中越衝突はこう読め・中国は東シナ海と南シナ海を差別化している
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南シナ海の西沙諸島で中国の海底油田掘削を巡り、中国とベトナムの緊張が高まっている。今年5月に入り、自国の資源権益に対するベトナムの抗議に対し、中国は武装巡視船などによる体当たりや放水を繰り返し、これに反発するベトナム国内の反中デモが暴徒化し、死者が出る事態となった。
さらには東シナ海で5月24日、中国空軍のSu27戦闘機が日中中間線付近を飛行中の海上自衛隊、航空自衛隊の情報収集機に異常接近する事件が発生した。
中国から見ると、ベトナム、フィリピンなどと領有権を争う西沙諸島、南沙諸島など南シナ海一帯も、日本との尖閣諸島問題を抱える東シナ海も、中国本土を取り巻く戦略的に重要な海域であることは間違いない。
したがって、周辺諸国に対して中国が強硬姿勢や高圧的な態度をとり続けていることについても、一見したところ同じように見えるが、実はそうではない。中国の「強硬」ぶりは明らかに使い分けられており、極めて戦略的に差別化されているといってよい。日本は、この点をよく見定めて対中外交を進めていく必要がある。
体当たりも国際ルールに則って
確かに、今回の西沙諸島における衝突事件では、武装した巡視船を含む中国海警局の公船が、ベトナムの公船に放水し、体当たりするという、東シナ海での日本への対応ではお目にかかれないような荒々しい行為を繰り返している。
これを見て、特に日本のマスコミ報道には「過熱」とか「戦争を招きかねない」といった見出しが躍っているが、実を言えば、これは決して「暴走」といえる行為ではない。事態を許容できる範囲に収め、しかもしっかりと管理しようとする中国側の意図を見て取ることができるからだ。
掲載した写真を見ていただきたい。突っ込んでくる中国海警局の武装巡視船は、どこから見てもわかるように機関砲の砲口を上に向けている。これは、4月22日に青島で行われ、日本の河野克俊・海上幕僚長はじめ21カ国の海軍首脳が出席した西太平洋海軍シンポジウムでの合意、つまり「模擬攻撃」など「回避すべき行動」のルールに則った措置であることを知る必要がある。
模擬攻撃とは、レーダー照射のほかに、低空飛行、砲身・銃身を真っ直ぐ向けての威嚇など、紛争の引き金となりかねない行為を指す。強硬姿勢をあからさまにしている中国だが、それでも一定以上の事態悪化を回避するため、最低限の国際ルールを守っている姿勢だけはアピールしているのである。この中国の姿勢は、アンパイアに抗議をするアメリカ大リーグの監督が、いかに激しく食って掛かり、罵声を浴びせ、体当たりしたとしても、両手だけは必ず後ろに組んで、暴力行為に及んでいないことをアピールする光景を思い起こさせる。
このように、南シナ海における中国の行動はそれなりにコントロールされている。海上における中越の衝突が日中間とは比べものにならないほど激烈なのは、南シナ海をめぐる事態が深刻だからではなく、南シナ海と東シナ海に対する中国共産党と人民解放軍のリスク認識の差が表れている、と考えるほうが合理的だろう。
強気でなければ生きていけない中国
現在の中国は、それまでの共産主義イデオロギーがナショナリズムに置き換わった結果、ナショナリズムによって動く国に変貌している。それは、中国共産党や人民解放軍がナショナリズムの衣をまとった国民の不満の噴出を、最大の脅威と位置づけていることを見ればわかるだろう。経済格差の固定化などの不平等に対する国民の不満が、「愛国無罪」「反日」という装いのもとに噴出し、権力基盤が不安定化することは、まさに脅威というほかない状況だ。
そうしたナショナリズムの跋扈(ばっこ)を前に、日本や南シナ海諸国に強硬な姿勢を見せ続けることは、共産党と人民解放軍の権力維持にとって極めて重要な意味を持つことになる。しかも、この6月4日には天安門事件25周年を迎える。共産党と軍は、国内のナショナリズムからの弱腰批判を封じるうえでも、対外的な強硬姿勢を強める必要に迫られている。
