気候変動対策への日本の取り組み

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パリでの気候変動条約締約国会議(COP21)の12月開催を前に、日本の温室効果ガス削減目標が決定した。今回目標の具体的な内容と特徴、その背景にある日本固有の社会事情などを、環境政策のエキスパートが解説する。

2030年時点で13年比26%減:日本の削減目標決まる

国際社会は、気候変動対策の一層のステップアップに向けた交渉の最中にある。日本も7月17日、温室効果ガスの排出量を2030年時点で13年比26.0%減とする削減目標案(公式には約束草案と呼ばれる)を正式決定し、国連の気候変動枠組み条約事務局に提出した。各国からの提案を受けた上で、今年12月には同条約の第21回締約国会議(COP21)がパリで開かれ、2020年以降に全世界が進めるべき対策について、新たなルールが決められると目されている。

日本が今回決定した削減目標案の内容を見よう。これは、EUが基準年としている1990年比では18%削減、米国などの準拠する2005年比では25.4%削減となる。日本が比較の基準とした2013年は、東日本大震災の発生で原子力発電所の稼働が停止し、国内の温室効果ガス排出量がほぼ過去最高に達した年にあたる。また、今回の目標は国内での削減と吸収増加によって実現するものとされ、かつての京都議定書目標達成計画で国外削減を多量に見積もっていたこととは大きく異なっている。

この目標の評価を考えてみよう。90年比18%程度の削減では、EUの提唱する90年比40%削減に比べ見劣りするし、05年度比で25%強の削減を30年度に行うのでは、米国の目標(05年比で26~28%の削減を日本より5年間早い25年に行う)に比べても見劣りしよう。もっとも国内の排出量だけで見ると、京都議定書目標期間では90年度比1.4%の増加で国際義務を果たした(図1参照)のに比べ、19%ポイント以上のネットの削減なので、「ようやく日本も二酸化炭素(CO2)のピークアウト(削減)を決めた」と評価することもできよう。

京都議定書後、“つなぎの措置”には不参加

このような提案に至る間、日本国内ではどのような議論があったのだろうか。

日本は、京都議定書の第一約束期間が終わる2012年以降は「新興国も含めて地球温暖化防止の義務を果たすことになるような国際約束が必要」と主張していた。しかし、このような約束に向けた国際交渉は遅々として進まず、2010年末に日本は、当時、欧州諸国が2020年までのつなぎの措置として呼び掛けていた京都議定書上の第二約束期間には不参加を表明した。

「京都議定書の下で欧州と日本のみが義務的に排出削減を行う仕組みでは、米国や中国が国際的対策へ参加することの必要性をかえって低めてしまう」という判断である。ただし、日本として「自主的に2013年以降も対策を行う」とも述べた。

このように、「日本がけん引して国際社会を良い方向に動かす」という気持ちが萎えてしまったのは、国際交渉の遅延のほか、折からの不況(ちなみに、2009年には日本はリーマンショック後の不況に苦しみ、ひさびさのマイナス成長に陥っていた。)の影響が大きかったと思われる。

震災発生で状況一変:2020年目標に強い批判

さらに追い打ちを掛けたのが2011年3月の東日本大震災だ。震災の影響で電力がひっ迫すると化石燃料、とりわけ安価な石炭火力発電への依存が高まり、「CO2の排出増加には目をつぶっても発電量を確保したい」という気持ちが政府にも産業界にも高まった。国民は、電力が不足するからといって、安全対策が抜本的に強化されないままでの原子力発電所の再稼働に強く反対し、結果的に火力発電の増加を容認した。こうして、CO2を削減する力も弱まってしまった。

このような中、枠組条約事務局から各国への要請であった2020年の目標の決定については、日本はCOP19を控える2013年に、「2005年度を基準年として3.8%削減(90年度比では逆に3.7%の増)」を目標として登録した。

内外の環境団体などからは強い批判が寄せられた。ただし、この数値は、原子力発電所の再稼働あるいは非稼働の方針が確定していないため、原子力発電によるCO2削減効果を一切見込んでいないものである。

