迷走する中国経済の行方—資産バブル崩壊の悪夢

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柯 隆 【Profile】

失速する中国経済への懸念が高まる中、中国政府は人民元切り下げに踏み切った。しかし国有セクターの改革などの本質的な構造改革が進まない中国経済の行く末には暗雲が立ち込める。

ついに「資産バブル崩壊」へ

中国では、政治改革と国有セクターの改革が遅れているため、マーケットはその影響を受けて右往左往している。1年前までは、不動産価格が高騰したバブルだった。25年前の日本の轍(てつ)を踏まないために、中国政府は不動産投資のコントロールに乗り出した。行き場が失われた流動性(資金)は株式市場に流れ、株価の急騰をもたらした。中国政府にとって株価の高騰は都合の悪い話ではない。なによりも、隣国の日本では、アベノミクスで異次元の金融緩和を実施し、株価を上昇させ、「失われた20年」という景気の負のスパイラルを脱出できた。株高の資産効果は中国政府に大いなるヒントを与えたはずである。

しかし、金融緩和だけで株価を一時的に上げることはできるが、実体経済の改善がなければ、株価はいずれ下落してしまう。その悪夢をみたのは、今年の6月に入ってからだった。上海株価総合指数が5100ポイントを超えたところで、急落した。アベノミクスは株価を高位に維持しようとして第二、第三の矢(成長戦略)を放ち、実体経済の改善に取り組んでいる。それに対して、李克強首相は2年半前に首相に就任した当時に公約した構造転換が遅々として進んでいない。

中国経済のファンダメンタルズを考察すれば、景気が減速し、上場企業の業績も改善されていない中、株価の急落は当たり前のことといえる。国際通貨基金(IMF)の幹部は中国の資産バブルが崩壊したと明言している。

大量の不良債権が生じているとの指摘も

今の中国経済は1990年代初期の日本経済によく似ている。資産バブルの崩壊とともに、景気も減速している。一つ異なる点は、今の中国の経済成長率(実質GDP伸び率)は公式統計では7%成長が続いているといわれていることだ(下表参照)。この7%成長の信憑性に問題があり、多くの研究者は実際の成長率が5%前後ではないかとみている。百歩譲って、成長率が確かに7%であっても、問題が残る。すなわち、今まで、8%成長以上続いていたものが7%に減速しているのだ。

中国経済主要指標(2009~2015年1-6月)

(単位:前年比、%)

2010 2011 2012 2013 2014 2015.1-6
実質GDP成長率 10.3 9.2 7.8 7.7 7.4 7.0
李克強指数 15.0 12.1 7.7 9.1 4.9 2.9
固定資本形成 23.8 23.6 20.6 19.6 15.7 11.4
不動産投資 33.2 27.9 16.2 19.8 10.5 5.7
小売総額 18.4 17.1 14.3 13.1 12.0 10.5
輸出 31.3 20.3 7.9 7.9 6.1 0.9
輸入 38.7 24.9 4.3 7.3 0.4 -15.5
消費者物価上昇率 3.3 5.4 2.6 2.6 2.0 1.3
都市部失業率 4.3 4.1 4.1 5.0 5.1 5.1

(注)①都市部住民の実質収入は一人当たり可処分所得、農村住民の収入は一人当たり純収入である。②都市部失業率は、2012年までは、登録失業率であるのに対して、13年以降は調査ベースの失業率である。③李克強指数=(鉄道貨物輸送量伸び率×25%)+(電力消費量伸び率×40%)+(銀行融資残高伸び率×35%)④都市部失業率は、各年の%
(資料)中国国家統計局、中国商務部、中国人民銀行、中国人力資源社会保障部

多くの企業は、8%以上の成長を前提に、投資プランと資金調達プランを立ててビジネスを展開してきた。しかし、景気が急に減速して、多くの企業にとって資金返済が難しくなっている。確かな統計がまだ公表されていないが、多くの研究者は、中国の国有銀行に大量の不良債権が現れていると指摘している。仮に、経済成長率が2-3%から7%に上昇していれば、企業の経営は飛躍的に楽になる。したがって、7%成長という絶対値が問題ではなく、景気変動のトレンドが問題なのである。

中国政府は7%程度の成長を「新常態」(ニューノーマル)と定義して、それを受け入れる姿勢を示している。しかし、本心はそれ以上の成長を実現しようとしているはずである。なによりも、経済成長は共産党の正統性を立証する唯一の証左だからである。だからこそ中国政府はなりふり構わず急落する株価を力づくで押し上げた。

国有セクターの改革も停滞

トータルしてみれば、中国経済は歴史的なターニングポイントに差し掛かっているといえる。世界第二の規模にまで発展している中国経済はこれまでの、もっぱら資源や労働力を投入する「要素投入型」の経済モデルを続けることができない。そして、輸出に依存する「外向型発展モデル」も限界に来ている。20年前から中国の指導者は内需依存の経済に転換すると明言した。これは正しい認識である。残念ながら、こうした構造転換は未だに実現していない。

もう一つのネックは国有セクター改革の遅れである。中国経済にとって肥大化している国有セクターは経済成長を妨げる障害になっている。国有セクターの何が問題なのだろうか。まず、国有企業は主要産業を独占しているため、独占利益を享受している結果、イノベーションに取り組む姿勢が弱い。そして、国有企業はもっぱら規模の拡大を追求するため、マクロ経済の非効率性をもたらしている。さらに、国有銀行は国有企業に巨額の流動性を供給しているため、毎年一定割合の融資が不良債権になっている。

国有セクターの弊害は明々白々だが、中国政府は本気で国有銀行と国有企業の改革に取り組まない。なぜならば、中国政府にとり国有セクターは第二の国家財政のような存在であり、巨額の流動性を供給してくれる都合のいい存在であるからだ。

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東京財団政策研究所・主席研究員。1963年中国南京市生まれ、86年南京金陵科技大学日本語学科卒業、88年来日。 92年愛知大学法経学部卒業 。94年名古屋大学大学院経済学修士 。長銀総合研究所国際調査部研究員、富士通総研経済研究所主任研究員を経て現職。財務省外国為替審議会委員(2000~09年)、財務政策総合研究所中国研究会委員(2001~02年)。主著に『暴走する中国経済 』(ビジネス社、2014年)、『中国が普通の大国になる日』(日本実業出版社、2012年)など。

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