国際的ブランドとなった日本のマンガ・アニメ

日本アニメが世界で愛され続けるために

文化

櫻井 孝昌 【Profile】

日本のアニメーションは、今や世界の共通語ともいえる数々の人気作品を生んだ。だが、世界中のファンを失望させない高水準な作品づくりを継続するためには、大きな課題を乗り越えなければならない。 

手描きアニメのクオリティーをCGで実現する

そんな日本制作のアニメだが、いま制作上の転機を迎えつつある。それは、CGを制作にどう取り入れていくかということだ。世界のアニメーション制作がCGに移行して以降も、日本のクリエイターたちは手描きにこだわってきた。もちろん日本のアニメがCGを使ってこなかったというわけではない。日本のアニメ制作においてもコンピュータは必要不可欠なことは言うまでもない。だが、人物や動物などのキャラクターを手で描いていくことは、背景やロボット、宇宙船がCGで描かれたとしても、日本のアニメ制作の大きな特徴であった。CGはいわば手書きの補佐役のような存在だったのだ。

だが、ここに来て新たな潮流が日本のアニメーション業界に起こりつつある。それは、簡単にいえば、日本のアニメーション制作のお家芸ともいえる絵のクオリティーを、手描きではなくCGで実現しようという潮流だ。

手で描いたほうがきれいに描ける。CGを使うと高すぎて予算に合わない。この2点が日本のアニメ制作がCGを主流にしてこなかった2大理由とも言えるだろうが、CGをめぐる技術の進歩はその常識を崩しつつあり、むしろこれまで使わなかった理由と反対の意味でCGを使いこなす環境づくりが必須になってきているとも言えるのだ。

日本のアニメの多くは、地球規模でマーケティングを展開するディズニー、あるいは日本国内ではスタジオジブリの作品のように大きな予算を投下して制作することはできない。あくまでも主流はまずテレビでの放映であり、予算には限度がある。だが、それを見ている人たちの目は肥えており、作品クオリティーへの期待度も高い。そうした予算の制限ゆえに、絵を描いたり色を塗ったりする制作工程のかなりの部分が日本以外のアジア諸国に下請けとして回されているのが現状だ。

アニメーション制作の日本国内での空洞化という、日本国内での制作技術を保てるかどうかの、いまそこにある危機をアニメーション業界が抱えて久しい。CGで手描きレベルのクオリティーを、予算を視野に入れつつ実現する。それは日本のアニメーション業界の急務な課題のひとつだろう。気鋭のアニメ監督やCGクリエイターたちが、いま必死にこの課題に取り組んでいる姿は、まさに「匠」そのものだ。

インターネットの違法視聴を敵視する前に

日本のアニメーション業界が抱える課題のひとつには、国際化という問題もある。アニメ自体は、もちろん世界中で見られている。だが、その多くはインターネットによる違法視聴だ。それが日本のアニメーション業界に大きな損失をもたらしていることも事実である。日本のオリジナル声優の声でアニメを見たいという海外のファンの想いを背景に、ファン自身が字幕を入れたものもネット上には莫大に存在している。これらを法的に問題だからダメだと敵視するのは簡単なことだが、ことはそう単純なものではない。

著作権の啓蒙はもちろん大事だ。それを軽視するつもりは私にはまったくないし、重要な課題だと痛感している。私が海外で日本のアニメの制作工程の話を講演ですることが多いのも、アニメが玉手箱から出てくるわけでなく、多数のクリエイターたちが全身全霊を込めて、多数の時間をかけて作り上げているということを理解してほしいからなのだ。

だが、こうした法的な規制や教育だけで語るには無理がある。なぜなら、たとえばアニメに字幕を入れたサイトを作っているファンたちに、アニメーション業界の利益を逼迫(ひっぱく)させようという気は毛頭なく、一人でも多くの人に作品を見てほしいという作品への愛と敬意が根底にあるからなのだ。

新たなビジネスモデルを構築できるか

見方を変えれば、こうしたネットによる視聴が、日本のアニメをテレビ放映という20世紀の枠を超えて世界中に広めたのも事実だ。同じことをアニメーション業界がしようと思えば天文学的なコストがかかり、日本の業界では決して実現することはできなかっただろう。

日本のアニメの収益構造はDVDあるいはブルーレイのパッケージの販売を大きな拠り所にしている。要は、このビジネスモデル自体が限界にきているということなのだ。

パッケージを購入してくれる層が確実に買ってくれそうな作品ばかりがアニメになっており、アニメ企画がパターン化しているという問題もよく指摘されている。日本のアニメが本来持っていた多様性という魅力が、パッケージの販売を中心に考えられることで弱体化している事実は否めないだろう。

だが、決して悲観的に考える必要はない。日本のアニメが入った時代の違いから国や地域によって違いこそあれ、世界のある年齢層以下の人たちの多くが日本のアニメを見て育っているということはまぎれもない事実だ。アニメーションは子供が見るものという20世紀の常識を根底から変えた日本のアニメは、クリエイターたちがもの作りへの「匠」の精神を失わないかぎり、これからも愛され続けていくだろう。

要は、アニメのビジネスモデルを根底から考え直す時期が来ているのであり、日本のアニメーション業界の国際化はそれ抜きには語れない。それはもしかしたら、いまもうかっている誰かには避けたいことかもしれない。だが、その姿勢は、日本のアニメーション業界の危機的状況への対応を先延ばしにしているにすぎない。日本のアニメ業界が新たなビジネスモデルを地球規模で構築できるかどうかは、高水準な作品を作り続けられるかどうかと背中合わせの問題であり、日本のアニメで育った世界の人たちの期待もかかっていると思うのだ。

(2014年12月15日 記)

タイトル写真=2014年9月にドイツ・カッセルで開催されたマンガ・アニメファンのコンベンション「Connichi」で、参加者に囲まれた筆者

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櫻井 孝昌SAKURAI Takamasa経歴・執筆一覧を見る

プロデューサー、作家、デジタルハリウッド大学・大学院特任教授。1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、出版社にて書籍編集に携わる。その後、数々のメディア、イベントで、プロデュース、ディレクションを展開。世界25カ国のべ130都市以上で講演や、各種イベント、ファッションショー等の文化外交活動を実施中。アニメや原宿ファッションを用いた文化外交のパイオニア的存在。外務省アニメ文化外交に関する有識者会議委員、外務省ポップカルチャー(ファッション分野)における対外発信に関する有識者会議委員等の役職も歴任。『日本が好きすぎる中国人女子』『世界カワイイ革命』(PHP新書)『アニメ文化外交』(ちくま新書)ほか著書多数。新聞、Webマガジン等で各種連載中、ラジオパーソナリティーも務める。

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