ところが、今回決定した2030年の削減目標は、90年度比で見ると21%ポイント強もの削減積み増しになっている。相当な変化の背景には、2030年度のエネルギー需給の見通しや電源構成などについての政府の政策決定がある。

「電力価格上昇」横目に、供給サイドの削減出来ず

これによると、総発電量はおよそ1兆kWh(ちなみに、近年の年間総発電電力量はやや減少傾向で、およそ9000億kWh)であり、再生可能エネルギーについては、総発電量に対し現状のほぼ倍の22~26%分の電力を賄い、他方で、常時稼働するベース電源である原子力と石炭火力についてはその合計で46~48%を発電し、うち、原子力が福島事故以前のシェアよりも若干低い22~20%、石炭が残りの26%程度を担うこととなった。

報道によると、電力1kWh当たりの平均CO2排出係数は0.38kg程度になるという。これは京都議定書目標達成計画で想定されていた電源構成により実現される排出係数が0.34kg/kWhと言われていたことに比べると、1割程度悪い数値である。その理由は、再生可能エネルギーが伸びたものの、原子力のシェアが減り、石炭火力が京都議定書目標達成期間の頃よりもシェアを伸ばすためである。

この通りであれば、電力供給サイドの力でCO2を大幅に削減する可能性は乏しい。この背景について、「安倍首相が日本全体の景気対策の観点から、電力価格の上昇を避けるように指示したからだ」と指摘する報道もある。安全保障の議論にしても景気対策にしても、現政権は、国内を固めるのに力を入れているのである。そうした眼で見ると、大震災後、電力の価格は家庭用も工場用も20%以上高騰したことは大問題である。その引き下げを図るため、石炭や原子力が重用されることになったと想像される。

他方で、環境派からは「石炭火力の想定が大きく、他方で再生可能エネルギーの想定が低い」との批判がある。論者にもそう思われる。例えば、固定価格買い取り制度(FIT)を強いインセンティブとして設置の計画(2015年4月末時点)が進んでいる太陽光発電所が仮にすべて完成すると、今回の電源構成で見込まれる太陽光発電電力量749 億kWhを30%程度凌駕することになる。

ちなみに、FIT導入の結果、日本はここ数年で太陽光発電の新規設置量(能力ベース)が最も多い国となり、累積設置能力でも世界第3位(14年時点で2330万kW、国際エネルギー機関調べ)にまで達している。

省エネ進展には大きな期待

従来との大きな変化はむしろ、総エネルギー消費の見込みを(経済成長への期待にもかかわらず)小さく計算したことである。つまり省エネが大いに進展し、経済成長とエネルギー消費の増加との関係が弱くなっていく、という想定である。

GDP成長率に対するエネルギー消費増加率の弾性値は長らく1.0であったところ、2030年に向けては0.01を想定しているとの計算になる。ちなみに、震災後のここ数年の弾性値は、海外市場での燃料価格上昇に加えて円安による輸入品価格の上昇があって、省エネが進んだためにマイナス(経済成長しても電力消費量は減少)であるので、「このような大きな変化が中期的にも続くし、政策的にも続かせよう」というのが含意であるように思われる。

経済界では、「経済成長は成功せず、したがって省エネがそれほど進まずとも、ちょうど予想された総エネルギー消費量になるのではないか」との声もある。しかし、省エネ市場の発展が経済成長実現の鍵になってくるとも言えよう。例えば、エコビル、エコハウスや飛躍的に低燃費の自動車の普及、これらを組み合わせた都市改造などの大きな省エネビジネスのチャンスがあろう。

海外削減量は算入せず

2020年目標や京都議定書目標との違いは、もう一つある。それは今回の2030年目標は、海外削減量を算入していないことである。報道によれば、この背景には、産業界が、京都議定書時代にクリーン・ディベロップメント・メカニズム(CDM)を通じて中国などから多量の削減クレジットを義務的に購入しなければならなかったところ、このような事態の再来を避けたいと主張したからであるとされている。

