「トランプの米国」と日本

トランプ政権下の米中関係の行方と日本の対中戦略

政治・外交

米オバマ政権での米中関係を検証し、「米国第一主義」を掲げる次期トランプ政権を視野に日本の今後の対中政策を考察する。

オバマ政権の対中政策「エンゲージ」と「ヘッジ」

ドナルド・トランプ政権発足を間近にして、その米中関係や日本の立ち位置が多く議論されている。だが、その際にはやはりバラク・オバマ政権の対中政策を振り返る必要がある。

2009年1月に発足したオバマ政権の対中政策は、基本的に「エンゲージ」と「ヘッジ」の組み合わせによって、中国を「責任ある大国」にしていこうとする姿勢で貫かれていた。それは必ずしも期待通りの成果をもたらしたとは言えない。何がエンゲージ(関与)で、何がヘッジ(防護)か、という点が中国側に理解され、共有されていたかも検証が必要だ。他方、時系列的な経緯を見れば、オバマ政権の前期と後期で対中政策は変化したし、幾つかの転換点があったことが見て取れる。

胡錦濤政権は中国重視の「G2論」を警戒

オバマ政権は成立当初、中国重視の姿勢であった。その背景には、2008年のリーマンショックにより米国経済が多くの課題を抱えることになり、中国に世界経済を支える一翼の担い手となることを期待していたこともある。この頃には、資源価格の高騰も相まって、国際社会では新興国の役割が重視され始めていた。

2009年11月、オバマ大統領が訪中したが、その際にオバマ大統領が「G2論」を提起するのではないかといわれていた。当時、「チャイメリカ(Chimerica)」という言葉に代表されるように、米中による世界的なレベルでの協調体制ができるのではないかとされていた。だが、当時の胡錦濤・温家宝政権は、このような米国の方向性をむしろ警戒したのだった。

一つには「発展途上国」である中国が、より多くの負担を負わされるのではないかという危惧、そしてそもそも胡錦濤政権が対外政策の面で次第に強硬な政策をとりながらも、依然として「韜光養晦(とうこうようかい)政策」(経済を重視し、協調外交を基調とする政策)を完全には放棄していなかったからかもしれない。実際会議の場でどのような話がなされたのかは分からない。だが、温家宝総理が明確に、中国はG2論を受け入れないと表明したことは明らかになっている。

中国は「核心的利益」重視へ

オバマ政権は「戦略的再保証(Strategic Reassurance)」という言葉を用いながら米中関係を再定義し、中国の台頭を容認しながらも、「グローバル・コモンズ」を認め合い、地球規模での安定と平和を共に目指そうとしたのだった。このジェームズ・スタインバーグ(オバマ第1次政権の国務副長官)が提案した方向性は、米中関係の強化だったはずだ。

だが、09年はまさに中国がまたその対外政策を調整し、主権や安全保障を経済と共に重視する方針へと転換した時であった。特に南シナ海問題や、劉暁波ノーベル賞受賞(10年)、そしてコペンハーゲンでのCOP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)などといった案件において、地域秩序、国際秩序に対する中国の挑戦的な姿勢が見られた。さらに南シナ海問題については、10年に入っても中国の強硬姿勢は変わらず、「核心的利益」(当時は決して交渉などで譲歩しない国家主権や安全保障上の利益を指していた)という表現を度々使うようになった。

このような中国側の姿勢もあって、オバマ政権は中国に対して再びG2を提起するような条件を見いだしにくくなっていったと言っていい。だが、それでも中国を「責任ある大国」として導く政策は変わらなかったし、エンゲージとヘッジの原則も継続されていたと見ていいだろう。

南シナ海問題で警戒強化、対中基本姿勢は維持

2012年に習近平政権が発足しても、当初基本的に米国側の政策は変わらなかった。オバマ大統領はカリフォルニアに習近平を迎えて会議を開いた。この時、習近平側には、胡錦濤政権とは異なり、G2論を受け入れる気持ちが十分にあったであろう。だが、米国からはそのような提案は出てこなくなっていた。中国側は「新型大国間関係」という枠組みを提起したが、米国はこれに明確には応じなかった。だが、米国は中国を尊重する姿勢を保っており、米中二大国時代という雰囲気は次第に出来上がっていったとも見ることができる。米中両国は戦略対話などを通じて、多様で、層の厚い協力枠組みを作り上げたのである。

