シリーズレポート「老いる日本、あとを追う世界」

高齢化が進む地域の「居場所ハウス」

社会

田中 康裕 【Profile】

東日本大震災の被災地、岩手県大船渡市の「居場所ハウス」は、高齢者が地域づくりのために自らできることを実践することで、高齢者であることに堂々としていられる地域づくりを目指している。

地域住民が自らの居場所をつくる

東日本大震災から2年が経過した2013年6月、岩手県大船渡市末崎(まっさき)町に「居場所ハウス」はオープンした。きっかけはワシントンDCの非営利組織「Ibasho」の呼びかけであり、米国ハネウェル社からの災害復興基金を受けて古民家の移築・再生が行われた。

「居場所ハウス」は誰もが気軽に立ち寄れるカフェスペースとして運営をスタート。現在は木曜を除く週6日間、10時から16時まで運営している。来訪者の中心は地域の高齢者だが、学校が休みの日には子どもたちが遊びに立ち寄ることもある。ひな祭り、七夕、盆踊り、クリスマスなどの季節の行事をはじめ、生花教室、歌声喫茶、同級会などのグループ活動も行われている。来訪者は1日約20人で、オープンから3年間で延べ来訪者数は約1万7600人に達した。

「居場所ハウス」の日々の運営を担うのは、末崎町の住民を中心として設立されたNPO法人・居場所創造プロジェクトのメンバー。世間的には高齢者と見なされる世代の人々が中心である。メンバーは調理、花の手入れ、大工仕事、パソコンなど、それぞれができることを通じて日々の運営を担っている。

季節の行事をはじめとするさまざまな活動を企画し、試行錯誤しながら行ってきたのもメンバーである。運営のあり方を大きく変えることになったのが朝市と食堂だ。買い物や飲食ができる店舗がほとんどないという地域の事情から、毎月の朝市を2014年10月から、食堂の運営を2015年5月からスタートさせた。食堂を運営するにあたっては、現役時代に建築関係の仕事に就いていたメンバーが中心となって屋外にキッチンスペースを増築した。「居場所ハウス」では自分たちが生き生きと楽しむためだけではなく、より良い地域を実現するための活動を行っている。

ただし、運営に関わっているのは中心メンバーだけではない。来訪者の中にも食べ終えた食器を洗ったり、テーブルを片付けたり、差し入れをする人もいる。自分には何もできないからと砂糖などを差し入れてくださる人、家に保管していた昔の貴重な人形をひな祭りの時に貸してくださる人。「居場所ハウス」では、できることはそれぞれ違っても、何らかのかたちで役割を担うことを大切にしている。

毎月開催している運営のための定例会

知恵や経験をもったかけがえのない存在として

「Ibasho」が掲げる最も重要な理念は、誰かに面倒をみられる存在、一方的にお世話される存在だと見なされがちな高齢者が、知恵や経験をもった存在として他者との関わりをもてる地域を実現すること。これを高齢化問題への対応として捉えるだけでは十分ではない。歳を重ねるとさまざまな悩みが出てきたり、身体が思うように動かなくなったりするのは当然のこと。そうであっても、一人ひとりの高齢者は、自分にできる役割を担いながら「居場所ハウス」を支えるかけがえのない存在。歳を重ねること自体が問題なのでは決してない。高齢者であることに一人ひとりが堂々としていられる、そうした関係が築かれた地域の実現を目指しているのだ。

農園から収穫した野菜を朝市で販売する準備

居場所ハウス

バナー写真=高齢者を中心とする住民が思い思いに過ごす「居場所ハウス」(写真はすべて著者提供)

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    少子高齢化 笹川平和財団

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    特定非営利活動法人Ibasho Japan副理事。2007年3月、大阪大学大学院工学研究科建築工学専攻博士後期課程修了、博士(工学)。近年各地に開かれている「まちの居場所」、計画された住宅地(ニュータウン)におけるアーカイブ作りなどの研究・実践を行う。清水建設技術研究所の研究員等を経て、2013年5月より「居場所ハウス」(岩手県大船渡市)の運営・調査に携わる。2015年8月より特定非営利活動法人Ibasho Japan・副理事長。2015年12月より東京大学大学院経済学研究科・特任研究員。主な共著に『環境とデザイン(シリーズ〈人間と建築〉3)』(朝倉書店, 2008年)、『まちの居場所』(東洋書店, 2010年)。「まちの居場所」の活動記録として『街角広場アーカイブ’07』(ひがしまち街角広場, 2007年)、『居場所ハウスのあゆみ』(Ibasho, 2015年)などを編集。

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