電1基分に相当する。稼働中の洋上風力発電所では世界最大だ。英国の50万世帯に電力を供給する。

175基(1基当たりの出力3600kw、ブレード長60m、直径120m)の風力発電機と系統連係機器はドイツのシーメンス社が納入。同社はデンマークの総合エネルギー大手ドン・エナジー社とともに長期保守サービスも提供する。送電事業を英インフラ投資会社と共同運営するのは三菱商事だ。

デスバレー突破の原動力は「福島復興」

「福島県沖浮体式洋上ウィンドファーム実証実験事業」は福島を、「再生可能エネルギー先駆けの地」とするためのシンボルとし、世界をリードする浮体式洋上風力発電技術の実用化を目指した国家プロジェクトだ。

経済産業省の委託を受け、丸紅、東京大学、三菱商事、三菱重工、ジャパン・マリンユナイテッド、三井造船、新日鉄住金、日立製作所、古河電気工業、清水建設、みずほ情報総研の11社がコンソーシアムを結成し、取り組んでいる。

事業期間は第1期(2011~13年度)と第2期(14~15年度)。総事業は188億円、既に125億円を支出している。

浮体式洋上風力発電は今でこそインテグレーターの丸紅を筆頭に、風車、浮体構造物、電線、鋼材等の一線級メーカーが最先端技術を持って結集したコンソーシアムを結成しているが、10年前は実現可能性の乏しいプロジェクトだった。

石原孟東大教授(大学院工学系研究科社会基盤学専攻)

同プロジェクトの生みの親で、コンソーシアムでもテクニカルアドバイザーを務める石原孟東大教授は「一番難しかったのは企業の説得。『できない』という企業に何度も頭を下げた。日本政府にも苦労してお金を出してもらった。3.11で反応が少しは変わったが、それから取り組んでいても遅かった」と語る。

また、「優れた技術が開発されても、なかなか実証実験までいかないのが現実だ。実証しようとすると、ものすごくお金がかかるし、時間もかかるから、いいアイデアだけで終わってしまう。このデスバレー(死の谷)を越えて初めて世の中の役に立ち、経済効果も出るのだが、そこまで行き着けない。それを今回突破したのが大きかった」と感慨深げだ。

石原教授は、「突破させた原動力は福島復興だった。原子力産業と同じくらいの再生可能エネルギー産業を創出したい。最終的に何千人かの雇用を生み出さなければ福島の復興にならない」と力説する。

関連産業のすそ野広く、輸出産業化も

日本政府が今年6月14日、「浮体式洋上風力発電は18年ごろまでの商業化を目指す」(「日本再興戦略」閣議決定)方針を打ち出したのも風力発電機が自動車や家電のように関連産業のすそ野が広い上、関連技術を有する有力企業も多く、将来的に有望な輸出産業に育つ可能性を秘めているためだ。

風力発電機は部品数が1万~2万点と自動車や家電並み。風力発電が伸びれば、部品・部材の需要も拡大する。航空機や自動車、船舶に使用されている部品と共通性が高いため、既存業界にとっても魅力的な市場だ。

起動スイッチを押す佐藤雄平知事(左)と赤羽一嘉経産副大臣(いわき市小名浜のいわき・ら・ら・ミュウ)

福島県は小名浜港(いわき市)の広大なスペースや北に広がる浜通りなどに洋上風車工場や研究開発施設など大きな産業クラスターを集積させ、雇用創出を目指している。「風力関連という観点からはまだ実績はないが、実証研究事業が終了し、事業化(商業化)が決まれば動きが出てくる」(県商工労働部産業創出課)と期待度は高い。

佐藤雄平県知事も運転開始式で、「原発事故の影響で県を取り巻く状況は全般的に厳しい。3.11前に戻すことを目指しているが、足らざるところは産業を興していく。浜通りを風力発電のメッカにしたい」と期待を表明した。

漁業と共存できるかが成否の鍵

実証研究の主目的は気象・海象観測技術の開発や浮体動揺予測技術の確立、浮体式洋上風力発電・変電技術の確立、高性能鋼材の開発などの技術的挑戦だが、むしろそれ以上に重要なのは周辺海域の航行安全性、騒音・景観・電波障害・漁業生物などへの環境影響評価などで社会的合意をいかに得るかだ。

とりわけ、プロジェクトの成否の決め手になると思われるのは漁業者の理解を得られるかどうかだ。底引き網漁を行う場合、網が海中に張られている係留索や送電ケーブルに引っ掛かる恐れがあるからだ。

しかし、今では網が引っ掛かるのを回避するセンサー技術が確立している。アンカーも実証が終われば撤去する。海底ケーブルも特殊の機械を使って海底の砂を液状化させ、砂の1m下にもぐらせた。

「これらの問題は現在の技術ですべて解決できるが、漁業者に『できる』ことを見せる必要がある。だから実際にやってみせることにした。これから2年間、一緒に漁をして確認することで合意した」(石原教授)という。漁業者と共存共栄できるかどうかの実証が重要だ。

あいさつする野﨑哲福島県漁連会長

福島県漁業協同組合連合会の野﨑哲会長は、「県の漁業はいまだに試験操業状態だ。洋上風力発電が漁業再生の大きな柱になることを期待している」と協力姿勢を示した。しかし、漁業者の抵抗がなくなったわけではない。現時点では「来年、2つの風車が追加され、3基がプカプカ浮かぶようになれば、空気が変わってくる」(事業関係者)ことを期待するのがせいぜい。社会的合意を取り付けることは実に難しい。これが実証研究の最大テーマなのかもしれない。

取材・文=長澤 孝昭(一般財団法人ニッポンドットコム・シニアエディター/ジャーナリスト)

バナー画像=浮体式洋上サブステーション「ふくしま絆」(福島洋上風力コンソーシアム提供)

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