しかし、米国の中国研究者の対中観が14年から15年にかけて大きく変化したように、15年になると南シナ海での基地建設などの動向も踏まえてか、米国の対中観が警戒的になっていった。そして、南シナ海において「航行の自由」作戦が実施された。しかし、その作戦は中国の南シナ海に対する姿勢を変えることはできなかった。ほぼ同時に米国は別の艦船を上海地域に派遣して合同軍事演習を実施したし、中国を「RIMPAC(環太平洋合同演習)」に招待もした。エンゲージとヘッジの姿勢は、ここでも貫かれていたのである。

中国の強硬的な動きを抑制できず

だが、これらの政策は、中国から見れば単に硬軟諸政策が織り交ぜられているに過ぎず、ヘッジされていても、エンゲージされるのだから、まだまだ問題ないということになったのではないか。

米国は中国が南シナ海での基地建設をやめないのを見て、「航行の自由」作戦を継続しつつ、2016年7月の常設仲裁裁判所の採決後にはライス大統領補佐官が訪中して中国側と会談を行い、9月の「杭州G20」では、オバマ大統領は習近平主席との1日目の会談でパリ協定批准を演出し、2日目の会談では南シナ海問題について批判的に対峙(たいじ)した。しかし、これも同じように中国側を抑制する材料にはならず、12月には米国の無人潜水艇を中国側が拿捕(だほ)するなど、一定の緊張関係が続いている。

中国の周辺地域への外交でも、韓国が不透明な状態に陥り、フィリピンが米国と距離を取り始めるなど、西太平洋の同盟関係をオバマ政権は十分にマネージできたとは言い難い状態に陥っている。

定まらぬトランプ次期大統領の対中姿勢

果たしてトランプ政権発足後、このようなオバマ政権の対中政策は継続されるのだろうか。選挙期間中、トランプ候補はオバマ政権の対外政策を系統立てて批判したわけではない。だが、トランプ候補は「米国第一主義」を掲げ、環太平洋経済連携協定(TPP)の撤退を公約し、国際主義よりも、一国主義的傾向を示していた。また、安全保障の面では同盟国への負担を増やすと言い、経済面では中国が為替操作をしていると批判、中国製品には高関税を課すなどと発言した。

ただ、トランプ候補がさまざまなディール (取引) を指導者間で行う可能性も指摘されていた。そうしたことを踏まえ、中国側では、トランプ政権発足後の米国の対外政策は、安全保障面では中国には有利に、経済面では不利になるとの予測があった。また、オバマ大統領よりも中国に対して強硬になることが予測されるヒラリー・クリントン候補が大統領となった場合より、トランプ候補の方がくみしやすしとの観測もあった。

次期大統領に決まってからのトランプ氏は、選挙期間中とは必ずしも一致しない言動を取り始めた。2016年11月の安倍晋三首相との会談後に表明したTPPからの撤退などは公約の確認だが、選挙期間中には想定できなかった事態も発生した。例えば12月の台湾・蔡英文総統との電話会談や、「一つの中国」への挑戦的発言である。

人事面では、駐中国大使として習近平主席と親しいとされるアイオワ州知事のテリー・ブランスタッド氏を指名した。だが、国務長官にはエクソンモービル社のレックス・ティラーソン最高経営責任者(CEO)を充てた。彼は、外交経験はないが、南シナ海のガス田開発問題で中国と交渉した経験を持つ。南シナ海で米国の無人潜水艇が中国に拿捕された際をはじめ、トランプ次期大統領は南シナ海問題についてしばしば中国をけん制する発言をしているし、「航行の自由」作戦についても肯定的な発言をしている。

