中国の環境問題と日中環境協力の可能性
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2014年4月に世界貿易機関(WTO)が発表した2013年貿易統計によると、中国の貿易総額が米国を抜いて世界第1位になった。経済成長を続ける中国にとって、なかなか有効な手立てが見えていない問題のひとつがPM2.5(微小粒子状物質)に象徴される深刻な大気汚染などの環境問題だ。PM2.5に限らず、気候温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量に関しては、既に以前から世界第1位で、国別の割合でみれば24%、つまり世界の4分の1を中国が占めている。排出量第2位の米国と中国の二国で世界の3分の1強の二酸化炭素を排出している。
一方、大気汚染、水質汚染、あるいは食の安全性といった側面からも、さまざまな環境問題に中国は直面している(例えば、参考文献・井村2007、相川2008)。本論では、こうした中国の環境問題の実態を改めて掘り下げることで、一般的な環境先進国・日本による技術協力という枠組みを超えた日中、あるいは東アジアでの環境問題を中心とした協力について、その限界と可能性を議論する。
最初の衝撃、黄河断流と長江大洪水
改革開放政策以降の中国の経済成長は特に1992年以降に顕著であり、環境問題もこの20年余りに集約されている。ただしその過程で環境問題の質が大きく変わっている。
まず中国にとって大きな衝撃だったのは、1997年にかつてないほど広い範囲で生じた黄河断流と、1998年に発生した長江大洪水である。
黄河断流は、増大する農業や工業、都市の水需要の増加が引き起こしたともいわれた。しかし、問題はそれほど単純ではない。筆者の所属する総合地球環境学研究所(以下、地球研)が中国と共同で黄河断流を調査した研究プロジェクト(黄河プロジェクト、代表:福嶌義宏名誉教授)によれば、黄河断流の原因のひとつとして、砂漠化対策として実施された植林によって水消費が増えたことが指摘されている(福嶌2007)。黄河において、水利用の大半、約7割は農業用水であるが、その利用量は1980年代に最大となっていて、断流が起きた1990年代後半には大きな変化は起きていない。
一方で、いわゆる黄土高原といわれる地域での水消費量が、1980年代を境として前後で大きく異なることが明らかになった。これは、中国が国家事業として進めてきた黄土高原における砂漠化防止のための植林事業がある程度成功したことによって、回復した森林が消費する水の量(蒸発散量)が増加し、結果的に黄河下流の水量が減少した。砂漠化防止のための植林という環境対策が、黄河断流という別の環境問題を引き起こしたのである。
1998年長江大洪水の直接的な原因は異常降雨であったと思われるが、被害を拡大した要因として、特に山地で森林を伐採して農地を無制限に増やしたことが挙げられた。このため中国政府は、長江大洪水の後、人口の増大とともに農地を拡大し続けてきた中国の歴史の中では極めて異例な試みともいえる、「退耕還林」(農地を制限して森林に戻す)政策を実施することになった。
急速な都市開発が新たな環境問題を生む
これらの事例に見るように、2000年代初頭まで、中国では食糧自給、食糧増産を目指す農業開発が砂漠化や山地の荒廃、その結果としての黄砂の増加、さらには水不足や洪水といったさまざまな問題を引き起こしてきた。しかし、都市化や工業化が深化する2000年代後半からは、大きく状況は変化した。
農業開発による草原の喪失や砂漠化の進行していた内モンゴル自治区では、現在石炭やレアアースなど鉱山開発が非常な勢いで進行しており、平行して急速な都市開発が行われている。この地域の石炭鉱山は、かつては日本と同様に坑道を張り巡らした危険なものが多かったようであるが、現在では大規模な露天掘りに変わり、周囲の田舎町では、まるで中東のような都市開発が進む。農業へのインセンティブは低下し、もはや農地開発の圧力はない。中国研究者の中からは、砂漠化はもう起きないとの発言も聞かれた。
露天掘りの石炭鉱山に関わる環境問題が新たな課題ではあるが、環境修復が強く義務づけられている。多くの日本のNGOが植林に入った時代とは大きく変わっている。
進化する中国独自の対策
深刻な中国の環境問題であるが、そうした理解だけでは見えない部分もある。例えば、一般にトレードオフの関係にある経済成長と環境保全とを両立させるような政策統合、あるいはポリシーミックスといわれる経済政策が、近年世界的にも行われている。中国でも、2004年以降胡錦濤政権の下で「和諧社会」が目標として取り上げられ、特に市場メカニズム、あるいは経済的なインセンティブを活用した環境対策が進められた。
