権威主義中国の変容する対外政策
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プレゼンスの高まりの中で再考迫られる中国外交
アジア太平洋を取り巻く地域情勢は目まぐるしく変容している。昨秋から米国は「アジアへの復帰」を宣言したが、そこには国際社会に中国を取り込んでいくエンゲージ戦略から、中国の台頭を抑止していく姿勢を前面に押し出している姿が垣間見られる。経済的には環太平洋パートナーシップ(TPP)を推進し、軍事的にはアジアの同盟国との間で軍事協力を強化している米国の外交攻勢を背景に、米国と中国が地域における影響力を競い合っている印象は年を追うごとに色濃くなっている。
ここ2、30年、中国は急速な経済成長を遂げている。2010年の中国の国内総生産(GDP)は5兆ドルを超え、日本を追い抜いて米国に次ぐ世界2位に躍り出た。経済大国化する中国と周辺国との関係は、2000年代後半ごろから不協和音が目立つようになった。南シナ海の領有権をめぐり、中国とフィリピン、ベトナムとの対立が特に激しさを増している。東シナ海では、2010年9月に尖閣諸島海域で操業していた中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりする事件が発生し、一時回復した日中双方の国民感情も一気に冷え込んだ。黄海では領有権をめぐる中韓対立もくすぶっている。さらに、中国と良好な関係を保っていたミャンマー政府は2011年9月に突如ミッソン・ダムの建設を延期した。
地域情勢の変化に伴い、中国政府は対外政策の再考を迫られている。国際社会における中国のプレゼンスがますます高まる中、中国がこれまでどのような対外政策を採用してきたのか、そして現在どのような対外政策を採択しているのかといった問題に対する理解はますます重要な意味を帯びてきている。「分断化された権威主義体制」と指摘されて久しいが、今日においてますます多様な国内アクターがさまざまな利益に基づき対外政策に関わってきている。改革開放政策が実施されて30年余り、そして世界貿易機関(WTO)に加盟して約10年が経過したいま、権威主義体制の下での政策形成プロセスも大きく変容してきている。
こうした状況を踏まえ、本稿はまず2012年3月に開かれた中国人民政治協商会議第11期全国委員会第5回会議と第11期全国人民代表大会(以下、全人代)第5回会議での議論を分析し、これまでの対外政策と照らし合わせながら、内外の圧力に直面した中国の対外政策の方向性と特徴の析出を試みたい。
全人代と政治協商会議で示された対外政策
2012年3月3日から13日まで政治協商会議第11期全国委員会第5回会議、そして5日から14日まで第11期全人代第5回会議が北京で開催された。時期を同じくして、各地方の人民代表大会(以下、人代)や政治協商会議も各地で開催された。
全人代と政治協商会議全国委員会の2つの会議に関して、日本や米国のメディアは主に軍事費の増大、2012年の経済成長率目標を2011年の8%から7.5%に引き下げたこと、共産党次期指導部の構成に関連した薄煕来の去就問題などに焦点を合わせて報道したが、会期中に議論された中国の対外政策に対してはさほど高い関心が払われなかった。しかし、この2つの会議で言及された対外戦略は、米国のアジア復帰政策、周辺国との関係悪化などにより中国を取り巻く国際関係が一段と厳しくなってから中国政府によって初めて提示された施政方針であり、非常に重要な意味合いを持っている。
例年通り、全人代の開幕式で温家宝総理が政府活動報告を行い、また全人代と全国政治協商会議の会期中に楊潔箎外交部長、陳徳銘商務部長、周小川中国人民銀行総裁など主要官庁の責任者による記者会見も催された。政府活動報告や記者会見で披露された対外政策に関しては、以下の4点が特に注目に値する。
(1)2012年度の国防費は前年度比11.2%増の6702億7400万元(約8兆7000億円)になることが明らかとなった。
