日本のウェブメディア「ステルスマーケティング」事情
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ますますウェブ広告が敬遠される時代
ユーザーは広告が嫌いだ。
15年2月。私がCINRA.netというウェブメディアのステルスマーケティングを指摘したら、その会社は自社ブログで「ステマの何が悪い」と一度は開き直ったあと、さすがに問題に気づいたのか、これからはやめます宣言をし、過去のステマについては修正すると話していた。そこから3カ月ほど経って、少しは良くなっているのかなと見物にいったらタレントのインタビューの途中に突然出てくる「サントリー『伊右衛門 特茶』」はいまなお「PR」とも付記されず、今日も元気に掲載されている。(水道橋博士インタビュー 家庭を持つと芸人は駄目になる?、魚拓)
どう読んでも水道橋博士のインタビューとペットお茶関係ないだろ。いい加減にしろ。と思ったら広告なんですよね。騙された。
で、オプト社がアンケート調査をしたオンライン広告に対するユーザーの態度調査を見ると、その調査手法にやや難はありつつも、傾向としてはっきりとした『広告嫌い』を示す内容となっている。
オプトとグルーバー、「スマートデバイス時代の情報・広告意識調査」を実施① ~スマートデバイスによる情報行動と変化が求められる広告・メディア ~
「広告は有用だからどんどん掲載して欲しい」と考えるユーザーは2割でしかなく、「広告は邪魔なので非表示にしたい」と思う人は8割に迫る。折りしも、アップルが新しいOSで広告非表示・ブロックの機能を標準搭載すると発表し、実際に試したユーザーがその快適さに驚くコメントを多数ウェブに掲載しているほど、ユーザーはインターネット広告への価値や期待をもたなくなってしまった。
パソコンからインターネットを見るのが一般的だった時代に比べ、いまやそのパソコンを凌駕する割合でスマートフォン経由のネット閲覧が増えた。手軽でいつでもみられるスマホでウェブを見る限り、その片手で収まる手軽さゆえの狭い画面に広告が貼られたときのうっとおしさといったら無い。
あの手この手の末にたどり着いたステマ
それでも、インターネットには広告が必要だ。広告収入無しには無料ウェブサービスは成り立たないのに、掻き集めたユーザーは広告の表示を嫌う。このジレンマが、広告をコンテンツの中へ入り込ませる拭い難い誘惑をもたらす。
その解決策のひとつが、記事広告だ。他にもいろいろな呼び方はあるが、ネイティブアド、タイアップ、ペイドパブ、広告企画など、さまざまな名称でウェブメディアやウェブサービス上に広告が記事やサービスの体裁で入り込んでいる。しかし、往々にしてこれらの記事において、それがスポンサーから資金を提供され広告費の範囲に基づいて掲載されているにもかかわらず、「広告」「PR」という文字を打たずに展開される。これを、狭義のステルスマーケティング(ステマ)と呼ぶ。
そして、ステマでの記事展開は広告効果も収益性もがとても高い。理由は簡単で、ユーザーはそれが広告であると明示されなければ、普通に配信された記事であると思って読んでしまうからである。その媒体が信頼できるものだとユーザーから思われていればいるほど、その中立を装ったステマ記事で褒めちぎられた商品やサービス、企業、ブランドに好意的な意識を持つのは当たり前だ。ステマを手配した経験のある広告代理店の資料では、支払うコスト比で見て平均140%増、つまり2.4倍の広告効果があったと報告している。これは、クライアント企業のキャンペーンページへの来訪者数や、Twitterでの言及数や、FACEBOOKでの「いいね!」の数など、具体的に重要な数値(KPI)にどれだけ貢献したかを計測した結果、ステマには充分な成果を得られると知ってやめられなくなった。
問題ではあるが規制はない
日本でのステマは、レストランなどの口コミサイト「食べログ」で、業者によるやらせ書き込みが増えて問題となり、12年5月に消費者庁通達が出た。元・消費者庁消費者制度課政策企画専門官で弁護士の板倉陽一郎さんは「日本では、消費者の公平性を損ねる行為を直接規制する法律はなく、消費者庁が所管している景品表示法、公正取引委員会が所管する独占禁止法は、いずれも当たらずとも遠からず。個別の業界向けの法律のうち、表示に関する規制を含むものとして医薬品医療機器等法(旧薬事法)、金融商品取引法などがあるが消費者の公平性という観点は見られない。総じて、法整備はされていないに等しい」と実情を説明する。デジタル広告の分野は、いまや新聞やテレビの広告市場を抜くかどうかという規模にまで成長したにもかかわらず、ようやく先日改名したJIAA(日本インタラクティブ広告協会)が諸般議論を経て15年3月にガイドラインが策定されたという、古いようで新しい分野がデジタル広告と法規制の世界なのだ。
日本の景品表示法では、消費者に優良誤認をもたらす不当表示が行われる場合には違反していると見られるため、クライアントが記事執筆に広告費を提供する場合は『記事との関係性を明示』する必要があり、本来は読者の見えるところに「広告」「PR」の文言を入れなければならない、と解されることになる。