それだけではない。ウイグルにかかわるテロが一向に収まらず、国民の間に動揺が走り、それに付け込んで社会を混乱させようとする動きも予断を許さない。そうしたテロなどの社会不安から国民の目をそらさなければならないとの危機感もまた、よりいっそう共産党政権を南シナ海での激しい行動に駆り立てる原因となっているのは、想像に難くないところだ。
25年前の“天安門事件”でのトラウマ
しかし、そうした中国の同じような強硬姿勢が、日本向けとベトナム向けでは明らかに違っているのは、何が理由なのだろう。
たとえば、南シナ海方面とは異なり、中国は尖閣諸島周辺海域には武装した巡視船を一隻も出してきていない。2013年7月の機構改革以降、巡視船はすべて海警局の所属となったが、すべて非武装である。厳密には、古いタイプの漁業監視船(漁政)の塗装を塗り替えた公船の一部は、第二次世界大戦型の23ミリ機関銃を2門装備しているが、キャンバスでくるみ、ロープでぐるぐる巻きにして事実上の非武装状態を演出している。つまり“丸腰”なのである。
中国はまた、日本や世界に対する領有権のアピールとして尖閣諸島の日本領海で侵犯などを繰り返しているが、これもまた、アメリカの逆鱗に触れないような範囲とやり方で行っていることも知っておく必要がある。
だから尖閣諸島周辺海域には、軍の艦船や航空機を出していないし、のちほど触れる2013年1月のレーダー照射事件にしても、尖閣諸島の北120キロメートルという離れた海域で起きたことである。
中国はなぜ、尖閣諸島周辺でおそるおそる行動することになっているのか。その理由は明らかだ。もし、尖閣諸島周辺で小競り合いでも起きようものなら、相手は日本とアメリカである。大きな戦争に発展する可能性を秘めている。だから、尖閣諸島周辺で小競り合いが起きれば、国際資本が一斉に中国から撤退する可能性は少なくない。中国共産党と軍は、1989年6月の天安門事件で国際資本が一斉に撤退し、中国の前途に暗雲が垂れこめた危機感を二度と味わいたくないのである。
「東」と「南」で異なる背景に国際資本の動向
尖閣諸島周辺は、中国にとってこのようなリスクを抱えた海域なのである。日本に領有権問題の棚上げを求め続けてきた理由も、紛争を回避したいという点にある。昨年11月の防空識別圏の設定は、領有権問題の棚上げに応じるわけがない日本に対して、多少は乱暴な方法ではあっても、事実上の棚上げ状態に持っていけるように環境を整えるための荒技だったというのが私の分析である。
尖閣諸島の日本領空にかぶせて防空識別圏を設定すれば、一気に軍事衝突のリスクが高まる。それを受けて、衝突防止のメカニズムの協議を提案すれば、日米も話し合いに応じることになり、少なくとも尖閣諸島周辺での政府と軍の艦船と航空機の行動を自粛するなどの着地点に到達するだろう。中国側から見て、これは事実上の棚上げということになる。
しかし、南シナ海での中国は全く異なる顔を見せている。相手がベトナムやフィリピンなら、巡視船クラスが衝突し、そこに軍艦や軍用機が姿を見せたとしても、大規模な国際紛争にエスカレートする可能性は大きくはない。要するに、国際資本が中国から撤退するリスクをあまり考える必要はないということだ。
ベトナムとの間には、これまでにも中越戦争があり、海上での衝突も繰り返されてきたが、そうした事態が起きる一方で、それをきっかけとする関係修復の話し合いが持たれ、経済面での関係を深めてきたという経緯がある。今回の事態についても、同様の形で決着するという意識を、中越双方に見ることができる。
今回は、ベトナムのナショナリズムに火がついてしまい、かなり険悪な状態になったが、このあたりまでの展開にしても、中国にとって織り込み済みのことだったかもしれない。日本人なら、どんなに両国関係が悪化しても中国大使館を焼き討ちするといったことは考えにくい。しかしベトナム人の場合、そのくらいはやりかねないということは、歴史的にも長い付き合いの中国側は熟知していると思われる。
自衛隊を信頼して喧嘩を売る中国?
