「ネット右翼」の台頭と日本“右傾化” の真実

政治・外交 社会

最近の日本社会では、嫌韓・嫌中の「ネット右翼」が存在感を増し、ヘイトスピーチの広がりも懸念されている。「ネット右翼」とは実際どんな人たちで、今後さらに勢力を伸ばすのか。その実像に迫る。

「ネット右翼=貧困層」は根拠なし

日本における「ネット右翼」(批判の文脈で「ネトウヨ」、肯定の文脈で「ネット保守」と言い換える場合もある)とは、ネット空間に自閉した中で右派的言説を好むユーザーのことを指し、第一に「嫌韓」、そして「嫌中」「反既成の大手マスメディア(但し産経新聞を除く)」「反東京裁判史観」を強く志向する。これは後述する「保守層」と現在においてかなり重複しており、そして「ネット右翼」と「保守層」は互換関係にある。

2013年初頭に私が独自に行なった調査によると、「ネット右翼」の平均年齢は40歳前後の中年層であり、その75%が男性で、特に東京都・神奈川県など首都圏の大都市部に居住する、平均年収でいえば同世代の中央値よりもやや高い、四年制大学卒が寡占的な集団であった(調査の詳細は拙著『ネット右翼の逆襲』参照)。

ゼロ年代初頭から、「ネット右翼」をフランスの国民戦線など欧州の極右になぞらえて、「移民に職を奪われた低所得層や若者の鬱積した不満が、排外的傾向となったもので、日本におけるネット右翼もそれらをトレースしたものである」という「ネット右翼=貧困層史観」が急速に台頭した。これらは現在でも小林よしのり氏らが採用している世界観だが、実際にはなんら根拠の無いものである。

実際には「ネット右翼」は、既に述べたように大都市部(とりわけ首都圏)に居住する中産階級の中年層であり、日本におけるその総人口はおおよそ200万人前後から、最大でも250万人程度である、と推定される。これは2014年春の東京都知事選挙における田母神俊雄氏(ネット右翼層から熱狂的な支持があった)の得票約60万票から推計したもので、同じく同年12月の衆院選挙における「次世代の党」(田母神氏を公認し、ネット右翼から猛烈な支持を集めた)の比例代表得票総数約142万票から導き出した数字である。これは概ね「ネット右翼」層の輪郭をあぶり出すのに正確な数字であろう(この選挙における同党の獲得議席は2議席であった)。

「ネット右翼」出現は2002年日韓W杯がきっかけ

この「ネット右翼」の歴史的な始祖をたどると、2002年に行き着く。同年、FIFAワールドカップ日韓大会が開催された。W杯熱が列島を覆う中、既存の大手メディアの躁的な報道の過熱ぶりと、韓国チームによるラフプレーの黙殺(と彼らには映った)への不満感が、その噴出口として終着したのが当時のネット空間である。

既存の大手メディアがW杯と韓国チームへの批判的報道を黙殺する中で、ネット空間だけはそういった「統制」の外にある自由空間である、と彼らには映った。「ネット右翼」が既存の大手メディアへの強烈な不信感をいだき、それが特に韓国に対する報道のそれであったことが、その後の「嫌韓」という「ネット右翼」の属性を決定づけることになった。つまり日韓W杯を原初として、既存の大手メディアが韓国に対し、融和的な姿勢を崩さないことに怒りを覚えた少なからぬユーザーが、その不満のはけ口を求めたのがネット空間であり、「ネット右翼」はこの時から出発する。

後年、2012年に「嫌韓」を掲げて集まったネットデモ参加者(のべ1万人)たちが、韓国大使館に向かわず民放大手のフジテレビジョンへとその怒りの矛先を向け、東京・お台場に集合したのは、この象徴的事例であろう。

従って「ネット右翼」が欧州の排外主義者とは違って、経済的な圧迫への不満から発生した貧困層という「ネット右翼=貧困層史観」は誤りであり、彼らは日本国内における既存の大手メディアが持つ、躁的な雰囲気と韓国に対する融和姿勢に強い義憤を抱く、比較的インターネット・リテラシーの高い中産階級なのである。つまり欧州のそれと違い、「ネット右翼」には貧困性はない。

政治的主張を代弁する国政政党を持たないジレンマ

このような歴史的経緯から出発した「ネット右翼」は、当然、ネット空間に自閉した存在であったので彼らの政治的主張を代弁する国政政党を保有できないでいた。日本にはネット右翼と相似的なリベラル勢力も存在するが、彼らは共産党(比例得票約600万)、社民党(比例得票約130万)―いずれも2014年衆院選―という国政政党を戦後伝統的に有していた。つまり、ネット空間において右派的ユーザーが優勢なのは、伝統的に彼らの声を代弁する国政政党が存在しなかったという根強いフラストレーションの鬱積にも起因しよう。

よって政治的主張を代弁する国政政党を持たない彼らは、伝統的に自民党のタカ派路線を採る議員個人(小泉純一郎、安倍晋三、麻生太郎)らを個別に支持する傾向が強かったが、2014年の衆院選挙に彼らの声をまるごと代弁する「次世代の党」が誕生したことにより、「非自民右派」としての「ネット右翼」の全体像が、先に触れたように総得票数であぶりだされたのである。

2014年春の都知事選挙で「ネット右翼」が支持したのは、自民党が公認した舛添要一ではなく非自民の田母神であり、同年の総選挙の「次世代の党」は当然非自民の野党であった理由は、このような「政治的主張を代弁する国政政党を持たなかった」という「ネット右翼」のジレンマが色濃く反映したものになっている。

