変動期に入った朝鮮半島情勢

岐路に立つ日韓関係:摩擦を超えた「進化」に向けて

政治・外交

「竹島問題」、「従軍慰安婦問題」などをめぐって繰り返される日韓摩擦。構造変化に直面する両国関係を検証し、互いに利する戦略的関係構築に向けての選択肢を探る。

日韓関係の現状:繰り返される摩擦

ここ1年くらいの日韓関係は葛藤に満ちている。1998年10月小渕恵三首相と金大中(キム・デジュン)大統領との間で発表された「日韓パートナーシップ宣言」を全盛期として、それ以後の日韓関係は「進化」するどころか「後退」しているかのような印象を受ける。その意味で日韓関係の「失われた14年」と言えるかもしれない。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は、政権後半期、領土問題に端を発して「外交戦争」も辞さずと対日強硬政策に舵(かじ)を切ったが、その後登場した李明博(イ・ミョンパク)政権が「実用主義」外交を掲げたのに加え、日本でも比較的リベラルな歴史認識を持つ鳩山由紀夫民主党政権が登場したことで、良好な日韓関係が安定して続くのではないかと期待された。

しかし、そうした「期待」は見事に裏切られた。そもそも、李明博政権の成立以後、日韓通貨スワップ協定以外に目立った成果はなく、日韓FTA(自由貿易協定)交渉もほとんど進展がない状況であった。また、日本政府の「竹島は我が国固有の領土」という立場表明に起因して「定期的に」摩擦が繰り返されていた。

日韓請求権に関する二つの判決と歴史問題の「再浮上」

「定期的」摩擦に点火したのは、意外にも2011年8月の韓国憲法裁判所による判決であった。1965年日韓請求権協定の範囲をめぐって、全ての問題が解決したと主張する日本政府と、従軍慰安婦問題などはその範囲に含まれないと主張する韓国政府との間には異見が存在した。判決では、韓国政府が、日本政府との異見を棚上げにしたまま交渉を行わない「不作為」は憲法違反であるとして、韓国政府に対して日本政府との交渉に取り組むように求めた。

12月には、日本大使館前で毎週行われる「水曜デモ」を主催する「挺対協(韓国挺身隊対策問題協議会)」が大使館前に「従軍慰安婦記念碑」の少女像を建立した。これに関して韓国政府は日本政府の抗議を事実上「黙殺」した。このように従軍慰安婦問題が再び注目され、同月京都で行われた日韓首脳会談で、記念碑撤去を要請した野田首相に対して李明博大統領がそれに応酬する形で従軍慰安婦問題に対する積極的な対応を求め、会談の雰囲気は険悪なものとなった。

さらに、日韓請求権協定によって問題が解決されたという解釈は、韓国併合を不法無効だとする韓国の公式的な歴史観と衝突するものであり、したがって韓国人徴用者に個人請求権は残り、日本企業に未払い賃金に対する支払い義務が生じるという趣旨の「画期的な」判決を、2012年5月、韓国の最高裁は下した。司法の立場から日韓の歴史観の違いにまで踏み込み、それを根拠に日韓国交正常化による政治的な問題解決に事実上の問い直しを迫ったのである。この論理を貫徹させると、日韓基本条約を破棄し再交渉しなければならないという議論にもつながりかねない。

さらに、歴史問題の「再浮上」が安全保障面における日韓協力に急ブレーキをかけている。原子力基本法改正を理由に日本が核武装を狙っていると大々的に報道され、集団的自衛権を認める憲法解釈の変更に向けた野田首相の積極的姿勢などが紹介され、日本の「軍事大国化」への警戒感がクローズアップされた。そして、当初は何の問題もなく締結されるはずだったGSOMIA(日韓包括的情報保護協定)も、慎重な国内世論を背景に直前に締結がキャンセルされた。「歴史を反省しない」まま「軍事大国化」を指向する日本と「安全保障協力」をすることは、日本に侵略された歴史を考えるとより慎重を期すべきだというのが、慎重論の背景にある。

葛藤の末の大統領“竹島訪問”

そして、こうした葛藤の帰結が、2012年8月10日の李明博大統領の竹島訪問、それに続く、天皇訪韓をめぐる、一国の政治指導者としては首をかしげるような発言など、歴史問題をめぐる対日「強硬」姿勢である。李明博政権の立場からすると、従軍慰安婦問題など歴史認識をめぐる日本の消極的な対応に「業を煮やして」、それに対する「ショック療法」として、それまで「禁じ手」と考えられていた竹島訪問に踏み切ったということになるのだろう。

