「一票の格差」 違憲状態にある日本の選挙制度
政治・外交 社会- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
全国16の高裁で「違憲」「違憲状態」判決
「一票の格差」をめぐる裁判で全国各地の高等裁判所とその支部は、今年3月に16の違憲ないし違憲状態の判決を相次いで下した。
合憲判決は一つもなかった。
昨年12月の総選挙で選出された国会議員は「正当に選挙された国会における代表者(憲法前文)」であるかは疑問、と裁判所は判断した。民主主義国家ではあたりまえの「一人一票」の原則が、この国では半世紀近くもの間、訴訟という形で問題にされ続けている。
「一人一票実現国民会議」という団体のウェブサイトにアクセスすると「あなたの選挙権は、ほんとうは何票でしょう?」という質問に出くわす。
このサイトは各選挙区における一票の価値を瞬時に教えてくれる。私が住む衆議院小選挙区の東京18区(武蔵野・小金井・府中市)の一票の価値は0.49票で、一票が最も重い選挙区(高知3区)との差は2.04倍である。最も軽い選挙区は千葉4区で0.41票、格差は2.43倍となる。
なぜ、こういうことが起きるのか。
終戦直後の人口分布に基づく選挙区
1960年代の日本では経済の高度成長とともに、都市への人口集中と地方の過疎化がドラスチックに進んだ。この結果、第二次大戦直後の人口分布に基づく選挙区割りにより、選挙区ごとの人口に大きな差が生じた。国会はこの問題に取り組まず、選挙区間の格差を放置し続けた。
この現実に怒った一人の司法修習生が、1962年参院選の一票の格差4.09倍は憲法14条(※1)が保障する「法の下の平等」に反するとして裁判に訴えた。これが「一票の格差」訴訟の始まりである。
最高裁は1964年2月5日、この程度の格差は憲法に違反せず「立法府である国会の権限に属する立法政策の問題」であるとして訴えを退けた。その後も選挙のたびに訴訟が起きたが、立法府の裁量を認める判決が続き、格差は広がる一方だった。
最初の違憲判決は1976年
転機は1972年衆院選をめぐる裁判だった。最高裁は1976年4月14日、格差が4.99倍に達したこの選挙の定数配分を憲法違反とする判決を下した。
当日の『朝日新聞』夕刊一面の見出しは「定数不均衡は違憲 一票の平等を確認 政治構造ゆるがす宣言」だった。憲法14条が保障する法の下での平等は、選挙権の平等にとどまらず、一票の価値(投票価値)の平等も含む、と最高裁は明確にした。
国会や内閣に対し過度に遠慮する姿勢を取り続けてきた最高裁にしては、画期的な判決だった。とはいえ、選挙制度の違憲を宣言しながらも、選挙を無効とした場合の公共の不利益を考慮する「事情判決の法理」という行政をおもんばかる手法を使い、選挙結果は有効とした。
この判決以降、最高裁は具体的な判断基準を示さなかったものの、法の専門家の間では、衆議院選挙ではおおむね3倍以上、参議院選挙では6倍以上が違憲のハードルと見られてきた。
ただ、憲法学の通説や高裁判決のいくつかは「衆院では2倍を超えたら違憲」という立場をとっていた。一人一票の原則からすれば、一人で2票持つことは許されず格差は2倍が限度――という論理である。
今回初めて下された“選挙無効”判決
一票の格差が最大2.43倍となった2012年12月の衆院選に対する今回の一連の判決で、注目すべきは「事情判決の法理」を適用せず、選挙を無効とした二つの判決である。
まず、3月25日の広島高裁の判決は「一票の格差」訴訟の歴史で、初めて選挙を無効とした。衆院選広島1・2区の結果を無効とした判決の内容は――
(1) 国会は、投票価値の平等に反する状態や民主的政治過程のゆがみを是正し、区割り規定(選挙区を定める法律)を改正する憲法上の義務を負う。
(2) 現在の区割り規定は憲法14条に違反する。
