「和解学」創設を——「対日新思考」の馬立誠氏、体調押し講演の旅

政治・外交

馬立誠 MA Licheng

1946年生まれ。中国四川省成都出身。『中国青年報』評論部副主任、『人民日報』評論部主任編集者(論説委員に相当)、香港フェニックステレビ評論員を歴任。2002年、中国のオピニオン雑誌で「対日関係の新思考」を発表。内外で反響を呼ぶ。現在は北京を拠点に言論活動を続けている。著書に、『<反日>からの脱却』(中央公論新社)、『謝罪を越えて――新しい中日関係に向けて』(文春文庫)、『反日――中国は民族主義を越えられるか』(中公文庫)、『歴史的拐点――中国歴朝改革変法実録』、『交鋒三〇年――改革開放四次大争論親歴記』、『当代中国八種社会思潮』(邦訳『中国を動かす八つの思潮――その論争とダイナミズム』科学出版社東京)など。

潮目の変わり目か、習近平総書記のスピーチ

「対日関係の新思考」の提唱者として知られる中国の作家の馬立誠(Ma Licheng)氏が6月上旬に訪日し、東洋学園大学(本部:文京区本郷)を皮切りに各地で講演するなど両国関係の改善に向けて民間人の立場で働きかけを行った。たびたび訪日している馬氏が近年特に重視しているのが日本の若者との交流。6月12日に行われた日本大学文理学部での講演では、日本の若者に対して「これからも日中間には色々な高波が押し寄せてくるでしょうが、長期的な視点に立ってものごとを冷静に考え、両国には和解が必要だとなることが大切です」と心をこめて語りかけた。また、日本記者クラブでは、「戦後70周年の節目の年に当たる今年、両国はともに永遠に再び戦争しないことを誓うべきです」と強く呼びかけた。

68歳になる馬氏は、来日当日に体調を崩し、毎日鍼灸治療を受けながらの、講演や懇親会の消化の日程であった。その背景には習近平・中国共産党総書記が今年5月23日に3000人からなる日本の観光業界訪中団(団長:二階俊博自民党総務会長)に対して行った関係改善を促すスピーチの存在があった。

習総書記のスピーチは、日中関係のニュースとしては久しぶりに馬氏の古巣である中国共産党機関紙、人民日報の一面トップを飾ったほか現地のテレビ・インターネットなど国内メディアで広く伝えられ、関係改善に向けた期待感を抱かせるものだった。馬氏も今年8月の安倍首相による戦後70周年談話に向け、習総書記の対日軟化を受けた日本側の歩み寄りを期待し一連の講演の中で「極めて重要な講話であり、子々孫々までの友好という旗印を鮮明にすべきだ」と紹介している。

「和解学」の提唱

馬氏はまた、「東アジア和解学」の創設について今回初めて日本で本格発信した。これは第2次世界大戦後の日中韓3者の戦後の協力活動を含む歴史を見つめ直し、日中に劣らぬ激しい戦いを繰り広げたドイツ、フランス、ロシアが和解に成功したように、未来志向の関係を築く学問のレベルにまで「和解」の手法、あり方について理解を深めようという内容だ。講演では習総書記の発言を引用し「人類の平和・発展は崇高な事業であり、いかなる国家も暴力によって自らの発展目標を実現しようとする試みはすべて失敗した」という「和解学」の指導的思想を紹介、平和、反省、寛容という3点の重要性を強調している。

「和解学」については今年に入って提唱を開始、この夏には中国国内での呼びかけ強化を計画しており、日本側にもこれに呼応する動きがある。

2002年、「日本はすでに何度も謝罪しており、中国は未来志向で関係構築を進めるべきだ」とする馬氏の「新思考」が公表されると、その内容は内外で大きな反響を呼んだ。日本側の立場と実績にも理解を示し客観的に両国関係を分析しようとする真摯な態度に対し、中国国内のインターネット上では馬氏に対して「漢奸(売国奴)」などの罵声も浴びせられたが、慎重な対応でそうした攻撃をかわし、その後10年以上の間に国内では朱良・元共産党対外連絡部部長から直筆の手紙で支持を受けるなど、彼の主張に対する支持も指導層、経済界、知識人の間に徐々に広がってきたという。