(2)対外政策は「国家の安全主権を首位に位置付け、各国と協力しながら、グローバルガバナンスに関する改革を促し、良好な国家イメージを樹立する」と総括されている。こうした政策目標を実現するためにG20(金融世界経済に関する首脳会合)をはじめとする多国間協議の場を重視し、国際経済・金融体制の改革を促進するとともに自由貿易協定(FTA)や地域一体化を推進するといった戦略的展開も確認された。
(3)中国企業による海外投資のリスク管理の強化や在外中国人の安全確保の必要性が訴えられた。
(4)会期中に「全国離島(海島)保護計画」が国務院で承認され、実施に移された。
上述した内容から分かるように、全人代で打ち出された対外政策は基本的に従来の政策を踏襲しており、抜本的な政策転換は行われなかった。楊潔箎外交部長は昨年末、2011年の外交を総括した際に「国際システムの改革を推進し、有利な周辺環境を作り出し、主要大国との関係を安定させ、発展途上国との団結協力を深化し、西アジアならびに北アフリカにおける中国の国家利益を擁護し、パブリック・ディプロマシーに大いに尽力した」と述べたが、今回の対外政策が基本的に昨年の対外方針に沿った形で提起されていることは明らかである。近年中国は世界経済のけん引役を果たしているといわれているが、世界の多くの地域や国家との経済関係の強化を通じて、国際的プレゼンスの向上を図ってきたのも事実である。こうした中、中国政府がこれまでの戦略を持続させることで米国の外交攻勢に対応しようとしていることはある意味において自然の流れであろう。
他方中国を取り巻く国際環境の変化により、対外政策には若干の変化がみられる。米中関係の対立が顕著となり、台頭する中国に対する風当たりも一層強くなるとの認識から、中国政府はパブリック・ディプロマシーの重要性を改めて強調した。また海外における中国の経済権益の擁護も喫緊の課題として新たに打ち出されている。
摩擦を回避しマネージしながら、多くの地域や国家との経済協力の強化、ホットな国際イシューや多国間協議の場でのリーダーシップの発揮を通じて、中国は国際社会における影響力を高めようとしている。こうした目標を実現するために、直近の中国政府は安全主権の確保、経済協力、パブリック・ディプロマシー、在外中国企業・中国人の保護などを外交上の政策課題として重視している。
外交原則と「核心利益」のあいまい性
権威主義体制下の中国において、対外政策に関する中央指導部の方針が何よりも重要である。国際情勢に変化がありながら、対外戦略に抜本的な転換が行われていないのは外交原則に変化がなかったことに起因している。
1978年の改革開放政策が実施されてから、経済発展に寄与することは外交の至上命題であった。しかし2006年ごろになると、中国の国家利益について、従来の経済発展に、「国家主権、安全」が新たに付け加えられるようになった。2006年8月の中央外事工作会議において、胡錦涛国家主席は「中国の外交は国家の主権、安全、発展利益の擁護のために役割を果たすべきだ」と発言した。「国家の主権、安全、海洋権益の擁護」といった文言はもともと海軍や国家海洋局がポリシーペーパーで使用していたものであるが、2006年以降外交にもその役割が求められるようになったことは大きな政策転換といえる。このような政策の流れの延長線上に、今年3月に「全国離島(海島)保護計画」が実施されたと理解できよう。
中国政府が自国の外交政策の戦略について明示的に述べたことはない。「主権、安全、発展」は外交原則として提示されているが、そのあいまい性についてまず海外から問題提起された。ニューヨーク・タイムズは、2010年3月に中国高官が非公式の場において「南シナ海は中国の核心利益である」と発言したと報道した。その後、米国の学者マイケル・D・スウェイン(Michael D. Swaine)はニューヨーク・タイムズの報道を否定したが、この報道を契機として「中国の核心利益とは何か」という問題に対する国際社会の関心が一層高まった。
海外からの疑念に応える形で、『環球時報』(2011年8月)は発展の道、台湾、チベットの3つが中国の核心利益であると論じ、2011年9月6日に発表された政府白書では、「主権、安全、領土の保全、国家の統一、中国の政治制度、持続的発展の保障」の6つが核心利益として挙げられた。2012年1月17日の『人民日報』はさらに尖閣問題が中国の核心利益と論じた。結局のところ、「中国の核心利益とは何か」について依然として中国政府の明確な回答はなく、いまだに議論が錯綜している。