ネット右翼に特徴的な「マトリックス史観」

大都市部に住む中産階級の人々がなぜネット空間に自閉した「嫌韓」や「反既成のマスメディア」の虜になるのか、という疑問に対する回答は、映画『マトリックス』(ウォシャウスキー姉弟監督・1999年)を想起すればわかりやすい。この映画はある大企業に務める中産階級のIT技術者ネオが、とあるきっかけで「真実の世界」に覚醒し、世界を支配するコンピューター知性体と戦うというSF映画だ。

「ネット右翼」は「(愛国や嫌韓に)覚醒した」という表現を多用する。つまり、巨大な権力体(既成のマスメディア)が、重要な真実を遮蔽(しゃへい)していて、ネット空間にのみ隠された真実が存在している、という『マトリックス』の世界観を忠実にトレースしている。

日本の公教育における歴史授業は、残念ながら満足のいくものではない。特に、近現代史の記述や情報量は希薄である。自国の近現代史の基礎教養を備えずとも、大学入学(=卒業)が可能な日本の受験制度の中にあっては、近現代史のリテラシーは充分に育まれない。

「ネット右翼」が重視する「嫌韓」や「アンチ東京裁判史観」は、実のところこのような「日本の公教育の欠陥」の隙を突いて、ネット上で量産された粗悪な言説から歴史観が培養される土台となっている。殊に先の大戦に関する教育は極めて希薄だ。日本の公教育は、歴史論争を避けるためにあえて先の大戦前後の時間軸を素通りしてきた。知的に怠惰なある種の中産階級が、「原爆投下」は知っていても、満州事変や北支分離工作、南方作戦、終戦直後のGHQの統治時代などに関してはほとんどゼロベースで無知である。ネット右翼が重視する右派の歴史認識とは、このように公教育から「欠損」した近現代の日本史の間隙を突いたものが殆どだ。

つまり、自国の近現代史に疎いある種の中産階級において、後年、自らの歴史教養の不備をネットの粗悪な陰謀論や排外主義で補強したことが、「ネット右翼」の持つ世界観の根底を形成している。これに接触することを、彼らは「覚醒」と呼び、まるで『マトリックス』のネオに重ねあわせている。

「保守」と「ネット右翼」の溶融

ではこの「ネット上の粗悪な言説」はどこから生まれるのかといえば、それは既存の「保守層」からの漏出である。02年の日韓W杯を始祖としてスタートした「ネット右翼」に対し、「保守」の歴史はずっと古く、高度成長黎明期に確立した全国紙の産経新聞、70年代からスタートした月間論壇誌『正論』の二者を有する貴族趣味(サロン)的な空間の中に自閉した存在であった(産経・正論路線)。

そこで展開されるのは、YP(ヤルタ=ポツダム)体制打破を訴える「反東京裁判史観」のイデオロギー的なもの(前述したような、ネット右翼が公教育で授かっていない近現代における極めて右派的な歴史観)であったが、ゼロ年代中盤(2004年)に、独立系の右派放送局「日本文化チャンネル桜」が、スカパーのみならず、ユーチューブやニコニコ動画といった、「ネット右翼」に極めて接触性の高い媒体に、自らの保守的言説を組織的に転写させ始めたことにそれは起因する。

冒頭で「ネット右翼」と「保守」が互換関係にある、といったのはこの事実を指す。つまり、戦後伝統的に紙媒体の中に自閉してきた「保守」の言説が、「日本文化チャンネル桜」によってブリッジされ、ネット空間に漏出したのだ。

しかし、その過程において紙媒体ではなく動画で紹介される保守的イデオロギーは時として陰謀論的に歪み、また元来、読書リテラシーを持たないある種の中産階級側の受け手の能力という問題もあり、「ネット右翼」を構成する理論的支柱は劣化し、その劣性を是正する暇もないまま、現在この二者は溶融して合体している。よってその歴史的経緯は違うが「ネット右翼」と「保守」はもはや一体化して、時として「嫌韓・中」や排外主義的傾向をむき出しにしている。

「ネット右翼」は衰退に向かう

このような「ネット右翼」は、第二次安倍晋三政権下にあって衰退の方向に向かっている。2014年11月から法務省がヘイトスピーチ撲滅啓発運動を開始し、同年12月には「行動する保守」と目される、「ネット右翼」の中でも最右翼の集団(在特会=在日特権を許さない市民の会)に対し、巨額の賠償命令が確定するなど、行政も裁判所も彼らに対し至極冷淡な態度をとり始めている。

国際的にヘイトスピーチが違法化、重罰化されるなかで、「積極的平和主義」を掲げる安倍政権にとって、日本の国威を傷つけかねない「ネット右翼」の跋扈(ばっこ)には、抑制の姿勢でもって望まざるを得ない状況が続いている。

そんな中、「ネット右翼」の政治的主張を唯一代弁していた「次世代の党」は、2015年10月に衆院での議席を完全に喪失(自民党に復党)し、参院のみの勢力となり実質的党勢は「解党」に近い状態になった。このような情勢を鑑みると、「ネット右翼」の趨勢は決して明るくはなく、ネット空間に自閉しない「常識的で温和な」日本の保守層が、彼らに替わる形で徐々に勃興すると推測されるのである。よって日本社会の「右傾化」(「ネット右翼」が伸長するという意味において)は、将来にわたって永い黄昏が続き、懸念のレベルには程遠いのである。

(2016年11月17日 記)

タイトル写真=大久保通りで在日外国人排外を叫ぶデモ参加者(2013年4月21日東京都新宿区/時事通信フォト)

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