中国漁船サンゴ密漁問題を機に日本は総合的海洋力活用を

政治・外交

この秋、小笠原諸島周辺海域に突如押し寄せた約200隻の中国のサンゴ密漁船が日本国民を驚かせた。この問題は日本の海洋安全保障にとってどのような意味を持つのか。

日本人が思いもかけない海域に現れた中国密漁船

尖閣諸島や歴史認識をめぐる日中関係の緊張が続いている最中の去る10、11両月に、緊迫度をさらに高めかねない事案が、大方の日本人が思いもかけない海域で発生した。小笠原諸島周辺を中心とする日本の排他的経済水域(EEZ: Exclusive Economic Zone)における中国漁船のサンゴ密漁・違法採取である。

日本周辺海域での中国や台湾の漁船によるサンゴ密漁事案は過去も散発的に確認されていたが、今年は急増した。海上保安庁資料によれば、今年9月中旬には17隻、10月初旬には40隻を数え、10月後半には約200隻まで急増した。以後、台風接近による数日間の中断を除き、約200隻の密漁船が小笠原海域で蝟集(いしゅう)して活動していたとみられるが、11月27日付けの報道によれば、同日までに全漁船が同海域から引き揚げたとのことである。日本国民、小笠原諸島住民にとって緊迫の1カ月半であった。この間、日本政府は海保巡視船に加え水産庁など関係機関の監視・取締船などを投入して対処したが、中国船の数の多さと現行犯逮捕の困難性もあり、中国密漁船を短期間で一掃することはできなかった。

密漁船小笠原海域進出の背景と中国政府の措置

中国ではサンゴ、特に赤サンゴが珍重され、とりわけ日本産製品への人気が集中し高値で取引されていることは、日本でも報道されている。今年1月には、2013年12月に長崎県五島列島沖でサンゴ密漁の疑いで逮捕された中国漁船船長に対し、長崎地方裁判所が「中国で採取禁止のサンゴの希少価値に目を付け、経済的利益を得ようとした」と指摘し、執行猶予の付いた懲役刑を言い渡している。本国での採取禁止と根強い人気および価格高騰を背景に、良質の赤サンゴが採取できる沖縄県宮古諸島、長崎県五島列島、小笠原諸島周辺海域に中国漁船が密漁を承知の上で大挙進出したことがその背景である。

中国では、赤サンゴがトキやパンダと同じく、国家の重点的保護生物に指定されている。赤サンゴの希少生物としての重要性を認めている中国政府が自国漁民の公海や外国EEZにおけるサンゴ採取も国内同様に厳しく制限し、違法行為を厳しく取り締まることは当然であるが、今次事案に対する中国政府の態度は極めて曖昧で、取り締まりを口にしているものの、効果は全く上がっていないように見える。

今回出漁した中国漁船の約3割が福建省、残りが浙江省のものといわれているが、両省は習近平国家主席のかつての勤務地(それぞれ17年と5年勤務)であり、習主席が真に日中関係を憂慮し悪化を防ごうとする意図があるのであれば、密漁船の出航を差し止めることができたことは明白である。中国海警も密漁船の活動を積極的に抑制した形跡は見られなかった。

勘ぐれば、「日本が相手なので、日本側がうるさく言うまで、また取り締まりを強化するまでは、何でもあり」という暗黙の了解が中国共産党・政府・海警という「官」と漁民の間にあったのではないか。少なくとも日中関係をこれ以上悪化させないという中国側の意図はほとんど感じられなかった。

日本側対応に限界

この事態に対し、日本政府は海保巡視船などを現場に派遣して、中国密漁船の監視と取り締まりを実施したが、漁船200隻に対して巡視船が数隻という現実と、中国漁船が巡視船の目前での密漁を避けたこと、さらには違法採取場所の特定が困難なことなどから、結果的には「立ち入り検査忌避」や「停船命令無視」という漁業法等違反罪を適用した少数の摘発にとどまっている。

