風が通り抜ける都会の家
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緑の庭を残したい
東京都大田区の住宅街に、緑多い和風庭園を併せ持つ集合住宅がある。コーポラティブハウス「風の杜」。門を入ると木々が生い茂り、小さな池につながる小川が流れる。初夏には、オタマジャクシが泳ぎ、カエルに成長する過程が見られるそうだ。庭の虫を食べて生きるカエルやヤモリなど多様な生き物が生息する。住人たちはメジロ、ウグイス、ヒヨ、オナガなどの鳴き声で目覚めるという。まるで高原のリゾートにいるようだ。
コーポラティブハウスとは、居住者が設計段階から参画して、自分たちの好みの居住空間を作り上げていく集合住宅のこと。「風の杜」が完成した3年後に亡くなった地主さんが、自分の死後も庭の豊かな緑を守りたいとチームネットに相談したのがきっかけだった。チームネットはHAN環境・建築設計事務所と共に、環境共生型コーポラティブハウス計画を発表。「緑豊かな自然環境を受け継ぐ」というコンセプトに賛同した30代~60代の8世帯と地主さんが建築組合を作って、2年弱をかけて各自の住まいと共有部分を設計した。そして2006年、約760m2の敷地内の約350m2に鉄筋コンクリート地下1階地上3階建の建物が完成。地主さんの持ち分の3戸は、賃貸となっている。
庭の緑を残したことで、夏は涼しく省エネ効果もあり、CO2(二酸化炭素)も削減できる。くみ上げた井戸水は小川から池に流れ、植木への水やりにも使われる。庭が見える離れの集会所は住人たちの会合などに利用されている。
風が通りエアコンいらず
この「風の杜」の3階に夫婦2人で暮らす佐藤さん宅を訪ねた。妻の幸子さんによると、「風の杜」に暮らすことを決めたのは、以前からの理想を実現できる条件がそろっていたからだという。日本庭園が目の前で楽しめること、自分たちの希望する間取りを実現できること、手ごろな値段で購入できること…。特に間取りにはこだわり、壁で仕切った小部屋を作らず、基本的にはワンルームとし、天井まで家具をつけない、間口を広く取るなど、かねてからの望みであった“風が通る”家にするための工夫を施したという。建物自体はモダンな設計だが、古来の日本家屋の長所も取り入れることで、風通しの良さ、自然光を生かした暮らしができるようになった。
夏は緑のカーテンが強い日差しを遮るだけでなく、葉の間を通して風が入ってくるため涼しく、猛暑と言われた2011年の夏もエアコンを使ったのはわずか10日。冬になると、この緑のカーテンの葉が落ちて日が入り、温かい。壁には外断熱材も入れてあり、1階でも寒くはないそうだ。
幸子さんが家の中で最も気に入っているのは、ダイニングコーナー越しにテラスの草花を見ながら料理ができるキッチン。「これまでのマンション暮らしでは、壁に向かって料理をしていたので、草花を見ながら料理をするのが夢だったんです。緑は心を癒やしてくれます。花は南向きに咲くので、北側のこのテラスの花たちは、部屋の中の私たちの方を向いて咲いてくれているんですよ」と話す。
都会で環境を守るということ
今後の課題は、経費をかけずにどこまで自分たちの環境を守っていくか、ということだ。建物の劣化に伴うメンテナンスや庭木の剪定(せんてい)など、限られた管理費の使い方について、住人たちの意見をまとめるのは簡単ではないという。
「都会で緑を残すことは大変なことなんですよ」と夫の良逸さんも語る。「最近の開発業者は環境に対する意識が低いと感じます。緑の維持・管理は事業上、効率が悪く、大きな木は切り倒されてしまう。広い土地も小さく分割されたり、小さな駐車場に姿を変えていく。東京のような都会で、緑を残していくことは簡単ではありませんが、大事なことです。一人ではできませんが、こうした集合住宅を作ることによって、それが可能になったのです」と強調した。「風の杜」で暮らす佐藤夫妻は、まさに緑に囲まれて暮らすことの喜びを日々実感しているようだ。
撮影=大瀧 格