高齢者雇用の現状と課題
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労働力人口が減少:女性と高齢者に期待が
60歳で定年をむかえ、その後は仕事から引退して年金生活に入る。これが企業で働く高齢者の一般的なキャリアであったが、いまでは60歳を超えても働き続けることが当たり前になりつつある。
その背景には、公的年金の受給開始年齢が60歳から65歳へと段階的に伸びていることとともに、つぎの社会経済的な事情がある。少子高齢化が進むなかで、わが国はすでに労働力人口が減少する時代を迎えている。政府統計の労働力調査によると、2014年現在の労働力人口は6587万人と、ピーク時である1998年の6793万人に比べて約200万人減少し、この減少傾向はこれからも続くと予想される。
そのため労働力供給を増やすことはわが国にとって重要な課題であり、人口構成の高齢化とともに急増する高齢者は女性等とともにその有力な供給源として期待されている。この期待に応えるには、高齢者の雇用の場を増やすとともに、企業が高齢者を有効に活用できる、あるいは高齢者が能力を十分に発揮できる企業内の仕組み(つまり人的資源管理)を整備することが必要である。そこで、これらの課題に対する政府と企業の現状の取組み状況を概観したうえで、何がこれからの課題になるのかを考えてみたい。
定年維持も、65歳まで雇用保障が大勢
政府が最近行ったもっとも重要なことは、高齢者が年齢に関わりなく働き続けることのできる社会の実現に向け、2013年に改正高年齢者雇用安定法を施行したことである。これによって一定の経過措置はあるものの、企業は60歳到達時に継続的に勤務することを希望する全ての社員を65歳まで雇用するための高年齢者雇用確保措置を導入することを義務づけられた。
しかし他方では、現行の60歳定年制を維持するとの方針をとる企業が大勢である。そのため60歳以上の社員(以下では「高齢社員」と呼ぶ)を対象にした現状の人的資源管理は、60歳定年制を維持したうえで65歳まで雇用を保障することを基本に作られている。
人的資源管理でまず問題になることは高齢社員の雇用形態である。法律で義務づけられた高年齢者雇用確保措置の現状をみると、右図に示したように、「定年の廃止」や「定年の引上げ」をとる企業は18%と少なく、80%以上の企業は継続雇用制度、それも主に60歳定年で退職した高齢者を有期雇用社員として改めて雇用する再雇用制度をとっている。したがって、現状の高齢社員は有期雇用の再雇用者というのが一般的である。
定年前と変わる役割、処遇
それでは企業は、この再雇用の高齢社員に対してどのような活用施策をとっているのか。下の表はその現状を示している。ここでは、活用施策を「就業自由度」(働く時間等からみた就業上の制約の大きさ)、「期待する役割」(仕事の内容)、「成果への期待」(成果に対して問われる責任の程度)の3つの要素から捉え、各要素について定年前と定年後を比較して「同じ」であるのか「変わる」のかを組み合わせて活用施策を類型化している。表中の比率は各類型の施策をとる企業の構成比を示している。
高齢社員の活用施策
活用施策 | 活用施策のタイプ | 構成比(%) | ||
---|---|---|---|---|
就業自由度 | 期待する役割 | 成果への期待 | ||
同じ | 同じ | 同じ | タイプA | 8.9 |
変わる | タイプB | 12.3 | ||
変わる | 同じ | タイプC | 5.2 | |
変わる | タイプD | 16.0 | ||
変わる | 同じ | 同じ | タイプE | 1.2 |
変わる | タイプF | 3.2 | ||
変わる | 同じ | タイプG | 6.7 | |
変わる | タイプH | 42.9 |
(出所)高齢・障害・求職者支援機構『高齢者雇用に向けた賃金の現状と今後の方向』