日本国民のごく普通の感情として、中国密漁船の活動に対する疑問やストレスが蓄積することは当然であるが、日本の現在の法制度では今回の対応が限界である。同時に、日本の感情的にならない対応が日中関係のさらなる悪化防止に大きく貢献するという、中国側の消極的態度とは好対照の結果をもたらした側面もある。

EEZ沿岸国の権利と義務

EEZとは、国連海洋法条約に定められた、海洋の天然資源などの経済的事項に対する沿岸国の主権的権利、すなわち法律の適用を可能とする海域のことで、沿岸から最大200カイリ(約360km)まで設定することが認められている。沿岸国の主権的権利が認められているため、EEZ内の水産資源や海底資源は沿岸国に属し、他国の自由な開発や採取は禁止されている。これはEEZへの外国船舶の単純な立ち入りを禁止しているものではなく、沖合を無害平穏に航行すること(「無害通航権」)が認められている。

ただしEEZ内では沿岸国のいわば「経済的主権」が及ぶことから、外国漁船の漁業活動や調査、観測船の資源探査や科学的調査など、経済に関係する活動は沿岸国の許可なく実施することは認められない。つまり、沿岸国の経済的主権に関わる外国船の活動は沿岸国の国内法順守が義務付けられており、違反時には罰せられる。

海洋法条約を受け、日本でも「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」(EEZ法)を制定しているが、EEZにおける日本の法律適用対象活動・行為として次を挙げている。

①天然資源の探査・開発など、人工島、施設、構造物の設置など、海洋環境の保護・保全および海洋の科学的調査

②経済的目的の探査および開発のための活動(①以外)

③掘削

④上の事項に関する公務員の職務の執行およびこれを妨げる行為

以上を根拠として、日本政府はEEZ内の外国船舶活動に対する日本の「経済的主権」を明らかにし、日本の関連法を適用することにより、主権侵害および違法行為を防止している。

EEZの設定は沿岸国の権利であり、また設定した場合、沿岸国は関連国内法を確実に適用する義務を負うことになる。EEZの設定自体が、伝統的な海洋国際法の基本精神である「海洋利用」と「公海航行」の自由原則と近年の海洋経済活動の急速な増大による沿岸国の権利の両者の調和を図り海洋活動の秩序を維持するものであり、単に「言いっ放し」すなわちEEZを設定して何もしないこと、あるいは海洋法条約の精神から大きく逸脱する「過大あるいは過小な法律適用」の双方が戒められている。EEZを主張する以上は、沿岸国の責務としての公平・公正な法執行が伴わなければ、海洋法条約が意図した海洋秩序の維持そのものが危うくなるからである。

小笠原海域における中国密漁船事案の問題点

南シナ海では伝統的な国際法の精神から大きく逸脱したEEZの沿岸国としての過大な権利を強く主張する中国であるが、日本のEEZにおける自国密漁船の活動に対する極めて消極的かつ後ろ向きの姿勢は二重基準であり論外である。

日本政府の対応は、薄氷の上を歩くに等しい日中関係に深く配慮した上で、海洋法条約の精神を尊重して海保巡視船などによる監視と取り締まりに徹したことは評価できる。尖閣諸島警備に極めて大きな資源投入を強いられている海保は、本事案に対し心身両面で厳しい対処を迫られたが、何とか乗り切ることができた。ただし、密漁船への適用法律が漁業法などの各個別法であるため、現行犯に至らない密漁船の取り締まりやEEZからの排除が困難となる問題点が浮上した。

また、一部の報道にあった「密漁船を摘発しても、その後の長期かつ煩雑な起訴・裁判の手続きを考えた場合、逮捕などの強制措置が割に合わないという理由により、海保は密漁船のEEZからの排除に重点を置いている」という方針があったとすれば言語道断である。海洋法条約で定める沿岸国の義務である法律執行は、いかなる理由・事情があるにせよ厳格に実施しなければならない。