ゲーム動画配信で成長したゲームアプリ紹介メディアのAppBankでは、ゲームメーカーとのタイアップや広告記事配信で「ステマは行わない」と宣言していたにも関わらず消費者の信頼を欺くような広告クレジット外しを行っていたことが15年9月、明るみに出た。手口も巧妙で、実際にお金が払われている広告動画にはスポンサードであることを示す「提供」の記載はあるが、動画広告を観せるために自社メディアを読むユーザーを流し込み動員させる記事を掲載しているのに、そこには「PR」とも「広告」とも記載されていない。広告動画を観せるために自社記事で宣伝して動画を観せる仕組みである以上、動画だけが広告ではなく、自社記事も一体となった広告と考えるのは当然だ。子供たちに人気のゲーム実況YouTuberが、実際には単なるステマ稼業だとみられても仕方が無い。
「ヤフーニュース掲載保証60万円」
ステマやノンクレ記事の営業を担うのが、戦略PR会社たちだ。戦略PR会社の大手、上場企業のベクトルが発行した2015年度決算説明資料では「記事タイアップ・ノンクレペイド」とサービス品目に堂々と記載。社内資料には110社250サイト以上のウェブメディア一覧と共にどの会社が幾らで広告クレジットの入らない広告記事を書いてくれるのか、またもっとも広告効果の高いヤフージャパンの『ヤフーニュース』に掲載保証の場合は一本あたりの単価が各々60万円だなどと明記されている。ヤフーニュースへの掲載保証こそ、要だ。大量のヤフーニュース読者向けに配信されたステマ記事に騙されるおびただしい数の顧客が、クライアントの開設するキャンペーンページへの来訪者数を大きく押し上げる。ウェブニュース世界のスーパーパワーであるヤフーニュースに掲載されることが、クライアントからの要望のKPIを達成する重要な足がかりであり、戦略PR会社がステマを手がける大きな理由となっている。
ヤフージャパンは各ウェブメディアとの契約において、クライアントから資金が払われた広告記事を配信することは違反であり、これらの問題行為を行うウェブメディアは契約を解除する旨の宣言を行っている。実際にステマが発覚したメディアについては、当該記事を削除したり、契約を解除し始めた。さすがにメディア側もステマの危険に気づいて手を引くところが出てきたが、最近はリスクに見合ったステマ単価値上げが行われている。
ステマの発注元は、飲料メーカーから自動車会社、製薬会社、オンラインサービス大手など、ナショナルクライアントと呼ばれる大口の広告主も多い。極端なケースでは、20億円以上のデジタル広告予算でオンラインキャンペーンを発注しておきながら、著名タレントを起用し大手経済サイトや動画サイトなどとタイアップして資金を投下した施策はクライアントの求める目標の2割にも届かず、残りの8割をすべてステマ記事配信に突っ込んで無理矢理達成した事例が報告書により判明している。
奇妙なことに、どこの戦略PR会社の発注金額を見ても、一番重要なヤフーニュース掲載保証の価格は60万円と一緒で横並びになっている。各ウェブメディアには5万円から25万円程度の価格が設定され、さらに記事を執筆するライターには5000円から2万5000円が支払われるゼネコンのような構造だ。ウェブにおけるステマの実情は闇が深い。
ステマを生む日本のウェブニュースの構造問題
ステマが日本で横行する理由は「ネットニュース配信でヤフーニュースが独占的な強さをいまなお持っていること」と「優良な記事を配信する新聞社・通信社のコンテンツの買い叩き」、そして適切な法制やガイドラインが充実しておらずやった者勝ちとなる悪しき市場慣習と環境にある。無料でユーザーに良質な記事を見せ、その記事を見に来たユーザーが増えるほど、そのページに貼られた広告で売上が上がるビジネスモデルがポータルサイトなのだから、仕入れる記事は安ければ安いほうが利益率が上がるのは当然だ。だが、デジタル向けに安く記事を売ることを強いられる日本の新聞社は、紙に印刷した新聞からデジタルへユーザーが移動するほどに、売上の低迷に苦しんで報道のために必要な人件費を捻出できなくなっていく。したがって、安い値段でもコンテンツを配信できる二束三文の記事が量産され、ネットでは無料でも読まないような煽り記事ばかりが増えていくことになるのだ。そのような倫理観の無い世界で、バレさえしなければ収益性が高いステマが横行するのも当然といえよう。そして、それをカバーする法律も無い。
ステマに騙されない情報リテラシーを読者に持ってもらわないと駄目だ、と解説するのはたやすい。しかし、ステマを調べている私自身が、見返すと何度も騙されて面白くもないゲームアプリをダウンロードしていたり、すぐに飽きられ効果のないオンライン教育のサービスを息子のために契約していたりする。どんなに感性を磨いても、騙されるなというほうが無理なのがステマの世界だ。
結局、このような大掛かりな欺瞞的取引を告発するには、共通した利害関係者の強固な鎖を解きほぐし、真実に光を当てる仕組みがどうしても必要なのかもしれない。
カバー写真=モバイルの普及でユーザーは、ますます広告を敬遠。