NGOの現場から——民間の新しい仕組みづくりへの投資を
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1999年コソボ紛争でできた「緊急NGO支援資金」制度
NGOを通じて国際援助に携わって約20年になる。イラク北部のクルド人自治区に始まり、アフガニスタン、南スーダンなどの紛争地、インドネシアやパキスタン、フィリピンなどの自然災害の被災地で、難民や被災者を支援してきた。これまでに活動してきた国は日本を含め26カ国になった。
NGOの活動の現場からみると、政府開発援助(ODA)とのかかわりはこの20年で大きく変化した。私がイラクで活動を始めたころは、いわゆる緊急人道支援と呼ばれる分野でNGOが使えるODA資金はないに等しかった。当時も「NGO事業補助金」というスキームがあるにはあったが、額が少ないうえに申請から拠出までに何カ月もかかり、緊急対応にはとても間に合わなかった。
潮目が変わったのは、1999年のコソボ紛争のときだ。NGO側の強い要望と、「NGOとの連携」を模索する小渕恵三政権(当時)の思惑がかみ合い、1件5,000万円を上限として迅速に事業資金を提供する「緊急NGO支援資金」の制度ができた。当時、コソボのオフィスで真夜中に外務省からの電話連絡を受け、制度の創設を喜び合ったことを覚えている。
NGO、経済界、政府が連携する国際人道援助組織の立ち上げ
しかし、これでも十分とはいえなかったので、私は新しい仕組みを提案した。NGO、経済界、政府が連携した国際人道援助組織、「ジャパン・プラットフォーム(JPF)」だ。
JPFにはODA資金や民間企業等からの寄付金がプールされ、現場で緊急支援をするNGOに迅速に資金が提供される。NGOも自ら集めた寄付金などを事業資金の一部として投入する。3つのセクターがクロスオーバーする形でリソースを結集し、日本の緊急援助のスピードと質を高めるものだ。資金の他にも、大学、民間財団、メディアなどを含む幅広いアクターが、情報、技術やノウハウ、専門知識をもった人材などをプラットフォーム上に持ち寄り、支援に生かすことを目指した。
現在、JPFには48のNGOが加盟し、これまでに220億円以上のODA資金が供与されて日本のNGOの活動を支えた。20年前と比べると、NGOにとってODAは非常に身近になり、またフレンドリーになったといえる。国際的な援助コミュニティーの中でも、日本のNGOのレスポンスの速さは改善されつつあり、JPFを通じたODAの拠出は日本のプレゼンス向上に役立っている。
「顔の見える」援助にODA資金投入を
しかし、全体としてみると、NGOに対するODA資金の流れはまだ細いといわざるを得ない。ODA全体が強い削減圧力にさらされるなかで、NGO向けは比較的健闘しているものの、伸びは鈍化している。2011年度の一般会計のODA予算は5727億円だったが、このうちNGOを通じた途上国支援やNGOの能力強化のために計上されたのは約73億円(約1.3%)にすぎない。ODAのコストパフォーマンスを向上させ、より「顔の見える」援助を現場で実現するためにも、私は近い将来これを10-20%程度にまで思い切って増やすべきだと考えている。少なくとも当面5%程度の水準に引き上げるべきだろう。
もちろん事業規模が大きくなればなるほど、NGOには高い事業遂行能力が要求されるし、会計面でもきっちりとした対応が求められる。資金の提供先となるNGOの選定やモニタリングを、より厳しくすることも必要だろう。ただ、日本のNGOの案件形成能力、事業遂行能力は確実に高まっている。私が統括する「ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)」も数億円から十億円程度のプロジェクトをいくつも手がけた経験があり、当然ながら外部監査も受け、会計の透明性を確保している。
一方、ODAのなかには、国際機関に対して比較的安易に投下されているように見えるものも多い。特に国連などの国際機関を通じた贈与は、旧知の外務省高官も「効果があるか疑問」と語っており、現場での日本のプレゼンスにもほとんど寄与しない。すべてが無駄だとはいわないが、その資金の一部を能力と意欲のあるNGOに回し、もっと大きな仕事をさせてはどうか。