EEZでの外国船経済活動への包括的な法整備が不可欠

日本の対処を組織的なものとするためには、漁業法などの各個別法の適用と並行して、EEZにおける外国船の経済活動を包括的に規制する法律の制定が急務である。これは前述のEEZ法の改正あるいは新法の制定のいずれかになると考えるが、将来を見据えた場合、マンガン塊やメタンハイドレートなど、日本のEEZに大量に存在する公算が高い海底資源の適正管理の観点からも必須である。この努力を怠り、従前のように何らかの事態が発生するたびごとに対処を続ける場合、日本の国益を失うことは明白である。同時に海保の強化は必須であり、東シナ海情勢も合わせて考慮した総合的な政策が求められる。

また、今次事案では蝟周する船舶を中国密漁船として対応したが、密漁船群の中には情報収集を任務とする船が存在する可能性が常にあることから、日本として所要の情報収集、特に通信・電波情報収集には万全を期する必要がある。密漁船の取り締まりと並行した自衛隊による電子データなどの情報収集活動は必須である。今回のような事案では情報収集の実施が基本であり、それこそが国家安全保障・法執行活動におけるイロハのイであることを理解しなければならない。

日本の総合的な海洋力を活用する新たな発想

今後とも本件類似の事案の対処は海保が実施することが大原則である。同時に新たな発想に基づく日本の総合的な海洋力発揮も考慮する時期にある。ただしそれは今回も一部で議論された海上警備行動としての海上自衛隊の投入(自衛隊法に基づき、海上での人命・財産保護、治安維持のため特別の必要がある場合、首相の承認により発令される)ではない。

総合的な海洋力発揮の具体的な例としては、中米両岸沖における米国の麻薬密輸取り締まりがある。米国南方軍隷下の第4艦隊は海軍部隊としての任務に加えて同活動を実施している。これは軍事力の行使とは異なる法執行活動であるが、米国沿岸警備隊の不足を補うために、同艦隊が駆逐艦と航空機を派遣し、統合多省庁任務部隊(JIATF: Joint Interagency Task Force)を編成して同任務に従事している。沿岸警備隊の巡視船と軍艦・航空機が共同で麻薬密輸活動を行うことから、反米感情が強い国も存在する中米沖における活動を当初不安視するむきもあったが、今日ではJIATFの高い密輸阻止実績も味方して高く評価されている。

このような活動は、日中が厳しく対立している尖閣諸島周辺海域とは異なり、日本の広大なEEZにおける各国船舶の警戒監視と対処のために、日常の任務として海自と海保が共同で活動するものである。これは、現在尖閣に集中するため他海域で手薄になりかけている海保巡視船艇・航空機を補完するための、日本の総合的な海洋力によるEEZの秩序維持という国際貢献でもある。

自衛隊同様、軍事活動以外の任務が厳しく制限されている米軍であるが、上記のJIATFは例外とされており、第4艦隊の貢献なくしては米国の中米沖麻薬密輸阻止活動は成り立たないとまで言われている。日本でも、総合的な海洋力活用の観点から、柔軟な発想に基づく対応を考慮する時期に来ていると考える。この場合、法律の改正など新たな措置が必要となることは言うまでもない。

早急な対処が求められる日本政府

今回の小笠原諸島周辺の中国密漁船事案は、日中平和友好条約の締結交渉が進んでいた1978年(昭和53年)4月に100隻以上の中国漁船が尖閣諸島周辺海域に現れ、領海を侵犯した事案をほうふつとさせる。当時とは異なるEEZという新たな海洋の概念ができた今日、本事案は、伝統的な領海における国家主権に加え、EEZという海洋権益が関わる新たな海域における、日本の法制度および自衛隊・海保という海洋力運用上の欠落部分を白日の下にさらした。

11月末に中国密漁船が撤退したことから事態は一段落したものの、当事案の本質は独立国としての日本の制度上の欠陥であり、政府の早急な対処が求められる。手をこまねいていれば、次の事態は密漁船で収まらないかもしれない。

バナー写真=小笠原諸島周辺海域で海上保安庁の取り締まりを受ける中国サンゴ漁船(2014年11月23日、第三管区海上保安本部提供/時事)

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