羽生結弦、世界歴代最高得点を連発

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矢内 由美子 【Profile】

NHK杯、GPファイナルで世界最高得点を連発

ソチ五輪フィギュアスケート男子シングル金メダリストの羽生結弦が、五輪中間年の今シーズン、フィギュアスケート界の歴史を塗り替える世界歴代最高得点を連発し、「異次元の演技」と喝采を浴びた。

まずは、20歳最後の大会となった11月のNHK杯(長野)。ショパンのバラードに乗ったショートプログラム(SP)で106.33点を出すと、フリープログラム(FP)では一転して「和」のテイストである映画『陰陽師』(おんみょうじ)の曲を使い、平安時代の陰陽師の世界観を描きながら、216.07点を出した。SP、FPとも歴代最高得点。合計点は史上初の300点超えとなる322.40点だった。

勢いはとどまることなく、その2週間後にスペイン・バルセロナで行われたグランプリ(GP)ファイナルでは、SP110.95点、フリー219.48点、合計330.43点と、NHK杯で出した自身の得点をすべて更新した。圧巻は点数だけではない。21歳にして男子初のGPファイナル3連覇という、これまた快挙を成し遂げた。

プレッシャーを“飼いならす”次元に

「異次元」と称されるゆえんは、NHK杯、GPファイナルとも2位に大差をつけての歴代最高点だったからだ。

2種類の4回転ジャンプ(サルコウ、トゥループ)をSPとFPで計5つ組み入れた技術的にハイレベルな構成の素晴らしさはもちろんのこと、表現するのが難しい「和」の趣で勝負しての圧勝劇は、特筆に値する。

「異次元」に足を踏み入れることができた要因は何か。それは、ジャンプの回転軸がシャープになったという技術面の向上もさることながら、メンタル面でのさらなる成長が大きい。

大舞台でも肝の据わった演技のできる羽生のメンタルは、最高峰の戦いであるソチ五輪で頂点に立ったことですでに証明されているが、今シーズンは一段上に突き抜けた印象がある。

それが顕著に表れていたのが、NHK杯だった。得点についてどう感じたのかを聞かれた羽生は、このように答えた。

男子フリーの演技をする羽生結弦=2015年11月28日、長野・ビッグハット(時事)

「僕自身、試合に入る前には、300点を取りたいとか、フリーで200点を超えたいとか、そういう気持ちも少なからずあったが、それにきちんと気づくことができていた。自分がプレッシャーを感じていることに気づくことができたのは、今までのたくさんの経験があったからこそだと思う」

内から湧き上がってくるプレッシャーを自分で察知したこと。それを掌のうちにし、自在に飼い慣らしたこと。NHK杯でブレないメンタルを手にしたと確信した羽生は、「この先は自分との戦いになる」との覚悟を口にし、スペインでのGPファイナルに向かった。そして、NHK杯以上のプレッシャーを背負いながら再び世界最高得点を記録した。

大粒の涙を流した羽生は、「今回は自分で自分を追い込んでいた。これだけのプレッシャーの中でよくやったと驚いている」と話し、「NHK杯では300点超えをして達成感を得た。GPファイナルは安堵感の方が強い」と満足そうに笑みを浮かべていた。

最悪のスタートとなった今季GPシリーズ初戦

あえて自分にプレッシャーを掛けながらそれを乗り越えてみせるという強固なメンタルを育んだ背景には、周囲をも驚かせるほどの強烈なチャレンジャースピリットがある。

世界最高点連発という快挙の前にかき消されている感があるが、今シーズンのGPシリーズは最悪のスタートだった。

GPシリーズ初戦となった10月下旬からのスケートカナダ。昨シーズンを休養に充てた元チャンピオンのパトリック・チャン(カナダ)と、ソチ五輪以降初めて顔を合わせたこの大会で、羽生はSPでまさかの6位発進となったのだ。

後半に入れた4回転トゥループが2回転トゥループになるミス。さらにはその後のコンビネーションジャンプで3回転ルッツの後のトゥループが2回転になり、同じジャンプを2度跳ぶというルール違反にもなってしまった。電光掲示板に映し出された得点は73.25。にわかには信じがたいような低得点だった。

それでもSPの翌日にあったFPでしっかり立て直し、最終的には優勝したチャンに続く2位で終えたのはさすがだった。

加えてそれ以上に見事だったのは、試合が終わった翌日の段階で早くも「次の試合からはSPに2つの4回転ジャンプを入れる新しい構成に切り替える」と決心したことだ。

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スポーツライター。1966年6月23日、北海道生まれ。北海道大学卒業後にスポーツニッポン新聞社に入社し、テニス、五輪、サッカーなどを担当。2006年に退社、以後フリーランス。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。著作は『Jリーグ15年の物語 カズ&ゴンたちの時代』(講談社/2009)、『なでしこの遺伝子』(学研プラス/2011)など。

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