もう一つの課題は、その使い勝手である。ODAによる助成金や補助金を使ってNGOが途上国で支援活動をする場合、一部の本部職員の人件費や事務所維持費をはじめとする間接経費(管理費)が十分に認められていない。このため、助成対象から外れた支出は自己資金の持ち出しによって手当てせざるを得ず、大きな案件を手がけるほど団体運営が圧迫されるという深刻なジレンマがある。NGO経由の支援を無理なく拡充するためにも、総事業費の10-15%程度の管理費の支出を認めるべきだろう。
アジア5カ国の相互扶助プラットフォームが始動
そのような状況のなかで、私がいま力を入れているのは、JPFの仕組みをアジアに輸出し、大規模災害に備えた相互扶助のシステムをつくることだ。「Asia Pacific Alliance for Disaster Management(APADM)」といい、まず日本、フィリピン、インドネシア、韓国、スリランカの5カ国が参加して、2012年に組織が立ち上がった。日本に事務局を置き、日本政府からも当面計3億円の資金支援が約束されている。
APADMは、JPFと同様のクロスセクターのプラットフォームを各国に形成し、さらにそれらのプラットフォーム同士が連携して相互に支援しあうことを想定している。政府と民間、営利と非営利というクロスセクターの組織にすることで、資金調達においても援助の成果という点でもレバレッジ効果が期待できる。JPFが東日本大震災のときに民間からも70億円以上の寄付金を集めたように、成長著しいアジアの新興企業を巻き込めば、大きなリソースを吸収することができるだろう。
活動の対象も、アジア各国にとって切実な自然災害対応を入り口とするが、今後は地域紛争に伴う人道支援などにも広げ、たとえば北朝鮮の体制崩壊による難民の大量流出といった事態にも対応できるようにしたい。最終的には、欧州安全保障協力機構(OSCE)のように、紛争予防、少数民族の保護、ジェンダーをめぐる課題などにもマンデートを拡大したいと考えている。
アジア太平洋地域の安全保障に貢献する新たな「地域機構」
こうした相互扶助システムは、米国流にいえば「リージョナル・アーキテクチャ(地域機構)」ということになるのだろう。2010年、当時のクリントン国務長官は「アジアの地域機構——理念と優先事項」と題した演説のなかで「アジア地域が直面する困難に対処する手助けをするうえで中心的な役割を果たす。(そのためには)信頼を構築し、競争による摩擦を抑制する機構が必要だ」と述べ、新たな地域機構の形成を通じてアジアでの米国の影響力を保持する姿勢を示した。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)もその具体化の一例とみることができる。
米中両大国を軸に、安全保障を含むアジア太平洋地域の国際環境が大きく変化するなかで、国益を確保するためには日本も大国に追随するだけでなく、自らイニシアチブをとって地域の国際社会の方向性をリードしなければならない時期にきている。その際、立場や利害が比較的近い国々と組んで新しい「地域機構」を形成することは有力な手段であり、日本にとっての安全保障の積層をさらに増やすことにもつながる。
将来の国際協力を担う「東北世代」の人材育成を
ODAとNGOの関係はこれまで「事業本位」であり、NGOの個々のプロジェクトに対する支援としてODAを供給することが基本だった。それはそれで高く評価されるべきだが、今後はAPADMのような民間の新しい仕組みづくりに「投資」することも、ODAの重要な役割として位置づけてよいのではないか。
そうすることで、日本の外交の主体性を確保するための強力な武器となる国際的な構造物を、民間のリソースを最大限に取り込んだ形で効率的に構築することができる。経済界やNGOのメンバーなど、外交官以外の人材がそこにかかわることは、対外援助の柔軟性やスピードを高めることにも貢献するだろう。
私がPWJを立ち上げたのは、ボランティアの活躍が注目された阪神・淡路大震災の翌年で、私たちは「神戸世代」と呼ばれた。3年前の東日本大震災で、寄付やボランティアの動きはさらに大きく広がり、社会的企業やNGOなど、公益を担う民間組織への若者の関心も飛躍的に高まった。「東北世代」とでもいうべき人材群が、震災を機に生まれている。この世代の人材をどう育てていくかは、日本の国際協力の将来にとっても重要である。ODAの効果的な活用は、そのための環境を整える意味でも大切だと感じている。
(2014年7月18日 記)
タイトル写真:ピースウィンズ・ジャパンの活動現場から(提供:PWJ)