これらの言動を見れば、トランプ氏の対中政策が依然十分に練られたものではなく、また軍事安全保障面では中国に有利で経済では不利などと単純化できるものではない、と理解できる。加えて、台湾の蔡総統との電話会談に見られるように、一部のブレーンからの献策が直ちに言動に反映される傾向も見られ、ある種の揺れ幅がある。ただ、これは政権を運営し始めれば縮小されていくかもしれない。

「米国第一主義」トランプ政権と日本の対中政策

政権発足後のトランプ新大統領の対中政策を現段階で推し量ることは難しい。だが、幾つかの点は確認できるだろう。

第一にトランプ政権が、米国の「伝統的」な対中政策である、エンゲージとヘッジを継続するか否かである。この政策を続けるには、中国を「責任ある大国」にしていく、といったような方向付け、あるいはどのような世界が望ましいか、そこで中国をいかに位置付けるかという世界観が必要になる。

もし、トランプ政権が「米国第一主義」を掲げ、完全に一国主義的な傾向を強めて対外政策の軸にするなら、これまでの米国の対中政策は大きく修正されることになるだろう。しかし、実際のところ、「一国主義」とは言っても、それは国益重視という程度の意味で、すべての国際主義を否定するというわけではないだろう。そうした意味で、エンゲージとヘッジという政策は一定程度継続されるものと思われる。だが、部分的にはディールをしたり、突発的な外交行動を取ったりする可能性もある。日本としては、そうした可能性への備えが必要だし、対話を密に行っていくことが求められる。

第二に前述の一国主義と国際主義の問題だ。トランプ政権とて何事においても国際主義を放棄するなどあり得ない。実際には、米国に不利益と考えられる枠組みを持つ特定の分野、領域、地域などにおいて、トランプ政権は離脱、または距離を取る政策を用いることになるだろう。まずは、それがどの領域、地域なのか、どの程度の距離になるのかということを明確に見極めていくことが日本にとっても重要な課題になる。

そして、中国の場合、米国が後退した隙間、ニッチに入り込んで国際主義の枠の中で米国に代わって主導力を発揮するのか、それとも中国もまたトランプ政権同様に、一国主義的な傾向を強めていくのかということがある。これは日中関係にも大きく影響する点である。日本が国際主義を保つ側に回るのならば、ドイツなどと共に、時には中国とも協調して国際主義を維持すべく努力する局面も生まれる可能性があろう。

第三に米中二大国の間で何かしらのディールがなされるかどうかということである。この点は、トランプ政権の大国間外交にもよる。例えば、中ロ関係が昨今強固であった一つの背景には、欧米諸国がロシアに制裁を加えていたということがある。もし米ロ関係が改善すれば、中ロ関係にも影響することになる。そうした大国間のゲームの中でどのようなディールが米中間で可能になるのだろうか。

「一つの中国」原則を尊重するのか

現在中国で懸念されているのは、米台関係、また「一つの中国」原則の帰趨(きすう)だ。これは中国と台湾の間で、「一つの中国」原則を共有したとされる、「92年コンセンサス」と深く関わっている。つまり、米台間でこの原則を否定するような動きがあれば米中関係だけでなく、両岸(中台)関係に激震となって伝わるということだ。

トランプ次期大統領が蔡総統と電話会談を行ったのは、米国の武器購入を求めるためだなどさまざまなことがいわれているが、トランプ氏が大統領就任後もこの原則について言及するのか否かもまた、個別問題としては最大の争点となる。そして、この点に動きがあった場合、同じく「一つの中国」原則の下に日中、日台関係を構築している日本にとっても大きな問題となる点は留意しておきたい。

(2017年1月10日 記)

バナー写真:2016年12月8日、支持者に感謝の気持ちを伝える「感謝ツアー」でアイオワ州デモインを訪れたドナルド・トランプ次期米大統領(右)と次期駐中国大使に指名されたアイオワ州知事テリー・ブランスタッド氏(AP/アフロ)

中国 米国 南シナ海 ドナルド・トランプ 習近平