へら絞りの最高峰——北嶋絞製作所
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東京都大田区。およそ4000もの工場が集約し、日本でも有数の“モノづくりの町”として知られるここには、中小企業でも世界の先端技術を支えるユニークな企業が数多くある。
中でも「北嶋絞製作所」は、“へら絞(しぼ)り”という金属の成形にかけては日本でトップクラスの技術を持つ。米航空機や人工衛星の部品、H2ロケットの先端部品など、高度な技術がなくてはできない特殊な金属成形を得意としている。しかも、それらを作り上げているのは、機械ではなく、職人たちの手仕事なのだ。
金属が粘土のように形を変える
へら絞りは、ヨーロッパでは中世の頃から行われていたとされる金属精錬技術。金属の“伸びる”性質を利用した成形法で、“へら”と呼ばれる棒で高速回転させた金属に圧力を加え、目的の形に加工する。ろくろの上で粘土を成形するようなイメージだ。
へら絞りの場合、ろくろの役割を果たすのは、“絞り機”と呼ばれる横向きに旋回する高速の回転軸。そこに円盤状に加工した金属板をセットして、へらを少しずつ、数回に分けて押し当てながら金属板を変形させる。絞り機にはあらかじめ型をとりつけ、その形に沿うように金属板を成形していく。
扱っている金属は、鉄、アルミニウム、ステンレス、銅、レアメタルなど硬質な素材ばかりだが、へら絞りにかかればまるで粘土のように、みるみる形が変わる。通常は1人で作業するが、直径3mはあるパラボラアンテナなど大きいものになると、2~3人の職人が息を合わせて、1つのへらで成形する。
へらを扱うときは、力を入れ過ぎると、金属が割れたり、切れたりしてしまう。逆に、力が弱過ぎると、成形に時間がかかる。微妙なさじ加減は理屈ではなく、金属と毎日向き合う中で覚えていくものだという。
「うちの職人たちは、金属音でも成形の状態を判断することができます。一人前になるまでには、約10年。熟練工ともなると、わずかな精度まで感知します」
技術の安売りをしてはいけない
職人の手仕事によるへら絞りを行っているのは、北嶋製作所だけではない。それなのに、なぜ同社の技術が業界ナンバーワンと評価されているのか。代々受け継がれた職人としての志とチャレンジ精神が技術を高めてきたからだという。
「創業者である祖父は、戦前まで畳職人でした。しかし終戦後に『これからはアメリカの文化がどんどん入ってくる』と言って、畳屋を廃業しました。長男である(先々代社長の)伯父を、へら絞りの工場へ住み込みで見習いに行かせて、今の会社を作ったんです」
1947年の創業当初は、鍋やフライパン、やかんなどの日用品をへらで絞り、技術を磨いたという。そうした中で、金属の特殊な成形にも取り組むようになっていった。
「(先代社長の)父は『できない』という言葉を絶対に言わない人だったんです。成形が難しく、他の工場ではさんざん断られた顧客がうちに訪ねてきたときも、『とにかくやってみよう』という姿勢でした。ときには顧客の要望に応じて機械を改造することも。常に新しい仕事に挑戦し、いろいろな金属の取り扱いや成形を経験したことが、今の技術につながっているのだと思います」
現在は、職人によるへら絞りだけではなく、量産のため “自動絞り”という機械も導入している。ただ、100~200個程度の少量生産には、手仕事の方がコストが安くなるからだ。何より職人技は、機械以上に高い精度を持ち、複雑な成形も可能にする。
北嶋さんは「うちの製品は他社より高価と言われるが、それは職人の手仕事に絶対の自信を持っているから。技術の安売りは絶対にしません」と言い切る。確かな技術に裏打ちされた町工場のプライドが、そこにはあった。
取材・文=保手濱 奈美
撮影=大久保 惠造