休眠預金の社会的活用で実現する「未来」
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2016年12月、休眠預金活用法が成立した。休眠預金の活用促進は、世間一般で誤解されているように、預金者のお金が「取り上げられる」ことを意味するものではない。必ず払い戻し希望者には払い戻すことを確約した上で、払い戻し請求がない休眠預金を社会的に活用しようということである。つまり1000兆円を超える財政赤字を抱え、少子高齢化などに直面する「社会課題先進国」である日本を、休眠預金を活用して「社会課題『解決』先進国」に転換させる取り組みを促進させる法律なのである。
休眠預金法とは
休眠預金とは、預金者が名乗りを上げないまま、10年以上放置された預金などのことで毎年新たに1000億円程度発生している。この預金は休眠預金になった後でも払い戻し請求にあった場合には応じることになっており、その後400~500億円程度が払戻しされている。同法では、この払い戻しの請求権はそのまま預金者に残しつつ、払い戻しされない部分に相当する金額を社会課題の解決に活かそうということである。
こうして残った休眠預金は、民間公益活動を対象として活用されることになる。ここでいう公益活動とは、人口の減少や高齢化社会の進展など経済社会情勢の急速な変化が見込まれる中で、国や地方自治体の対応困難な社会的な諸問題の解決を図ることを目的として活動する民間団体が行う活動だ。具体的に言うと、主に以下の3つの支援活動が上げられる。
①子どもや若者の支援
②日常生活を営む上で困難を有する者の支援
③地域活性化の支援
また、上記以外にも内閣府が政令で定める分野についても対象とすることができる。一見支援分野が限定的に見えるかもしれないが、③の「地域活性化」には、かなり広範囲な支援活動が含まれている。
ソーシャル・イノベーションを生み出す原資
同法の趣旨として、以下のような点が明記されている点が重要である。
- 民間公益活動の自立した担い手の育成および民間公益活動に関わる資金を調達することができる環境の整備を促進する。
- 預金者の預金などを原資とするものであることに留意し、多様な意見が適切に反映されるように配慮するとともに、その活用の透明性の確保を図る。
- 大都市その他特定の地域に集中することのないよう配慮する。
- 複数年度にわたる民間の公益活動に対する助成、社会の諸課題を解決するための革新的な手法の開発を促進するための成果に関わる目標に着目した助成など、その他の効果的な活用の方法を選択することにより、民間の団体の創意と工夫が十分に発揮されるように配慮する。
同法には、この資金を単なる補助金のように活用してはならないという思いが込められている。「複数年度」「革新的な手法の開発」「成果に係る目標に着目」といった表現の中に、単なるバラマキにせず、新たな発想で社会問題をイノベーティブに解決しようとする主体を資金面で支援し、かつ、この資金に依存する関係ではなく、この資金をテコにさらに民間資金による課題解決を促進していってほしいという意思が感じられる。
この休眠預金を活かす仕組みは、以下の図のような流れになる。
まず、10年たって新たに休眠預金になった預金を、いったん預金保険機構に移管する。その上で、民間で設立した財団を「指定」して、その指定活用団体に対して資金を交付する。指定活用団体の運営方針は別途内閣総理大臣が基本計画を指示する形になる。指定活用団体は、公募により全国各地の地域のコミュニティ財団の助成・融資事業の実績のある団体を複数選定する。資金分配団体は、現場で活動するNPOなどのプロジェクトに対して助成・貸付・出資を行い支援するという仕組みである。
一見複雑に見えるかもしれないが、この仕組みがイノベーションを生み出し、かつきめの細かいモニタリングを行う上で必要不可欠なものである。
この仕組みにおいて重要なポイントが2点ある。
第一は、「指定活用団体」が全国のプロジェクトに直接資金を提供するのではなく、地域に根差して助成を行っている既存のコミュニティ財団の資金仲介機能を有効活用しようとしている点である。このことにより、以下の3つの利点がある。