しかし、盧武鉉政権以来韓国においては、1905年竹島の日本領編入を日本による朝鮮半島侵略の一環であったとして、領土問題が「歴史問題化」されているのに対して、日本では領土問題と歴史問題とは別々の問題であると認識されている。したがって、李明博大統領による竹島訪問が、日本政府に対して従軍慰安婦問題での積極的な取り組みを求める効果をもたらすのか、大いに疑問である。むしろ、韓国は、それ以外の問題を有利にするためのカードとして歴史問題を使っているという、かねてから日本側に根強く存在した見方を結果として補強することになり、歴史問題の解決にはマイナスになってしまったと考えられる。

構造変動期に直面する日韓関係

韓国の歴代政権は対日政策に関して当初は融和的な姿勢を示すが、期待した成果が上がらないと日本に失望し、政権末期のレームダック状況下では国内の強硬世論を抑制することができず、さらに政権の再浮上を目論んで対日強硬姿勢を逆に利用しようとする。これが、韓国の政権推移とともに日韓摩擦が増大するメカニズムである。盧武鉉政権、李明博政権ともに、そうしたサイクルで日韓関係が推移してきたことは否定できない。しかし、日韓関係の現状をそうしたサイクルの一局面と位置づけるだけでよいのか。

日韓関係は、冷戦の終焉以降、さらには、ここ数年の間にめまぐるしく変容している。現在は、そうした構造の変動期に直面しているのではないか。ここ25年くらいの日韓関係の構造変容として、以下の5点が指摘される。(1)パワーバランスの相対的均衡化、(2)体制価値観の共有化、(3)日韓関係の多層化と多様化、(4)相互関心の質的量的均衡化、(5)協力経験の蓄積による新たなアイデンティティの可能性である。それぞれの内容を説明すると以下のようになる。

(1)経済力における日韓の差が急速に縮まっただけでなく、国際社会における韓国のプレゼンス増大は顕著であり、外交力に関しても日韓は接近している。

(2)韓国の持続的発展による先進国化と政治的民主化は、市場民主主義という価値観を共有する日韓の共通性を東アジア地域において際立たせている。

(3)政府間関係、財界同士の関係だけでなく、市民社会間関係を含めた多層的な関係、さらに政治経済のみならず文化も含めた多様な領域におよぶ関係が構築されている。

(4)従来は、日本に対する韓国社会の高い関心に対して韓国に対する日本社会の関心は低調であったが、韓国社会のグローバル化に伴う対日関心の相対的低下、逆に日本社会における対韓関心の高まりは、両者の相互関心量を均衡化しつつある。さらに、韓国社会における対日観がグローバル化の中で「鍛えられ」、善悪の問題ではなく、その他の2国間関係との比較の視点から日韓関係を考えるようになっている。

(5)日韓ワールドカップなど国際的行事の共催や対外援助における協力などに代表されるように、多国間協議の枠組みの中で日韓の利益が接近していることを自覚し、日韓が協力することにより国際的な公共財を提供し得る関係であるという認識が台頭している。

日韓均衡化の中で増大する摩擦の背景

日韓摩擦の増大する現状を、こうした構造変容の中でどのように説明することができるか。日韓は、ますます均衡化、対等化、近似化し、国際政治の中で近似の位相、パワーを持つ2つの隣接国家になっている。従って、望ましい国際環境に関して日韓は利害を共有する傾向にある。日韓は米国との同盟関係を共有し、それによる利益を最大化しコストを最小化する点で協力する必要がある。

また、対北朝鮮政策、対中政策に関しても、他国家と比較しても相対的に採るべき政策は近似する。日本にとって、北朝鮮が対中依存を深めながら自体制生存のための核開発を持続するよりも、韓国主導の朝鮮半島統一という方向に進む方が望ましい。そして、日朝国交正常化を日本外交のプレゼンスを高めるために利用することができる。日朝国交正常化と南北経済協力とが密接な連携の下に展開されるのならば、韓国にとっても望ましい。

対中関係においても、一方で、中国との経済関係がより一層深まり、対北朝鮮関係において中国の影響力行使に期待せざるを得ないという状況の下、韓国が中国への対応に関して日本との協力に踏み込むことには一定の制約がある。しかし、他方で、日韓にとって有利な形で東アジアの国際秩序を構築するために、責任ある大国としての役割を中国に求める必要があり、そのための対中影響力は日韓が協力して初めて確保できるものである。さらに、日韓関係の多層化・多様化の進展、日韓協力関係の進化経験は、こうした協力へのインセンティブをさらに堅固にすると考えられる。