(3) 選挙権の制約や民主的政治過程のゆがみは重大であり、現状は憲法上許されず、選挙は違憲だがその結果を有効とする「事情判決」は適当でなく、選挙は無効である。
(4) 「選挙は無効」という判決の効力を一定期間停止するが、この期間中に国会は現制度を是正すべきであり、選挙区の改定作業の開始から1年後に選挙は無効となる。
翌日の新聞の多くが一面トップでこの判決を報じた。
政治的配慮より憲法重視
ドラマは続いた。広島高裁判決を伝える朝刊が出た26日午前、今度は広島高裁岡山支部が、同じく衆議院選挙で岡山2区での選挙を無効とする判決を言い渡した。しかもこの判決は、この国の戦後史における初の選挙即時無効判決だった。
その日の夕刊も一面トップで「選挙無効判決続く」と報じた。同じ日の朝・夕刊の一面トップに「違憲」「選挙無効」の見出しが並んだのは初めである。
岡山支部判決が選挙を〝即時〟無効とした理由は――
(1) 区割りは、投票価値の平等を要求する憲法に反する状態にあった。
(2) 国会議員は憲法を尊重する義務(憲法99条)(※2)を負い、定数是正を怠る「国会の怠慢」は許されず、司法の判断も甚だしく軽視している。
(3) 投票価値の平等は最も重要な基準であり、これに反する状態を容認する弊害に比べ、選挙無効による政治的混乱が大きいとは言えない。
(4) 選挙を無効にして生じるであろう混乱が大きくないので「事情判決」とはしない。
選挙を即時無効としたこの判決が確定すれば議員は失職する。だが裁判所は議員の失職と再選挙による弊害よりも、一票の価値の不平等による弊害を重くみた。つまり政治的考慮よりも、憲法が宣言する価値の実現を重視したのである。
最高裁でも予想される厳しい判決
広島と岡山での判決は最高裁に上告され今年秋にも結論が出る。最高裁が違憲判決を下すのはほぼ確実だが、選挙を無効とするかは分からない。広島高裁判決のような将来効力を持つ「将来効判決」が出る可能性もある。
2011年3月23日の最高裁による判決が衆議院選挙の「一人別枠方式」(小選挙区300のうち47を各都道府県にひとつずつ配分するやり方)をできるだけ早く廃止する必要がある、と踏み込んだことを考えれば、国会にとって厳しい判決が予想される。
参議院議員の定数をめぐる訴訟に対しても、最高裁は2012年10月17日の判決で最大格差5.0倍を「違憲状態」とし、選挙制度の現状を次のように指摘している。
「より適切な民意の反映が可能となるよう、単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず<中略>現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ、できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる前記の不平等状態を解消する必要がある」
現在の最高裁判事の大半がかかわったこの判決では、以前の最高裁なら立法府の「専門技術的問題」と言って逃げそうな事柄まで踏み込んで提言している。
各裁判官による意見では「選挙区単位から広域な区域への変更」(櫻井龍子裁判官)や「都道府県の枠を超えるブロック単位の選挙区」(金築誠志裁判官)などの指摘も見られる。
すでに選挙制度のあるべき姿を具体的に提言している最高裁が今後、単純な「違憲・選挙有効」判決を下すとは思えない。
民意を反映した抜本改革が不可欠
私は、現行の小選挙区比例代表並立制は著しく小選挙区制に傾いているので、「小選挙区比例代表偏立制」と呼んでいる。選挙制度の設計・具体化は、もちろん法律(憲法47条)(※3)に委ねられている。
他方、「民意の反映」は憲法上、最も重要な価値である。今後、国会は衆議院の小選挙区を5県で3から2に減らす「0増5減」という安易な小手先の対応ではなく、民意の反映を基軸に据えた選挙制度の抜本的改革に取り組むべきであろう。
(2013年4月23日 記)