今回の削減目標策定の過程から見た、日本の取り組みの特色は、以下のように整理できる。

気候変動枠組条約(1992年採択)の交渉時点から、日本国内の検討過程では際立った特色となっていたのは「経済が先にありき」の発想である。経済的な負担が受容可能な範囲の対策に留めるとの姿勢は、今回も基本的に引き継がれた。例えば、今回は、電力価格が重視され、将来の排出量削減見込みは相変わらず業界別に積み上げて計算されるなど、産業構造を積極的に環境保全型のものに変更するまでの気概は示されなかった。

こうした経済優先の姿勢には、多少の変化も見られた。それは省エネについての相当大きな期待である。省エネが結果的に日本経済の環境保全型への移行に当たっての大きな起爆力になる可能性がある。

国際社会をけん引することに向けた意欲は、京都議定書交渉の頃と比較すると減退したままである。京都議定書の経験から、産業界は国外削減が義務となることを嫌っている。しかしながら在外資産、海外投資額、技術開発力といった観点での日本の力が実際になくなってしまったわけではなく、経済的な地位と、地球環境保全のために担う役割との間にはギャップが生じている。日本がこのギャップを埋めるモチベーションに目覚めた時には事態は大きく変化する可能性がある。

環境への取り組みをてこに、日本社会の構造変化を

以上のような、比較的に客観的に見た日本国内の動きを離れ、以下では、論者の個人的な意見を述べたい。

日本には、安いエネルギーを多量に使って比較優位を得る産業は存在しない。ものづくりも知識集約型になっていき、新興国との垂直分業をしていかざるを得ない。温暖化対策とは、そのような日本の大きな方向に合致するものである。

既に日本はG7などの場で、2050年時点での温室効果ガス排出量80%削減にコミットしている。幸いにも、日本は京都議定書、という外圧への渋渋な対応を通じて、様々な環境保全的な仕掛けを社会に組み込んだ。この効果はじわじわと発揮されて、日本経済の構造変化を加速していくと思われる。

日本は単に経済や世界の成り行きにまかすのではなく、自覚的に環境への取組みやその強化を望ましい経済社会への移行の手段として活用すべきではなかろうか。言い換えれば、部分最適の積み上げで社会設計を考えることからそろそろ脱却し、大胆な全体最適を目指す手段を持つべき時期ではないだろうか。

やや細かくなるが、目標の持つ影響力を考えてみたい。京都議定書目標は日本にとっては厳しい排出削減をしなくとも達成できるものであった。このため何が起こったのか。図2のとおり、購買力平価で見たGDP当たりのCO2排出量、いわばマクロの省エネ指標は、重要な競争国に追い付かれたのである。国内での環境対策を後回しにしていては、COP21を契機に世界に広がる大環境市場に参入できなくなるおそれもある。日本は意識して、優れた環境目標を持つべきであろう。

サミット議長国としての日本の役割

国際社会は今年末のCOP21で、2020年以降に先進国も途上国もこぞって参加して進めていく気候変動対策の大枠のルールを形成することになる。しかし、その中身は、先進国だけを相手にした京都議定書の場合とは大きく異なるはずだ。

新ルールは様々に事情の異なる国々において可能な、様々に異なる種類や程度の取組みを大きく包み込むことにならざるを得ない。例えば、自主的な約束の実行状況をチェックする仕組みや、対策を強化していくための仕掛け(国際的な資金融通、先進国の自主的な取組みの評価と報償など)が約束の内容になることが見込まれる。また、このパリでの「約束」は、このように粗いがゆえに、その実施のための細目についての合意形成をその後長期にわたって進めることを余儀なくさせるものでもある。

2016年のG7サミット議長国である日本は、パリで萌芽を見せるであろう新たな国際的な仕掛け、例えば国際的な環境資金確保のメカニズムなどについて、世界の合意形成を進める役割を担うことになるだろう。COP21は巨大な外圧を産む。COP21以降には、世界の経営に再びコミットする日本の登場を期待したい。

バナー写真:気候変動に関する非公式閣僚級会合が開かれたドイツ・ベルリンで、G7首脳のお面を付けてデモ活動を繰り広げる環境活動家ら=2015年5月19日(ロイター/アフロ)

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