中国は一次エネルギーの約7割を石炭に依存し、石炭火力発電所からの硫黄酸化物を世界一多量に排出している。この硫黄酸化物排出量を2010年までに10パーセント削減することが国家の目標として取り上げられた。2000年代前半には排出量に対する課徴金制度(排汚費)などの対策が取られたが機能せず、技術的に優れた日本製の脱硫装置も高価で普及しなかった。しかし2000年代後半になると、中国企業が独自に脱硫装置を開発し、大幅なコストダウンに成功した。その結果、中国製の脱硫装置が急激に普及し、ほぼ目標を達成したという事実がある(堀井2010)。
また、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの導入にも積極的である。太陽光発電に必要な太陽電池セルの生産量は、当初は日本、その後はドイツが世界をリードしていたが、ここ2、3年中国企業が世界第1位を占めている。風力発電に関しても、設備容量で現在世界1位であり、メーカーも世界のトップテンのうち、3社を中国企業が占めている。経済的なインセンティブが同時に働く環境への取り組みという点では、日本よりもむしろ進んでいると考えた方が良い。特に、他の工業製品と同様、コスト面での中国の優位性が高い。
政府、企業と地域住民の画期的な「円卓会議」
もうひとつ、中国の環境問題の別の側面を紹介したい。沿岸部の江蘇省・太湖の事例である。江蘇省の太湖流域では、1990年代以降の開発に伴って汚染が深刻化し、2007年に大量のアオコが発生して、太湖を飲料水の水源としていた無錫市で取水停止など大きな問題となった(中尾ほか2009)。江蘇省は、上海、浙江省と並んで経済的な先進地域であるが、江蘇省政府は環境保護政策を指導理念として強く打ち出し、経済成長と調和させる「小康社会」とすることを早くから掲げていた。
この指導理念に従って、1990年代後半より、中国では非常に珍しい環境対策情報の公開制度(環境情報を公開しないと銀行からの融資を受けられなくなる)や、COD(化学的酸素要求量=河川、湖沼、海域での環境基準に用いられる)排出権、つまり汚染物質の排出権取引のパイロットプロジェクトが行われるなど、先進的、実験的な環境政策が打ち出された。
こうした政策によって問題のすべてが解決されているわけではないが、特に注目されるのは、政府、企業、住民による円卓会議、すなわち地域の環境政策をめぐる円卓会議の実現だ(大塚2010)。中国国内で、こうした円卓会議が行われること自体が非常に画期的なことである。日本の淀川などの流域委員会と似た試みである。環境問題の解決に向けて、企業や住民、あるいはNGOなどが主体的に参加することが、実効性や予防性を高めるために重要であるが、中国もこうした点に気づき始めたということになるのかもしれない。
協力関係成立を阻む東アジアの環境地政学
国際的に見ると、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミット以降、気候温暖化問題が世界のトップアジェンダのひとつになってきた。英国を中心とする欧州は、地球温暖化問題、あるいはその倫理的な問題も含めて非常に理想主義的な考え方で、世界の議論をリードしてきた。冷戦の消滅によって結果的に「欧州」に組み込まれた東ヨーロッパ諸国が、エネルギーや二酸化炭素の排出といった面で非効率さを持っていたために、逆に少ない投資で二酸化炭素排出量を削減したり、エネルギー消費の効率化を図ることが可能な状況にあったことが、その背景にあった。冷戦解消によって欧州連合(EU)で生じた政治的、経済的な均質性は、環境問題においても域内での互恵関係を成立させたと考えることができる。
これに比べると中国、日本を含む東アジアの状況は大きく異なっている。欧州域内での政治的、経済的な均質性に比べ、東アジアは政治、経済の両面であまりにも不均質であり、そこが互恵関係の実現を難しくしている。日本や韓国のような市場経済をとる国がある一方で、中国のように社会主義国時代の共産党による支配体制を維持しながら、完全に市場主義経済に移行している国までさまざまで、こうした状況下では政治・経済にも共通する戦略的な互恵関係は生まれにくい。
環境問題という側面でも、PM2.5、あるいは以前からの黄砂の問題ばかりでなく、海洋汚染などを見ても、風上、風下(上流、下流)という関係性に目が向きがちである。風上側に二酸化炭素をはじめ、産業活動に起因する多くの公害型の汚染問題に直面する中国が存在する一方で、風下に省エネルギーや環境汚染の防止に関して世界でも有数の技術をもった日本がいるという、極めて特殊な地政学的状況が存在する。