①実績と経験を踏まえてより地域の実情に合わせた支援先の選定ができ、かつ、実態のない団体への支援が起こらないようにする
②資金だけではなく、地域や特定テーマの中での企業や大学など様々な関係者を巻き込んだ事業の形成を促進する可能性が生まれる
③モニタリングや評価、成果が出るための技術的サポートなども、文字通り「近い」距離で行うことができる
第二は、指定活用団体が資金分配団体を監督することで二重のチェック・アンド・バランスの機能が生まれる点も重要である。資金分配団体は、適切なマネジメントを行わないと二度と指定活用団体の支援を受けることができない。そうした緊張感を相互に持つことが大切である。
休眠預金の先に実現する「未来」
この休眠預金活用法は2017年の制定を受けて、施行は1年半後、実際の事業に資金を提供するのは19年の秋冬頃と想定をされている。休眠預金を活用して日本の未来を切り開いていく上で、今後2年間しっかりとした詳細設計を行っていく必要がある。
詳細は内閣府に審議会が設置されて検討されるが、それに先駆けて、17年2月には民間主導で休眠預金活用の未来構想を考えるプラットフォームが各層の幅広い関係者の参画で立ち上がり、今後、オープンにこの構想を検討するとともに、透明性が高く適切な管理の方法や事業の成果評価などについて検討が進められる。
未来構想を考える上で、主に以下の3点が重要なポイントとなる。
①イノベーティブな社会課題の解決策を全国に広げる
休眠預金の活用を通じて、革新的な課題解決策に資金が流れ、その成果検証をしっかり行い、効果的な取り組みはできるだけ全国化・スケール化させていく。そのための事業の目利き、成果が出るサポートの強化、成果評価の方法なども重要になってくる。
②民間資金の拠出を促すことで、さらに民間資金を社会的な課題解決の資金に流入させる
この休眠預金に依存する団体が出てくるのは本末転倒である。この資金を活かして、事業も自主財源も成長させることができることや、地域のコミュニティ財団や全国区の資金仲介をしている財団などの機能を進化させ、遺贈寄付や民間企業の社会貢献などを地域やテーマごとに支援する社会的機能を飛躍的に伸ばすことが重要である。
③透明性の高い管理と説明責任
休眠預金を活用する団体の運営にあたって、利益相反や不適切な活用が起こらないような運営管理が必要である。しかし補助金のように、柔軟に新しい発想を取り入れられない、がちがちの運用になってしまっては意味がない。不適切な利用は徹底的に防ぎつつ、そのバランスを取りながらどう実現するのかが知恵の絞りどころである。
日本初の社会変革モデルの創出にむけて
先行事例の韓国の休眠預金の活用状況について訪問調査を何度かする中で、韓国の休眠預金活用財団の事務総長からは、「社会課題の解決策は状況や時とともに進化し、変化するものだ。法律で細かいところまでがちがちに固めると、必ず状況に合わなくなってしまう。韓国の経験からお伝えしたい点を一つ上げるとすれば、法律に細かく書きすぎるのではなく、状況に応じて進化できる余地を残すことだ」ということを何度も言われた。
こうした意見を踏まえ、日本の休眠預金の活用法は、以下の点で英国や韓国の成功体験も失敗体験も反映された日本独自の進化モデルになっている。
第一に、いったん成立すると修正が困難な法律ですべてを細かく規定するのではなく、審議会を設置し、その提案や毎年の状況を見ながら、内閣総理大臣が毎年基本方針を示すことで、実際の活用を進めるようになっている点。
第二に、助成、貸付、出資の全てを扱えるようになっている点。
第三に、指定活用団体としてこれまでのような法律に基づく官主導の独立行政法人を新設するのではなく、民間主導で設立される財団を「指定」するという形をとっている点だ。
休眠預金の活用は、まだ第一歩を踏み出したばかり。日本の英知を結集し、休眠預金をテコにして日本型のソーシャル・イノベーションを生み出すことで、これから少子高齢化を迎えるアジアをはじめとする世界諸国にとっても参考になる社会モデルを創出していくことが期待される。
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