しかし、自動的に日韓の協力関係が樹立されるわけではない。共通利益が有限であり排他的にしか享受できないというゼロサム的な日韓関係になってしまう場合もある。また、競争的な関係であることが重視される場合、たとえ相互利益になるとしても、どちらかにより多くの利益が分配されるのかという相対的利益の観点を考慮して、相互格差が拡大することが好ましくないと考える場合には協力を拒否することになる。したがって、協力することによって享受する利益をより一層効率的に増大させることができ、しかもその享受が相互排他的ではなく、相互の格差が縮まる方向を優位者が甘受する場合に限って、協力という選択を採り易い。

相互信頼関係の構築が不可欠

そのために決定的に重要なのは、最低限の相互信頼関係が存在することである。相手が信用できない、いつ相手に出し抜かれるかわからないということになると、協力を選択することは困難になるからである。GSOMIAやACSA(物品役務相互提供協定)は対米同盟関係、対北朝鮮政策、対中政策などに関する日韓協力による利益をより一層促進するためのものである。にもかかわらず、韓国から見るとそうした利益よりも、日本の「軍事大国化」に起因した韓国の不利益の方が大きいと受け止められ易いのである。

また、日韓関係の多層化・多様化という現象の象徴である「韓流」に関しても日韓の相互評価には乖離(かいり)が見られる。日本から見ると日本社会における韓国文化の比重が増大することで、日韓の距離は近くなったと見えるかもしれないが、韓国から見ると「韓流」はグローバルな現象であり、日韓の距離が近くなったとは言い難い。したがって、日韓間の文化交流の密度が高まったことが、日韓の相互信頼の増大に無条件で寄与しているとは言い難い。

以上のように、日韓関係の構造変容は著しく、単なる韓国の国内政治サイクルの一局面として日韓摩擦の現状を考えるのには限界がある一方で、日韓関係の構造変容が一義的に摩擦を引き起こすわけではなく、政治的選択が介在するということになる。そうであれば、どのような政治的選択をするのかが重要になる。構造変容によって生じた日韓関係の新たな可能性を切り開く政治的選択とは何か、その条件を考えてみたい。

日韓の選択:摩擦サイクルからの脱却に向けて

摩擦を生んだ日韓の政治選択は、以下のように考えられる。韓国にとっては、日韓関係の対等化、均衡化という条件変化に直面してある種の「混乱」に陥っている側面がある。「大国」日本の意図や能力に対する「過大評価」という側面と、「期待外れ」の日本に対する「過小評価」が混在している。日本が常に「軍事大国化」を指向しているという言説は韓国では当然のごとく受け入れられており、それはもはや「不変の前提」レベルに達している。

他方で、韓国社会における対日イメージは、それまでの「目標・模範」という側面を急速に失い、「もはや見習うべきものもない」、「韓国にとってプラスになるような役割も期待できない」ので関心を向ける必要はないというような極端なイメージも支配する。特に、若年層の間では日本に対する好悪の感情を超えて日本に対する無関心が増大している。なぜ、日韓関係において、その他の重要な問題があるにもかかわらず「歴史」だけがいまだにクローズアップされるのかには、こうした背景がある。

逆に日本から見ると、一方で、日韓関係の構造変容に対応して韓国の戦略的重要性が従来にも増して高まっている状況がある。他方で、日韓協力に対する韓国の「かたくなな」消極姿勢に直面して、結局「韓国は変わらない」、したがって「日韓協力にそれほど期待できない」という「諦め」にも似た状況に陥る。換言すれば、日韓は潜在的な協力可能性を実現するということよりも、それは実現困難だという前提の下、どうせ協力が困難であるのだから、2者関係における争点に関する対立をエスカレートしても仕方がないと「諦めて」しまっている印象さえ受ける。

しかし、日韓にとって、日韓協力を「進化」させるという選択肢に代替するような現実的に有効な選択肢はあり得るのか。東アジアにおける日本の外交的プレゼンスを維持し高めるために、日韓関係をより一層に密接にすること以上に効果的な選択肢は、現在のパワーをめぐる状況下では容易に見つからない。これは韓国にとっても同様である。

対北朝鮮で日韓協力は有効

では、それほど実現困難なものなのか。確かに、最近の日韓摩擦の増大に直面すると、日韓協力の「進化」という選択肢は容易ではないということを今更ながら実感する。にもかかわらず、選択の余地は依然として残されているはずだ。韓国に対する「諦め」というが、日本に対する「過大評価」と「過小評価」の共存という韓国社会に対して、その不信を払拭しながらも、韓国にとっての日本の「価値」を認めさせるような外交を十分に遂行してきたのか、疑問である。