多様化する外交政策の利害と主張
中国の外交原則におけるあいまい性は、他方において、対外政策の決定と実施にも多大な影響を及ぼしている。
多様・多層な対外政策と海洋主権問題
建国当初から中国の政策立案のメカニズムは2層に分かれている。中央指導部は国家の対外戦略の原則や基本方針、重要とされる問題をめぐる対外政策を決定し、国家の対外戦略に沿ったルーティン政策など具体的な政策制定と執行管理は各省庁、各地方政府の役割とされる。対外政策に関わる中央省庁、地方政府、企業が外交原則を各自の利益に基づいて解釈し、各自の対外政策を推進しようとしているため、国内では多様、多層な対外政策が実施されている。
海洋主権問題は対外政策の多様性を示す格好の一例である。国家の主権と安全の擁護が国益として提起されるようになってから、海の領有権問題をめぐり中国と関係国との間で摩擦が急増した。直近の事件でいえば、2011年3月にフィリピンがチャーターした調査船が中国の巡視船の妨害を受け、同年5月にはベトナム探査船の調査用ケーブルが中国の巡視船によって切断されたという。また、2012年3月16日に中国の海洋巡視船「海監50」と「海監66」の2隻が尖閣付近での巡視を行い、日本の接続水域内で航行したことで日中間の摩擦を再び顕在化させた。こうした強硬姿勢と同時進行的に、係争地域における共同開発の動きや安全保障分野における協力を模索する姿勢もみられる。2010年末ごろから事務レベルで「南シナ海における関係国の行動宣言」の具現化に関する協議がスタートしており、共同ワーキング・グループも開催されている。また、2011年11月に行われた東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国の会合では、温家宝総理が実務協力の拡大を呼びかけ、中国・ASEAN海上協力基金を設立することを提案し、30億元(約360億円)出資の意向を表明した。
対外政策の利益主張の場になった全人代と政治協商会議
政治協商会議はお飾りの「花瓶」、全人代は「ゴム印機関」と揶揄されているだけに、全人代も全国政治協商会議も中国内の政治プロセスにおいて大きな影響力を有していないと一般的に認識されている。しかし近年政策決定プロセスにおける全人代と全国政治協商会議の役割も大きく変容している。
全人代や全国政治協商会議の代表、委員は各業界や行政から選出されており、給与も所属の会社や政府から支給されている。国民の代表でありながら所属組織の代表であるという「二重身分」制の下では、各代表、委員は利益代弁者になりやすい。さらに、2つの会議は中国国内で重要な会議とされているだけに、近年中国メディアによる会議報道も過熱化している。その結果、全人代と全国政治協商会議による提案が実際の法律あるいは政府の政策として実現されることはいまだに難しいものの、全人代と全国政治協商会議は各省庁、地方政府、企業ないし非政府組織が政策主張を競い合う場と化しており、開会期間はさまざまな政策の実現に向けた世論作りの絶好のチャンスとなっている。こうした現象は3月の各地方の人代や政治協商会議でも顕著にみられる。
現行の対外政策の「受益者」は対外政策の強力な推進派となり、現行の対外政策を正当化するために強弁する。政治協商会議委員で人民解放軍中将の孔瑛、全国政治協商会議委員で海軍少将の尹卓らは国内メディアで軍事費の増加を強く擁護した。国土の大きさや海岸線の長さから、先進国に後れを取っている武器装備の更新や軍人生活の向上の必要性などから、中国の国防費はまだ不十分だという。
全国政治協商会議委員で軍事科学学会副秘書長の羅援は、国家海洋権益を擁護するために国家海岸警備隊の設立や、南シナ海特別行政区の新設、南シナ海白書の発表などを提案した。