むろん、尖閣諸島や日本列島の周辺海域であっても、成り行きに任せていれば自衛隊が反撃しなければならないとか、日米同盟によって米軍が出るような事態は十分に起こりうるだろう。実を言えば、そうであればこそ中国側は、そのような事態を招かないようコントロールされた動きしかしていないことを知っておく必要がある。
日本の尖閣諸島国有化以降、最大の緊張が走った2013年1月のレーダー照射事件にしても、一見したところ喧嘩を売っているようにしか思えないが、これもまた人民解放軍が日本の自衛隊を「信頼」する中で発生した出来事だった。
1回目のレーダー照射は2013年1月19日に起きた。尖閣諸島の北120キロの東シナ海で、海上自衛隊の6000トン級護衛艦と中国海軍の4000トン級フリゲート艦が、28キロ離れて互いに監視していたおり、中国フリゲート艦を偵察中の海上自衛隊の哨戒ヘリに対して火器管制レーダーが照射されたのである。
海上自衛隊の護衛艦は直ちに3キロメートルの距離まで詰め寄り、中国フリゲート艦の出方を見守った。中国側に強力な挑発の意図があれば、この段階でレーダー照射を繰り返し、場合によっては砲身を向けたり、威嚇射撃くらいするかも知れない。しかし、中国フリゲート艦は沈黙し、11日間が経過した1月30日になって1回だけ海上自衛隊の護衛艦に対してレーダーを照射したものの、またしても沈黙してしまった。
この事件については、海上自衛隊出身者までが「現場の暴走」などというコメントを出していたが、「11日間の沈黙」を見れば、コントロールされたレーダー照射だったことが理解できる。
中央の徹底管理下にある軍隊
防衛省防衛研究所の『中国安全保障レポート2012年版』にも特集されていることだが、
中国人民解放軍は中国共産党に歯向かえないよう、徹底したシビリアン・コントロールの仕組みのもと、共産党中央軍事委員会の統制下に置かれている。一個中隊以上の陸軍部隊や戦闘用艦艇には必ず、指揮官と同じ階級の「政治委員」が配属されており、政治委員の署名がない限り現場指揮官の独断で軍事行動できないことになっている。
レーダー照射事件では、海上自衛隊の哨戒ヘリに対する1回目の照射は、あらかじめ定められている交戦規則(ROE)に基づき行われたと思われる。しかし、中国側にとって「想定外」だったのは海上自衛隊護衛艦の急接近で、現場にはこれに対する裁量権がなく、共産党中央軍事委員会の承認が下り、1回だけ照射することが指示されるまで、11日間を要したのだと考えてよい。
少し違った角度から見れば、中国側は海上自衛隊に対する信頼感によってレーダー照射という模擬攻撃を行ったということができる。
海上自衛隊は、米海軍とならんで世界的にも最も洗練された海軍である。1回のレーダー照射くらいで反撃することはない。反撃態勢をとり、回避行動をしながら、全般の状況を把握する高度の能力を備えている。レーダー照射が1回きりなら、詰め寄ることはあっても、安易に火力で反撃するような幼稚な行動には出ない。それを中国海軍は知っており、日本のマスコミが大々的に報道することによって中国国内にもリアルタイムでニュースが伝わり、ナショナリズムに対して弱腰でないことを示す目的で、レーダー照射を行ったと見てよいのである。
このように、中国は緊張状態を一定以上に悪化させないための仕組みを持ち、日本周辺海域においてはそれなりに機能していたのである。
同じ中国の強硬姿勢といっても、戦略的に差別化されている。日本はいま、そうした中国の姿勢を押さえ、シグナルと意図を読み取る中で、対中外交を構築していくことが求められている。
カバー写真=南シナ海でベトナム船に衝突する中国海警の巡視船。前甲板中央の機関砲は上を向いている。(出所・ベトナム政府、提供・時事)