もちろん、妥協可能な領土問題を妥協不能な「歴史問題化」してしまうことなど譲歩できない部分はあるが、従軍慰安婦問題などの歴史認識をめぐる諸問題に関して、日本社会が不必要な摩擦を回避して、さらに、韓国社会にとって「日本は変わった、歴史を反省している」と認識させるような大胆な提案をする余地は、まだ残されているのではないか。韓国社会も、「過大評価」と「過小評価」という極端な過剰反応ではなく、もう少し適正に日本を評価する目を持つべきだろう。日本のためというよりも韓国にとって日本の「利用価値」を適正に評価できないというのは不幸なことだからだ。

特に、対北朝鮮関係において、北朝鮮の対中依存の深まりと米朝関係を優先させる戦略に直面して、6者協議の中で「周辺化」される傾向のある日韓にとって、日朝国交正常化と南北経済協力を緊密に連携させながら北朝鮮に対する日韓のプレゼンスを高める、そうした可能性は依然として有効なはずである。

日韓の政権交代で「マイナスからの出発」も

韓国は2012年12月19日次の5年間の大統領を選ぶ選挙が控えている。与党セヌリ党候補は故朴正熙(パク・チョンヒ)大統領の長女朴槿惠(パク・クネ/現議員)に決まったが、野党系候補は依然として、文在寅(ムン・ジェイン/現議員、盧武鉉財団理事長)、孫鶴圭(ソン・ハッキュ/前議員、元京畿道知事)、金斗官(キム・ドゥグアン/前慶尚南道知事)などのうち誰が候補になるのか不透明な状況が続く。特に、最大野党民主統合党の選出候補と党外有力候補であり、若者に絶大な人気を持つ安哲秀(アン・チョルス/ソウル大学教授)とがどのように連携するのかが重要な変数となる。

現状では、朴槿惠有利の構図ではあることに変わりはないが、予断は許さない。一応、与党=保守、野党=進歩という図式で色分けされるが、朴槿惠陣営が「脱李明博」の姿勢を明確にし、経済政策では「経済民主化」「福祉」を強調するとともに、対北朝鮮政策でも北朝鮮への関与を強める方向を掲げる。その結果、野党との政策争点の違いが見えにくくなっている。

そうした中で、日韓の摩擦が増大している。この問題が選挙の主要争点にはなりにくいと考えるが、新政権の対日政策を大きく制約することは間違いなく、今度の新政権は、従来の政権とは異なり、当初から対日「強硬」政策を掲げざるを得なくなるかもしれない。しかし、ある意味では「マイナスからの出発」であり、その分採り得る選択肢はむしろ広いとも考えられる。他方で、日本でも総選挙が近いと見られているが、そこで安定した政権が生まれる可能性は低い。その過程で領土問題への対応が選挙の争点となり、有効な対応が見いだせない中、「強硬な」対応への支持に傾斜する可能性も否定できない。

「GSOMIA程度のことでも協力できないのか」と日韓関係の現状を憂慮せざるを得ない。歴史認識をめぐる問題に関する日本側の大胆な提案が韓国の適正な対日評価を帰結させ、そこで初めて日韓が互いの関係を利用し合うという意味での戦略的関係を構築する、そうした選択に日韓が踏み出せるのか、今まさに問われている。
日韓摩擦再燃の経緯
2011年8月 韓国憲法裁判所が、1965年日韓請求権協定に関し、「韓国政府は解決のための努力をしていない、やるべきことをやっていない政府は憲法違反」という判決を下す。
12月
  • ソウルの日本大使館前に市民団体が「従軍慰安婦記念碑」の少女像を建立。
  • 京都で日韓首脳会談。記念碑撤去を要請した野田首相に対し、李明博大統領は従軍慰安婦問題に対する積極的な対応を求める。
2012年5月 韓国最高裁が、日本企業には韓国人徴用者への未払い賃金に対する賠償責任があるという判決を下す。
6月 6月29日に予定されていたGSOMIA(日韓包括的情報保護協定)の締結を、韓国側が急きょ延期。
8月
  • 8月10日、李大統領が現職大統領としては初めて竹島(韓国名・独島)を訪問。
  • 8月14日、李大統領が天皇陛下の訪韓に関し、「心から謝罪」することが条件と発言。
  • 8月15日、李大統領が光復節(日本の植民地支配からの解放記念日)の式典で演説。旧日本軍の従軍慰安婦問題について「日本の責任ある措置を求める」と述べた。
  • 8月17日 日本政府は竹島問題について、国際司法裁判所(ICJ)への提訴を韓国政府に提案すると発表。
  • 8月30日 韓国政府の共同提訴拒否を受けて、日本政府は単独提訴の手続き着手を決める。
タイトル背景写真=2012年12月、京都で行われた日韓首脳会談での野田佳彦首相と李明博大統領(産経新聞社提供)

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