「水素社会」の実現がエネルギー構造を変える

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燃料電池車の市販が開始されるなど、2014年から水素エネルギー活用に向けた動きが活発になっている。水素の活用はエネルギー構造をどのように変えるのか。

水素活用をめぐる動きの活発化

2014年は、水素エネルギー活用へ向けて「山が動き始めた」年になった。6月には、経済産業省の水素・燃料電池戦略協議会が、「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を取りまとめた。11月には、東京都が2020年の東京オリンピック・パラリンピックを水素社会実現へ向けた大きなステップとする方針を打ち出し、具体的な施策と予算措置を発表した。それと相前後して、ホンダとトヨタ自動車が燃料電池自動車の市場投入を決め、岩谷産業とJX日鉱日石エネルギーが水素ステーションでの水素販売価格を公表した。水素エネルギー活用へ向けての動きが一挙に活発化したのである。

もともと日本は、水素を利用する燃料電池の実用化において、諸外国を大きくリードしてきた。2009年に東京ガスとパナソニックが家庭用燃料電池(エネファーム)を世界に先がけて市場投入した事実は、そのことを端的に示している。そして、2014年12月には、トヨタによる量産型燃料電池自動車の市販化がついに実現した。これもまた世界初の快挙であることは、広く報道されたとおりである。

水素活用 5つの意義

水素活用には、どのような意義があるのだろうか。それは、次の5点にまとめることができる。

第1は、水素が、使用時に二酸化炭素(CO2)を排出しない、地球に優しいエネルギー源だという点である。ただし、これはあくまで使用時に限ってのことであって、製造時に化石燃料を使用すれば、水素のこのメリットは損なわれる。従って、水素の環境特性がフルに発揮されるのは、再生可能エネルギーを使って水素を製造した場合だということになる。

第2は、水素を燃料電池として使う場合、電気化学反応で電気を発生させるためエネルギー効率が極めて高く、省エネの切り札となる点である。一般電気事業者(電力会社)による通常の発電の場合には、おおまかに言って、約6割のエネルギーが無駄になる。燃料電池による発電は、このエネルギーロスを大幅に解消する。また、家庭用・ビル用の定置型燃料電池は、熱と電気を併せて供給するため、この面でも省エネ効果が大きい。

第3は、燃料電池自動車や定置型燃料電池が、地震などの有事の際に緊急のエネルギー供給源となり、命と暮らしを守る武器となる点である。燃料電池の普及は防災機能を向上させることにつながる。

第4は、水素は、いろいろな方法で作ることができ、エネルギー源としてだけでなくエネルギー運搬手段としても使うことができるため、他のエネルギー源と組み合わせれば、それらの弱点を補い、メリットを引き出す役割を果たし得る点である。ある意味では、この「エネルギー構造全体を変えるポテンシャル」こそ、水素活用の最大の魅力だと言える。そのポテンシャルについては、本稿の後半において、具体的に掘り下げる。

第5は、日本にとっての意義となるが、水素利用技術に関してわが国は世界をリードしており、水素活用が進めば、日本経済全体の活性化と雇用拡大に貢献できる点である。燃料電池関連技術の国別特許出願数の点で世界トップを占めるのはわが国であり、2位以下を大きく引き離している。水素タンクの製造に関しても、日本メーカーの競争力は高い。水素利用分野は、地熱発電分野などとともに、わが国企業が競争優位を確保しているのである。

水素活用の課題 コスト、住民参加、サプライチェーン

ただし、水素活用にはいくつかの課題が残されていることも事実である。

最大の課題は、コストを切り下げることである。どんなに素晴らしいエネルギー源でもコストが高い限り、普及には至らない。コスト低減の王道は技術革新であるが、それ以外にも、①コストが低い他のエネルギー源と組み合わせて水素を使い、水素のメリットを生かすと同時に、全体としてのコストパフォーマンスを高める、②当面は相対的に低コストの副生水素(その生産過程では化石燃料を使用することが多い)を用いて水素供給インフラを整え、水素利用設備の量産効果を引き出してコストを低減させてから、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」の使用量を増大させる、などの工夫も必要であろう。

もう一つの課題は、住民が参加して水素社会をつくる仕組みを構築することである。そのためには、安全確保面や税金負担面などで住民合意が形成されるようなプロセスが求められることは言うまでもない。世界的に見ても、分散型エネルギー供給に資する水素の活用は、地域ごとに進められることが多い。地域に立脚した水素社会づくりには、住民参加が不可欠の要素なのである。

現実的な課題としては、水素に関するサプライチェーンを一斉に立ち上げることが重要である。燃料電池自動車と水素ステーションとの間柄は、「鶏が先か卵が先か」という例えで評されることが多かった。お互いに相手の普及が前提となるため、様子見となって、結果として前に進まない状況が続いたからである。しかし、最近は、両者の間柄を例えて、「花とミツバチ」という表現が使われるようになってきた。相互の共生関係を認識して、燃料電池自動車と水素ステーションとを「せーの」で同時に立ち上げようというのだ。

わが国は、燃料電池開発・利用の面では世界に先行しているが、水素インフラ整備の面では、まだまだ世界に立ち遅れている。水素に関するサプライチェーンを「せーの」で一斉に立ち上げるためには、国民的イベントが絶好のチャンスとなる。ここにきて、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを水素社会実現に向けた一大ステップとするという東京都のプランが社会的注目を集めるようになったのは、このような事情が存在するからである。