定年後の高齢社員は定年前と同じ働き方で、同じ成果責任のもとで同じ仕事に従事する(つまり「就業自由度」「期待する役割」「成果への期待」のいずれについても「同じ」である)との活用施策をとるタイプAは8.9%と少なく、何らかの点で定年前と異なる活用施策をとる企業が大勢を占めている。
そのなかでも定年前とは異なる働き方(たとえば短時間勤務)をとり、定年前のようには成果責任を問われずに、定年前と異なる仕事に従事する (つまり「就業自由度」、「期待する役割」、「成果への期待」のいずれについても「変わる」)との施策をとるタイプHが42.9%と最も多く、大手企業ほどこのタイプをとる傾向が強い。
さらに高齢社員の人事評価、賃金等に関わるその他の人的資源管理は、以上のように定年前と異なる活用施策をとることに合わせて定年前社員と異なる制度が採用されている。
たとえば高齢社員の賃金は、担当する仕事、能力、定年時の賃金や職位等を考慮して、定年時の賃金より一定程度低い水準に設定されることが一般的である。また人事評価については、定年前社員に比べて「成果への期待」が小さいことから簡易な方法をとる、あるいは人事評価は行わないとする企業が多い。
現状は企業・雇用者双方のニーズを調整した「柔軟アプローチ」
このようにみてくると、わが国の高齢者雇用の最大の特徴は、60歳を契機に仕事配分や働き方を調整し、それに合わせた人的資源管理を採用したうえで雇用を継続するという「柔軟な雇用継続アプローチ」がとられていることにある。
これまで働いてきた企業を60歳で退職せざるをえないとすると、高齢者はそれまで蓄積してきた能力を活かせる仕事を見つけることが難しいうえに失業する恐れもあるので、同じ企業で継続的に働くことを望んでいる。
しかし企業は、60歳以前と変わらない仕事と処遇で雇用を延長すると、新しい人材を採用できない、人件費負担が増える、高齢社員に続く世代が高度な仕事を経験し能力を高める機会が減少するため彼ら(彼女ら)の労働意欲が低下するとともに、長期的な観点から人的資源の維持・向上をはかることが阻害される等の問題が起こる恐れがあるので、希望する全ての高齢者を継続雇用することは避け、選抜した高齢者にかぎり継続雇用したいと考えるだろう。
この相矛盾する高齢者と企業のニーズに応えるためにとられている方法が「柔軟な雇用継続アプローチ」であり、それは働く高齢者を増やすというわが国にとっての重要な政策課題に対して一定の効果を発揮している。
しかし企業が高齢者を有効に活用する、高齢者は能力を十分に発揮するという点で解決すべき課題は多く、実際に、60歳定年を契機に行われる仕事配分の再調整が効果的に行われているのか、高齢社員の処遇は仕事配分の再調整に合わせて定年前社員とは異なる方法で決められているが、その方法は適正であるのか等が問題になっている。
2つの異なるシステム:円滑に「つなぐ」改革を
これらの問題はすべて「柔軟な雇用継続アプローチ」をとる結果である。高齢社員は定年を契機に長期雇用型社員から短期雇用型社員に転換し、それに合わせて定年前社員と異なる人的資源管理が適用される。そのため二つの異なる人的資源管理をどのように調和させつつ連結させるのかという「つなぎの問題」が起こる。上記の仕事配分と処遇に関わる問題はその一つの現れなのである。
さらに「つなぎの問題」は高齢社員が直面する問題でもある。定年を契機に会社から期待されること、それに合わせて処遇の内容が変わるので、それに合わせて働く意識や行動を調整せざるをえなくなるからである。
高齢者雇用の現状を端的に表現すると、「柔軟な雇用継続アプローチ」をとることによって高齢者雇用の場を確保することについては成功しつつあるものの、「つなぎの問題」の解決に企業も高齢者も苦労しているということになろう。そのため、「つなぎの問題」を解決する方向で、高齢社員にとどまらず定年前社員を含めた全ての社員の人的資源管理を改革していくことが、わが国が高齢者雇用を量的にも質的にも促進するうえで取り組まねばならない重要な課題なのである。
バナー写真:東京のオフィスでコンピューターを操作する高齢者(時事通信フォト)