2012年、馬氏は「憎しみに未来はない」(14年に岩波書店から日本語版)を出版、「新思考」のその後をまとめたが、その中で「三・一一大地震が両国の距離を引き寄せた」(第11章)として日中の新たな関係構築に期待を寄せている。今回の一連の講演でも「日本政府は25回謝罪した」と中国側にも日本の対応を評価する理性的な認識があることを改めて紹介したうえで、日本人に対しても「中国と日本は引越しできない隣国であり、その玄関口に壁を築くこともできない」として関係改善の必要性を呼びかけている。

ただ、同氏は同じ12年にも「現代の良書」と国内で高く評価され増刷を重ねた「中国を動かす八つの思潮-その論争とダイナミズム」を出版したばかりの有力なオピニオンリーダーだが、新著はその内容から香港での発行を余儀なくされた。しかし、馬氏は講演の中で「私が来日しこうして皆さんの前で講演できる、これもまた中国の進歩だと考えてほしい」と中国の国内事情に対する理解を繰り返し求めている。

学生との対話

馬立誠氏、日本大学文理学部での講演における学生との質疑は次の通り。

馬氏は今回の訪日に際して、日本の若者との対話に大きな期待を抱いていた。6月12日に日大文理学部(東京都世田谷区)で行われた講演では、かつて静岡大学で『中国は怖い』『いつ攻めてくるんだ』と言われたエピソードも紹介し、「中国は怖いですか」と尋ね、中国国内の良識派の考え方や行動を紹介したスピーチ後に「私の話を聞いてもまだ中国は怖いですか」と丁寧にフォローしている。

ここで、日大の講演での馬氏と学生との主な質疑を紹介する。 

メディアの責任は重い

質問(1年生の女子学生):(中国を好きではない日本人が90%を超えるという)アンケート調査で示された日本人の対中嫌悪感については、一部はテレビ放送などメディアの中で、悪いイメージ、敵がい心をいだかせるものがままあるからではないか。中国について良いことも放送されるとは思うが。中国のメディアも日本について、いいことも言うけど悪いことの方が多いのでしょうか。

 中国と日本のメディアには同じ欠点があります。一部の中国メディアは毎日でも日本をののしる。小さなことはそれなりに、大きなことはもっと大きくののしるということがあります。一方で、日本でも書店で、「もうすぐ崩壊する」、「なぜ崩壊する」、「どうして崩壊する」といった中国崩壊本がたくさん並んでいるとか。

この(お互いの国民の間に嫌悪感を醸成する)メディアの問題というのは両国ともに非常に重い責任があります。メディアはあまりよくありません。

ですから、中国の旅行者が日本に旅行すると、国内の報道を見ていたときに思っていたことと違って実際には、「日本はとってもきれいだし、マナーもいいし、法治の社会だし、どこにも軍事的なことなんてないじゃないか」という発見をします。

だから中国ではこんな言い方があります。「日本に来たことがある人であれば日本に対する考え方が必ず改まる」と。どうですか。

歴史教育の弊害

質問(3年の中国人女子留学生):メディアの宣伝以外に教育の問題もあります。中国では大学の歴史の授業で、教材はすべて戦争のこと。戦争のことを大きく取り上げ、戦後のことはあまり取り上げていない。「憎しみにあふれた教材に未来はない」ということを考えなければならない。

 まったくあなたの意見に賛同します。教育の問題、メディアの問題、色々あります。中国の教育の問題、たくさん問題があることはよくわかっています。日本の教育にも問題はあります。

中国では、特に日本の戦後の歩みについて、日本が人類社会に大きな貢献を果たしてきたこと、そして中国の近代化建設に真に協力をしてきたこと。このことはまったく一言も紹介されていません。多くの中国の人々が、ODAが何かをぜんぜん分かっていません。

