
漫画「キャプテン翼」を翻訳したシリア人、カッスーマー・ウバーダ
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“マージド”に憧れた少年が“翼”を翻訳
1990年代のアラブ諸国では、街角で遊んでいた子どもたちが、いっせいに姿を消す時間があった。家の中で、サッカーアニメ「キャプテン・マージド」のテレビ放映を見るためだ。そして放映が終わると、再び外に出て、みんながアニメの中で繰り出された超人的なスーパープレーのまねをし始める。東京外国語大学に通うシリア人、カッスーマー・ウバーダさんも、そんな少年の一人だった。
「僕はマージドのまねをして、気絶したことがあります。宙返りをしながらシュートを打とうとして、頭から地面に落ちてしまったのです。そのくらい、マージドに夢中でした」
今、ウバーダさんは時の人だ。2017年1月から、「キャプテン・マージド」の原作「キャプテン翼」(集英社、原作=高橋陽一)シリーズの漫画単行本がアラブ世界で刊行を開始した。そのアラビア語翻訳を担当しているからだ。紀伊国屋書店ドバイ店ではベストセラーになっており、その本が国際機関などを通じてシリア難民の子どもたちに寄付されたことで、国内外で報道された。
「翻訳の話をもらった時は嬉しかったです。しかも、自分の名前が本に載せてもらえるというので、とても興奮しました。シリア人の僕が翻訳した日本の漫画を読んで、アラブ諸国の子どもたちが夢や希望を持ってくれたら素晴らしいことです」
翼と日本漫画文化が世界中で愛される理由—『キャプテン翼』原作者・高橋陽一インタビュー
東京外国語大学のキャンパスで撮影。ウバーダさんは、国際社会学部の4年生
難しいからこそ専攻した日本語
サッカー少年だったウバーダさんが、日本語に興味を持ったのは、ダマスカス大学に通い始めてから。最初はスペイン語を学ぼうと考えていたが、「日本語の方が習得は難しい」という話を聞き、逆に挑戦したくなった。
「僕は困難を克服するのが好きです。マージドのまねをして気絶するくらい、チャレンジ精神があります(笑)。サッカーもシリアのプロチーム『アル・ジャイシュ』で2年間練習生をして、自分が納得するレベルまで達しました。その次に、日本語への挑戦を決めたのです」
難しい漢字の学習も、ウバーダさんには「イラストを覚えるみたいで楽しい」ものだったという。猛勉強の結果、日本語専攻者の中でも上位の成績を収め、東京外国語大との交換留学生の奨学金を得た。
「子どもの頃、マージドはアラブ世界の選手だと思っていました。アニメでは、そのように翻訳されていたからです。だから、漫画が日本語学習のきっかけではありません。そんな僕が日本に留学して、『キャプテン翼』を翻訳して、アラブ世界に翼を日本人として紹介するなんて、本当に考えもしませんでした」
友だちにアラビア語版「キャプテン翼」を見せるウバーダさん。最近は「学内でも超有名人」だとか
原作を尊重して翻訳
「キャプテン翼」は主人公・大空翼を中心に、サッカーに打ち込む仲間やライバルたちの姿を描いたスポーツ漫画。1983年に日本でアニメ化されると、登場人物たちが繰り出すアクロバティックなシュートが子どもたちの心をつかみ、国内でサッカーブームを起こした。
アニメは世界50カ国以上で放送された。子ども向けに翻訳されたため、登場人物たちは各言語圏の名前に変更されている。翼は、フランスでは「オリビエ」、スペインでは「オリベル」となり、アラビア語では「マージド」となった。
漫画「キャプテン翼」のアラビア語版は、紀伊国屋書店が版元の集英社から許諾を得て刊行・販売している。製造は大日本印刷に委託。紀伊国屋書店ドバイ店を販売元として、中東や北アフリカのアラビア語圏19カ国で発売していく。
この本は原作を尊重して翻訳され、キャラクター名を現地の名前に変更しないなど、日本のコミックであることを強調している。ウバーダさんも、「学校の部活動など、日本の文化をしっかりと伝えたい」と言う。紀伊国屋書店では今回の刊行・販売を契機として、日本のコンテンツをアラビア語に翻訳出版する事業を拡大していく予定だ。