「国際バカロレア」が日本で普及するために
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急速に高まる国際バカロレアへの関心
世界で通用する大学入学資格を取得するための教育プログラム、「国際バカロレア(International Baccalaureate, 以下「IB」)」が、日本の教育界でにわかに注目されている。
IBは、スイス民法典に基づく財団法人国際バカロレア機構(The International Baccalaureate Organization, 以下「IBO」)が提供する教育プログラムだ。IBO本部はスイス・ジュネーブにあり、1968年に発足して以来、認定校への共通カリキュラムの提供、IB試験の実施、IBディプロマ資格の授与を主な任務としてきた。日本は、1979年にIBOを認証して以来、IBを大学入学資格として認定している。
IBは発足当初、インターナショナルスクールを中心に広がった。当時、国際機関の子弟などが通うインターナショナルスクールでは、大学進学に際し進学先の大学入学資格取得のための教育を個別に行っていた。このような教育は、インターナショナルスクールの理念に反し、また、学校経営上も負担が多いものであった。そのため、インターナショナルスクールで共通の中等教育を修了させ、各国の大学に円滑に入学させうる国際的共通カリキュラムと、世界的に認証される大学入学資格が必要と考えられるようになったのである。
日本で最初にIBを採用したのも、インターナショナルスクールであった。その後、学校教育法第1条で規定される学校(1条校)(※1)の中でも主に私立学校で、学習指導要領を尊重する工夫をしつつ、IBを導入する学校が出てくる。
これらの学校の生徒は、従来、日本語と英語との二言語習得によってディプロマ資格を取得し、欧米大学や国内の国際的指向を持つ大学へ進学してきた。2012年3月の段階で、高校2・3年生で実施するディプロマ資格プログラム(Diploma program)を行っている学校は16校、内訳はインターナショナルスクールが11校、1条校としての私立学校5校であった。
「グローバル人材育成」を目指す政府主導のIB200校構想
このような限られた学校で導入されていたIBが、近年注目されるようになったのは、政府が中心となり、日本の高校へのIB導入を推進しているからである。例えば、2012年6月に出された「グローバル人材育成推進会議」による「グローバル人材育成戦略」では、その一環として、「高校卒業時にIB資格を取得可能な、又はそれに準じた教育を行う学校を5年以内に200校程度へ増加させる」としている。
このような戦略が出された背景には、グローバル化が進む世界にあって、多様な価値観や異質な集団の中で、主体的思考や行動を伴いリーダーシップがとれるグローバル人材の育成が重要であることが産学官共通に強く認識され、差し迫った政策課題として浮上してきたことがある。
日本は、長らく国内で独自の文化を醸成し、教育はその文化を伝達するものとして機能してきた。しかし、グローバル化の動きにあって、多様な人種や民族が共存してきた歴史を持つ欧米諸国での思考、態度、ルール、コミュニケーションを求められる場面が身近となり、国家・社会の形成者の育成として国民教育の名のもとに行われてきた日本の教育に、この新たな社会的要請に応える教育カリキュラムが求められるようになった。
「生きる力」をつけるための「先取り学習」
さらにこの間、日本の教育界では、生徒の主体的学びや、学び方の学びを重視し、応用力、活用力、問題解決能力など、これからの社会で必要とされる知識活用型カリキュラム、つまり、現在の学習指導要領の中心的な考え方である「生きる力」を具現化するカリキュラムが模索されていた。
総じてIBは、生徒の主体性に基づき、実験レポートの作成・小論文執筆、ディスカッションなど大学の講義や学習スタイルに類似の授業を提供し、大学の先取り学習ともいえる要素を持つ。だからこそ、IBのディプロマ資格プログラムを受講する前に、基礎・基本と呼ばれる段階的で系統的な知識習得や相応の学習量をこなすことが必要とされる。
ディプロマ資格プログラムは、そのような知的成熟を伴った生徒が、その知識を応用し、さらなる能力を発達させるためのプログラムであり、グローバル人材やリーダーシップをとれる人材の育成に合致するプログラムである。
そのため、IBはグローバル化などの社会変化へ対応し、社会が求める知識活用型のカリキュラムを有するバランスの良い「教育パッケージ」として、私立学校のみならず、国公立学校においても関心を持たれるようになったのである。
「日本語DP」――野心的な政府目標値達成に向けた打開策
それでは、政府の提示した「IB導入、もしくはそれに準じた学校を200校に増加する」という目標値は達成可能であろうか。
第一に、多くは外国人教員と想定される、英語で授業ができるIB教員の確保は、特に難題である。日本に滞在する外国人教員の絶対数が少ない上に、給与や休暇など福利厚生が手厚いインターナショナルスクールの教員と比べ、日本の1条校は国内の法律や制度で縛られており、外国人教員の特別待遇は難しい。
英語で授業が可能な外国人教員を確保するひとつの打開策として、文部科学省がIBOと協議した結果、一部の教科を日本語で教授できる「日本語デュアル・ランゲージ・ディプロマ・プログラム」(Japanese Dual Language IB Diploma Program、いわゆる「日本語DP」)の開発と導入が決定された。
このことで、一部科目で日本人教員による指導が可能となり、日本の高校、とりわけ国公立学校での導入の障壁は低くなったとされる。そのほか、地方公共団体が実施する「語学指導等を行う外国青年招致事業」(The Japan Exchange and Teaching Programme、いわゆるJETプログラム )のスキームを活用し、国・地方自治体が連携して外国人の教育専門家を招聘(しょうへい)していくことも考えられる。
IBを日本の大学入学制度に組み入れる工夫を
第二に、生徒の進路の想定はどうであろうか。IBは1クラス25人以下とされているため、最大で25人×200校として、約5000人程度のディプロマ資格受験者が想定される。この約5000人の出口として、IBの点数に応じてIBを認定し入学を許可する大学の数は十分だと想定できるのであろうか。
実際、日本国内の大学でのIBの認知度は以前に比べて相当高くなっており、一部の大学ではIBを積極的に評価して入学許可をしている。しかし、日本のすべての大学が同様の対応をしているわけではない。日本では、大学入試センター試験の成績提出が国公立大学や一部の私立大学での入試要件となっている。
IBの得点は標準化されており、変動幅が少なく、欧米大学では大学入学選抜資料としての信頼性が高いとされている。このことを踏まえれば、IBの点数を大学入試センター試験の点数に換算する尺度を作成することも一考する価値がある。
もしくは、大学ごとに特定のIB点数の条件を提示した後、特別枠の入試を実施するなども望まれるところである。IBが広がるには、このように教員確保や生徒の進路保証など日本国内の学校制度や法解釈などにおいて、特例ともいえる柔軟さを社会的に担保しうるかどうかが鍵となる。
今後、IBは日本で広がるであろうか。どの程度拡大するかは、様子を見守るしかないが、いくつかの学校はすでにIB導入に名乗りをあげており、関心は高まっている。
いずれにしても、IBが教育のひとつのモデルとして日本の教育に受け入れられれば、日本人は、そのプログラムを咀嚼(そしゃく)し、日本の文脈に適した教育プログラムとして従来の教育を改善すべく受け入れていくことであろう。
その意味で、必ずしもIBそのものでなくても、IBの持つ理念やプログラムの神髄は、グローバル化の動きに伴って、日本の国内で確実に広がっていくと思われる。
(2013年10月7日 記)
(※1) ^ 幼稚園・小学校・中学校・高等学校・中等教育学校・特別支援学校・大学・高等専門学校。