水素と他のエネルギーの結合 日本発の2つの方法

水素活用を拡大する一つのカギは、「コストが低い他のエネルギー源と組み合わせて水素を使い、水素のメリットを生かすと同時に、全体としてのコストパフォーマンスを高める」ことにある。具体的にはどのような方法があるのだろうか。

石炭と組み合わせる「CO2フリー水素チェーン」

「高いが環境特性に優れる」水素は、「安いが環境特性が劣る」石炭と組み合わせると、相互補完的な効果が発揮される。川崎重工業が事業化を目指している褐炭由来のCO2フリー水素チェーンのプロジェクトは、その具体的な事例である。

これは、豪ビクトリア州で褐炭ガス化水素製造装置を稼働させ、現地で二酸化炭素回収貯留(CCS: Carbon Capture and Storage)を行うとともに、積み荷基地から水素を専用輸送船で日本の揚げ荷基地に運搬し、わが国において水素発電、水素自動車などの形で活用しようとするものである。

CO2フリー水素チェーンのコンセプト(クリックで拡大、出典・画像提供=川崎重工業)

この水素チェーンが実現すれば、CCSの本格的実施と水素利用の活発化によって、地球環境の維持に大きく貢献することになるが、効果はそれだけにとどまらない。

オーストラリア、特に同国内のニューサウスウェールズ州やクイーンズランド州に比べて高品位炭に恵まれていないビクトリア州にとっては、褐炭ガス化水素製造装置から副生されるアンモニアや尿素を活用して化学工業や肥料製造業を振興させることができれば、低品位炭である褐炭の有効利用という念願を達成できる。

一方、日本にとっては、「二国間オフセット・クレジット方式」に近いやり方で、CCSに協力し国内で水素発電を行う事業者には、同時に最新鋭石炭火力発電所の新増設をある程度認めるシステムを導入するならば、日本経済にとって最大の脅威の一つとなっている発電用燃料コストの膨張を抑制することができる。このように褐炭由来CO2フリー水素チェーンの構築は、二重三重に有意義なプロジェクトなのである。(「二国間オフセット・クレジット方式」とは、外国への温室効果ガス排出削減技術の移転による排出削減効果を移転元と移転先の国の間で分配する仕組みである。)

運びやすく、ためやすい「SPERA水素」

水素は、石油や天然ガス、風力や太陽光と組み合わせることもできる。千代田化工建設が事業化を目指す「SPERA(スペラ)水素」プロジェクトは、その具体的な事例である。

SPERAとは、ラテン語で「希望せよ」という意味を持つ言葉だそうだが、同社は、油田・ガス田や炭鉱、大規模ウィンドファーム(集合型風力発電所)の近くに設置するプラントで生成した水素を、トルエンと反応させて運びやすいMCH(メチルシクロヘキサン、常温・常圧では液体)に変え、それを日本などに運んで脱水素プラントにかけて水素に戻し利用する(その際、脱水素プラントで水素から分離されたトルエンは、水素化プラントへ移されて再利用される)構想を推進している。

この構想のポイントは、MCH化することで「運びやすい水素」「ためやすい水素」を実現した点にあり、この「使いやすい水素」を千代田化工建設は、「SPERA水素」と名付けている。「SPERA水素」が普及すれば、水素を活用したいという人類の希望は、文字通りにかなうことになる。

千代田化工建設は、第1ステップとして、産油国・産ガス国・産炭国で生まれる副生水素をトルエンと結び付けるプラントを建設しようとしている。その場合には、油田・ガス田・炭鉱で水素改質時に発生するCO2をその場で回収・貯留すること(CCS)により、CO2排出量を大幅に削減することが可能になる。また、油田においては、回収したCO2を注入することによって、残留原油の増進回収(EOR: Enhanced Oil Recovery)を行い、石油増産につなげることもできる。

千代田化工建設が第2ステップとして目指しているのは、風力や太陽光など再生可能エネルギーで発電した電気を用いて水の電気分解を行い、そこで製造した水素を「SPERA水素」として活用することである。風力発電や太陽光発電は、ほとんどCO2を排出しない電源として、地球温暖化対策の切り札的存在であるが、送電線を新たに敷設しなければならないケースが多く、それがコスト高につながって普及を遅らせているという泣き所を持つ。これに対して、上手に仕組みを作り上げることができれば、「SPERA水素」は、送電線に代わって、エネルギーを運搬する役割を果たすことになる。「SPERA水素」は、風力発電や太陽光発電の普及を促進するのである。

「SPERA水素」のサプライチェーン(クリックで拡大、画像提供=千代田化工建設)

エネルギー構造を変えるポテンシャルが水素最大の魅力

このほか、欧州では、風力発電で生じた余剰電力を使い水の電気分解を行って水素を発生させ、それを天然ガス・パイプラインに混入して、ガスとして使用する「パワー・トゥ・ガス(power to gas)」が盛んに行われ始めている。これは、水素を活用して、送電線不足で無駄になる風力発電の余剰電力を有効利用しようという試みだ。

このように水素は、他のエネルギー源と組み合わせれば、他のエネルギー源の弱点を補い、それらのメリットを引き出す役割を果たし得る。繰り返しになるが、この「エネルギー構造全体を変えるポテンシャル」こそ、水素活用の最大の魅力なのだ。

バナー写真=東京で初めて開設された商業用水素ステーションで水素を充てんされるトヨタの燃料電池車「ミライ」(2014年12月18日、写真=時事)

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