こうした声は南シナ海の開発が自らの発展を強く左右する海南省からも上がっている。海南省の政治協商会議委員で中国南海研究院院長の呉士存は、南シナ海の紛争海域での開発を提唱し、海南省人代代表で海南省海洋・漁業庁長の趙中社は油田、観光、漁業などを含め、海南省を南シナ海開発の基地にするように努めるべきだと主張している。海南省人代代表で海南省長の蒋定之は海洋経済の重要性を強調し、石油開発、漁業、海洋の法律執行の強化などを訴えた。
新たな主張も活発化
これまで対外政策の重要な政策に関わってこなかった部署も、政策の一環として組み入れられるよう意見を発信している。例えば全国政治協商会議委員で国家林業局副局長の印紅は、林業が国家イメージ向上の有効手段であり、パブリック・ディプロマシーに寄与できると主張し、林業を対外援助項目に加えるべきだとの発言を行った。
ネット世論の批判にさらされている部局もメディア報道を利用し、世論作りに余念がない。2011年11月16日甘粛省慶陽市の幼稚園送迎バスがトラックと正面衝突し、21人が死亡した事件を契機に、ネットを中心に、対外援助よりも自国の発展を優先し、国家の実力に見合った援助を行うべきだという論調が高まっている。こうした中、商務部国際貿易経済合作研究院研究員の梅新育は、対外援助は中国企業の入場券だと語り、国際社会における発言権の向上にもつながると主張する。
スーダンの中国人誘拐をはじめ相次ぐ在外中国人の誘拐事件、リビアの政変により3万人を超える中国人を本土に戻す大作戦を経て、在外中国企業・中国人の安全と権益擁護も外交課題として政府によって掲げられるようになったことから、今回の会議中にこれに関連した新たな提案も提示された。政治協商会議外事委員会副主任で北京大学世界現代化過程センター研究員の韓方明は、米国の民間軍事会社ブラックウォーター(Blackwater USA)を模倣して中国のセキュリティ会社の海外進出を認めるべきだと強く主張した。また、全人代代表で中国電力建設集団総裁の馬宗林、全国政治協商会議常務委員で中国国際貿易促進委員会会長の万季飛なども国家レベルの事前警戒体制の確立や立法体制の整備を呼び掛けている。
全人代や全国政治協商会議では毎年1万件を超す議案、提案が提出されているが、提案されたことが現実の政策に結びつくことはごくまれである。しかしながら、こうした提案をめぐる会期中の報道は対外政策を擁護するための世論作りにおいて重要な役割を果たしている。
「討議はするが決定せず」で対外政策硬直化
中国はもはやモノリシック(画一的)な社会ではなくなり、対外政策に関しても地方、各省庁さらに学者の間からさまざまな声が上がるようになってきた。ここ20年の間、中国における政策決定の様相が大きく変化している。
権威主義体制の下では、中央指導部の政策方針は対外政策を左右する上で依然として最も重要な意味を持つ。他方、中央の政策方針のあいまいさ、ルーティンの政策決定が各省庁に委ねられている中国的政策決定の様式は、多様で、時として矛盾した対外政策を生み出している。
さらに既得権益層の出現により、中央レベルにおける利益調整はかなり難しく、多くの場合においては、統一された明確な中央の決定がなく、いわば「討議はするが決定せず」といった状態が続いている。こうした中、現行の外交政策の「受益者」を中心に、現行の対外政策を強く擁護し、推進する省庁や地方政府が存在している。「特殊利益集団」の存在を公式に認めたのは2006年12月に開かれた中国共産党第16期中央委員会第6回全体会議の時であったが、既得権益層が国家の政策を分断化し、中国の成長モデルの構造的転換を阻んでいる。こうした現象はなにも国内政策に限ったものではない。対外政策の既得権益層の存在が中国の対外政策を硬直化させている。
目下中国政府は既存の対外政策方針を踏襲し、対外的な摩擦を回避しつつ、多国間協議の場での発言力を高め、経済関係の促進や経済協力を通じて影響力の拡大を狙っている。こうした対外政策を成功させるためにも、強い政治決断の下で明快な政策ビジョンを内外に提示し、国内における利益調整を敢行する必要がある。政治システムの透明度の向上、行政に対するチェック機能の導入などの政治改革も待たれる。
タイトル背景写真=Adrian Bradshaw/EPA・時事