社会の中における建築家の立ち位置を求めて——建築家・坂 茂さん
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開かれた公共美術館
——米プリッカー賞受賞おめでとうございます。
大きな賞をもらったからといって、特にこれまでと変わりはないです。そういうことに踊らされずにやるつもりです。大きなオファーが来ても事務所を大きくするつもりもないし、安易に受けたくはない。これまで通り小さい規模でやっていきたいと思っています。
——今回、大分県立美術館を手掛けられましたが、コンセプトは?
美術館と言っても美術愛好家だけの場所ではなくて、あるいはブラックボックスのような中で何をやっているのか外からでは分からないような施設ではなくて、誰もが入りやすくて、美術愛好家でない人も楽しめたり、美術以外のイベントも行うことができるようにすることを考えています。一定の人しか使わないようでは公共の建物としては十分ではないと思います。そういう意味で、「開かれた場所」を作りたいと考えました。
2010年に作った、フランス・メスの国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)分館の場合、メスの歴史的な町並みなどを借景に使い、そこから見えるものを重視しましたが、大分では逆です。仕切りのない開放的な構造にして、外から中が見えやすく、入りやすくなっています。人間にとって扉を押して入るのと、開け放してある建物に入るのでは、入りやすさが全然違うからです。
開かれているだけでなくフレキシブルに美術展以外のこともする。あるいは外を歩いていても、面白そうなことをやっているな、と気が付いて入って行ける。普通の美術館というのは、ブラックボックスのようになっていて、入場料を払って入館するまで、何をやっているかわからない。そうではなくて、イベントなりアートなりが町にあふれ出るような、そういう施設にしたかったのです。
——大分県は先生であった磯崎新氏の作品が多くある場所ですね。
磯崎さんのアトリエにいたのは1年ぐらいでしたが、若い時から磯崎さんの作品を何度も見に来ています。コンペをとれたのは偶然でしたが、僕にとって大分は、磯崎さんの聖地であり、そこで作品が出来るのは弟子としてうれしいです。
規制によって実験性を失った日本の建築事情
——現在の日本の建築事情をどう見ていますか?
実験的な場所ではなくなっています。特に2005年の構造設計書偽造事件つまり「姉歯事件」以来、建築の法規が悪い方に改正されました。また僕は紙管を使った建築のために「38条認定」という大臣認可をとっていましたが、これは現在では使えなくなりました。木造の耐火にしたって意味のない厳しい法規があって開発を妨げています。
今、パリと東京を1週間おきに行き来しています。東京の街は清潔だけどパリのように美しくはないですね。反対にパリの街は美しいですが汚いです。個々の建築をしっかり美しく作れば、計画的にやらなくとも街は美しくなります。美しい建築を作るよう努力することは建築家の責務だと思っています。
何のために建築の知識経験を使うのか
——モニュメンタル建築の一方、1990年代のルワンダの難民キャンプにおけるシェルター設計提案以来、大災害被害地、あるいは難民施設などで紙管を使った建物や、貧しさの中での住環境の工夫といった仕事を続けてこられました。そのポリシーは?
ルワンダの活動は1994年に始まりました。国内では阪神淡路大震災を期に95年にNGOを立ち上げ神戸で活動を始め、今でも毎年のように被災地で取り組みを行っています。もともと、建築家になってみて、われわれはあまり社会の役に立っていないんじゃないかということをおもいつづけていました。
というのは、われわれの仕事は、ほとんど「特権階級」のためのものです。過去の建築家の仕事を見ても、「特権階級」が、自らが持っているお金や権力という目に見えないものを、世間に見せるために視覚化したものです。そのために建築家を雇い、立派な建築物をつくってきています。今のわれわれの仕事もほとんどそういうことなんですね。その「特権階級」というものの内容は、過去から少しずつ変わってきていますけれど。そういうやり方で、社会に素晴らしい建築やモニュメンタルなものを作り、町の遺産となるということも重要かもしれないけど、もっと自分の経験や知識を、「特権階級」ではない一般の大衆、あるいは災害で住む場所がなくなった人々のために使えればなあと、考え始めて、そのような災害支援のボランティアを始めました。
だからと言って、「特権階級」のための建築が悪いことだとは思ってはいなくて、このような仕事を僕はやり続けて、モニュメンタルな建築も重要だと思っているので、その双方を両立させたいとずっと考えて活動しています。
聞き手=一般財団法人ニッポンドットコム代表理事・原野城治