日本政府は160ものプロジェクトを支援してくれ、たとえば毎日乗っている北京の地下鉄などが日本の支援によるものだということを知らない人がたくさんいます。

これにはやはり中国のナショナリズムが影響しています。

中国ではみなさんよくご存知の反日ドラマが、もう朝から晩まで放送されています。一説には300もあるという反日ドラマ、歴史の事実にも即しておらず、乱暴な作られ方をしているものがたくさんあります。

そういう放送はまさに憎しみの種をまいている。今日ここで申し上げたことは、私は中国国内でも同じように講演で話しています。

(中国の最高実力者だった)鄧小平はかつて、1980年代に日本の映画やドラマをもっと中国に取り入れて放送すべきだ、中国の人々に見せるべきと自ら指示しました。それによってテレビドラマの「おしん」アニメの「一休さん」、そして、高倉健さんの映画「君よ憤怒の河を渡れ」も当時大人気になりました。当時健さんのファンがたくさん生まれ、そうした映画やドラマによって日本のイメージ、日本人のイメージが大きく変わりました。

かつては戦争で中国人を殺す残虐な日本人というイメージだけだったのが「高倉健さん、格好いいですね。日本の俳優はすばらしいですね」という風に対日観が変わったわけです。

ところがその後はどうでしょうか。それ以来20年間、中国は日本の映画を持ち込んでいません。日本の映画が中国国内で上映されないため、若者の中には「日本はもう映画を製作していない」と誤解している人もいます。

私の大好きな日本映画に「オールウエイズ、三丁目の夕日」という作品があります。

一生懸命経済発展を遂げていた、あの時代というのはまさに中国の今現在の姿です。あの通りなんです。ああいうすばらしい映画をもし中国で上映すれば日本に対する認識というのはもっともっと変わってくると思います。その点で中国の関係部門の政策はやはり問題がある。もっともっと改善すべきだと思います。

しかし、もう一つ申し上げたいのは、(対日新思考を提唱した)私が来日し今日ここ日本大学で講演できた、これもまた中国の進歩だとお考えいただきたいということです。

日中関係に解決はあるのか

質問(3年の男子学生):中国と日本の問題について、中国の内政が不安定なときに対日関係をカードとして使い、ナショナリズムをあおる面があると思う。あえて問題を解決せずあいまいなままにしておき不安定になったときに利用し内政安定に利用しているのでは。

 中日関係にはこれからも色々な高波(波動)が押し寄せてくるでしょうが、今日は(講演の中で)長期的な視点で50年代の毛沢東の話から習近平総書記のお話までいろいろとお話しました。

日本との間に激しい波が立っても風が吹いても、私たちは長期的な視点に立って物事を冷静に考えることが必要です。中日には和解が必要なんだということが主要な考えに(主流に)なっていくことが大切だと思います。

先ほど(講演の中で)温家宝総理、胡錦濤総書記が当時どのように日中関係を考えていたかという発言もご紹介しました。毛沢東、周恩来、鄧小平、そして温家宝総理、胡錦濤総書記、習近平総書記の発言にいたっても言えるのは日中関係は大事だ、和解が大事というのが主流の考え方であるということです。中国の政治のリーダーたちはやはりそう思っています。

ただ、中国と日本の間にはやっぱり複雑な問題があります。みなさんも、たとえば自分の祖父が日本軍に殺された。祖母が、知り合いのだれかが殺された。そういう話をすることもあるかもしれません。現在はまだそうしたことがあります。

あと30年がすぎればそういう状況が変わります。30年なんて、あっという間です。

そうすれば中国政府にも大きな圧力になると思います。

あなた方のような若い学生さんにおじいさん、おばあさんの事情を負わせようというのではありません。若い学生さんに直接関係するわけではないから、歴史上の戦争の責任をみなさん若い人の肩に押し付けてはいけないと思います。

カバー写真=東京都内で記者会見をする馬立誠氏

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