地球温暖化や酸性雨などグローバルな環境問題について、欧州はその脅威を域内で共有せざるを得ない地域的な特徴を有しているのに対し、風上-風下という関係が明白な東アジアでは、共有できる脅威が見いだしにくい状況にある。さらに、中国が経済的に発展する中で、例えば環境に関わる技術、太陽光パネルとか、硫酸脱硫装置など、必ずしも日本の技術を必要としていない領域が出現している。日本はどうも技術的協力という考えにこだわりがちで、本質的な地域間協力の枠組み、構想が不足していると思われる。
自然災害常襲地としての戦略的互恵関係を
それでは、環境協力における戦略的互恵関係が東アジアでは見いだせないのだろうか。可能性のひとつは、1990年代から英国などで言われはじめた気候安全保障、あるいは環境安全保障論という考え方である。すなわち、環境問題の解決が、域内、あるいは国家の政治、社会の安定化につながるので、それを予防するという考え方である。この考え方に加えて、東アジアには大きな特徴がある。
東アジア、あるいは東南アジアも含めて考えると、環太平洋、特に太平洋の西縁に位置することによるアジアモンスーンに支配される気候的な特徴と、環太平洋火山帯に起因する火山や地震の多さが際立つ。アジアモンスーンは梅雨や台風などの災害の原因であり、地震はそれ自体が災害をもたらすだけでなく、東日本大震災で日本が、それ以前にもインドネシアやタイなどがスマトラ沖地震で受けたように、津波といった大きな災害の原因となる。
環太平洋、特に東アジアから東南アジアは、世界でもまれな自然災害常襲地である。人為が引き起こす脅威、例えば気候温暖化は、確かに私たちにとって大きな脅威である。2013年末のフィリピンを襲った台風もその影響と考えられている。さらにそうした人為起源の問題を超えて、人類にとって大きな脅威となる火山や地震など自然の環境変動の問題も含めた脅威に対する国際的な協力の枠組みが実は必要なのではないか(米本2011)。こういう考え方を東アジアが共有し、世界に提案していくならば、環境問題も含めた地域の戦略的互恵関係というものが出てくる可能性があるのではないか。
多国間研究者ネットワークを生かした取り組み
現実には環境問題をきっかけとして、一見協力の困難な国々による国際的な共同研究が進んでいるケースもある。地球研の「アムール・オホーツクプロジェクト」(代表:白岩孝行准教授)は、プロジェクトの調査終了後も、政府間では協力関係が存在しないアムール川関係諸国間に、科学者レベルで協力関係を作ろうとしている。アムール川とそれにつながるオホーツク海の環境保全の必要性を明らかにした上で、相互に関係する環境問題を関係各国の共同によって解決しながら、共通する利益を模索していくという仕組み(アムール・オホーツクコンソーシアム)を、研究者レベルのチャンネルで行っている。政治や経済だけではない、いわばセカンドトラックによる長期的な取り組みが、実は地域の信頼醸成に重要なのでないか。
これまでは中国との環境協力という面では、日中間という二国間協力として行ってきたケースが多い。しかし東アジアの非均質な政治・経済状況を考えると、多国間協力がむしろ必要ではないか。また、これまで日本は自国の環境技術が優れていて、中国は遅れているという考え方を一般には持っており、技術的な協力、あるいは技術供与という面を考える傾向にあるが、その考えにこだわっていると何も進まないであろう。
改めてここでは、日本は、「国際公共財」としての国際共同研究を積極的に主張すべきであると強調したい。つまり、環境問題そのものが、ある種の安全保障の一部であって、それを解決することが、やはり地域の安定につながるのである、ということを日本が積極的に発言すべきであり、そのために多国間での共同研究を推進すべきだと考えている。
参考文献 ^
相川 泰:『中国汚染―「公害大陸」の環境報告』(ソフトバンククリエイティブ、2008)
井村 秀文:『中国の環境問題-今なにが起きているのか』(化学同人、2007)
大塚 健司編:『中国の水環境保全とガバナンス―太湖流域における制度構築に向けて』(アジア経済研究所、2010)
窪田 順平・中村 知子(分担執筆):「中国の水問題と節水政策の行方」(秋道 智彌・小松 和彦・中村 康夫編『人と水Ⅰ 水と環境』、勉誠出版、pp275-304、2010)
中尾 正義・銭新・鄭躍軍編:『中国の水環境問題-開発のもたらす水不足』(勉誠出版、2009)
福嶌 義宏:『黄河断流―中国巨大河川をめぐる水と環境問題 』(地球研叢書、昭和堂、2008)
堀井 伸浩編著:『中国の持続可能な成長-資源・環境制約の克服は可能か?』(アジア経済研究所、2010)
米本 昌平:『地球変動のポリティクス』(弘文堂、2011)
(2014年5月7日 記、タイトル写真=大気汚染の深刻な北京。写真提供:Imaginechina/アフロ)