台湾行政院長交代を読み解く

政治・外交

小笠原 欣幸 【Profile】

台湾の蔡英文総統が行政院長(首相)交代に動いた。昨年5月の政権発足時から務めてきた林全が退任し、頼清徳台南市長が新しい行政院長に就任した。この背景と意図を読み解いてみたい。

蔡総統の計算

台湾のテレビ局TVBSの8月の世論調査では、蔡総統の満足度は24%、林行政院長の満足度は18%であった。野党国民党の党勢が低迷しているので政権の危機には至っていないが、このまま満足度の低迷が続けば改革の推進が難しくなり、来年の統一地方選挙、2020年の総統選挙の再選に悪影響を及ぼす。政権与党全体としては外に対して余裕を見せていたが、内部で警戒感が高まったのは当然であろう。

民進党内で蔡に取って代わりうる人物は、現時点では頼しかいない。台湾メディアで、頼はしばしば蔡の潜在的なライバルとして扱われている。単純な比較はできないが、頼の台南市長としての満足度は50~80%で推移しており、蔡の満足度よりかなり高い。

蔡が党主席の時に煮え湯を飲まされたのが、2010年に台北市長選挙出馬を一方的に宣言した蘇貞昌の勝手な動きであった。その時、蘇の元へ一番に駆け付けたのが頼である。蔡からすると、できれば頼に行政院長はさせたくないのが本音であったろう。

しかし、満足度が低迷したままでは、さまざまな勢力・人物が動き出す。蔡にとって、国民党だけでなく、党内の不満分子(特に独立派)、柯文哲台北市長、友党である時代力量の動向も気になる。選挙区の立法委員らも落ち着かなくなる。選挙を控えた国会議員の悲鳴ほど面倒なものはない。

蔡としては林でできるだけ引っ張り、代えるにしても忠実に総統の意思を実行する人物に託したいと思っていたはずだ。しかし、そのような余裕はなくなった。蔡は自身のやりやすさとか求心力の維持といったことを超えて、民進党政権長期化という見通しに立って党内ナンバー2の頼と協力し、その力を借りる決断をしたのであろう。

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東京外国語大学名誉教授。専門は台湾政治。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。東京外国語大学外国語学部助教授、同大学大学院総合国際学研究院准教授、教授を歴任。1999年4月~2000年3月台湾国立政治大学中山研究所客員研究員。2020年「アジア・太平洋賞」特別賞と「樫山純三賞」学術書賞を受賞。主な著書に『台湾総統選挙』(晃洋書房、2019年)

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