沖村 憲樹:日中の人的交流を通じて両国のサイエンスの発展に貢献
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1万人以上のアジアの若者を日本に
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)は、2014年、日本とアジアの青少年のための科学技術交流事業として「さくらサイエンスプラン」をスタートした。中国、韓国、台湾、シンガポール、フィリピン、バングラデシュ、インドなど東南アジア35カ国・地域の若者を日本に招き、日本の高校・高専・大学・研究機関などで最先端科学を体験してもらうというプログラムだ。17年3月までで来日した若者は延べ約1万2600人。その発起人が沖村だ。
沖村憲樹 さくらサイエンスプランを立ち上げたきっかけとなったのは、尖閣諸島問題による日中関係の悪化でした。当時日中で行われた意識調査によると、中国人の9割が「日本人が嫌い」と答え、日本人の9割が「中国人が嫌い」と答えていました。これは由々しき事態です。フランスとドイツもかつて敵対し合った国ですが、戦後50年間で800万人の青少年交流を行い、関係を良好にしてきました。そのように、人と人は実際に会ってコミュニケーションを図ると互いに理解できるようになります。そうした観点で、日中間の特に若い世代の交流が大切だという考えから、「中国から1万人の若者を日本に招く」というプランを中国総合研究センター長の有馬朗人先生(元東大総長、元文部科学省大臣)と共に文部科学省に提案し、その実現を直訴しました。
その結果、アジア14カ国・地域を対象に、3000人の青少年を日本に招聘(しょうへい)するプランが実現しました。参加者へのアンケートでは、このプランにより日本への印象が良くなったとする人が90%以上、また日本に来たいという人は98%以上にも上りました。実際、初年度に参加した3000人のうち290人以上が留学や研究のために再び日本を訪問しています。
同プランは各国政府からも高く評価されており、中国政府科学技術部は返礼として、日本の若い行政官や大学関係者など78人を招いてくれました。2017年7月に来日した万鋼部長(科学技術相)は、今後、数倍規模の日本の青少年を招く「中国青少年科学技術交流プロジェクト」を実現する予定だとスピーチされました。私自身も中国政府から「中国国際科学技術合作(協力)賞」を受賞しましたが、このプログラムに対する中国政府の協力には本当に感謝しています。
ノーベル賞受賞者による特別授業も
さくらサイエンス・ハイスクールプログラムは、JSTが受入れ機関となり、各国から特に優秀な高校生を招いている。2016年度には対象の35カ国・地域から1100人の高校生が来日。理研や海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究機関を訪問後、主要大学で特別講義を受けた。
沖村 このプログラムの最大の特徴は、ノーベル賞受賞者による特別授業です。白川英樹博士、野依良治博士、益川敏英博士、天野浩博士、大村智博士、梶田隆章博士ら、ノーベル賞受賞者から直接話を聞くことができるとあって大変好評です。特に白川先生はこのプログラムに大変熱心で、自ら指導する実験教室を毎年開催してくれています。この実験のために実験プランを立て、英語の実験ノートを作ることに加え、事前リハーサルを2回行い、実験後は全ての高校生からのコメントに目を通しているそうです。
ほぼボランティアに近いこの活動に、ノーベル賞受賞者がそれほど力を注いでくれているのは、サイエンスに向き合う際の心構えやマインドをアジアの優秀な子どもたちに伝えたいと思っているからでしょう。アジアの中で理系のノーベル賞受賞者はほぼ日本に集中しています。日本にこれだけ優秀なサイエンティストがいるということが、日本のプレゼンスを高める上で大きな力になっているとこのプロジェクトを通して再認識しました。
中国を知りたい、知ってほしい
さくらサイエンスプランではアジア諸国が対象となったが、沖村氏はもともと日中の科学技術分野での情報発信や相互理解を深めるための活動を行ってきた人物。JSTの理事長時代に中国支所を設立し、2006年には中国総合研究センターを設立した。
沖村 JSTの専務理事だった2000年ごろに、日中のジョイントプログラムで中国科学院との調印式に訪れたのが初訪中でした。その時に中国の科学技術の可能性に触れ、もっと中国のことを知りたいと思ったのですが、科学技術面に関しては誰も詳しくは知らないというのです。これまでにさまざまな経緯があったとはいえ、日本からこんなに近く、歴史的にもとても関わりの深い中国についてほとんど知られていないという状況はよろしくない。そこで、当時の文科省内組織として初めてJST中国支所を開設。その後、中国総合研究センターを設立し、科学技術の交流活動を活発化させていきました。
よく知らないのだから、まずは調査するところから始めました。そうして調査した内容を整理したものが「中国科学技術白書」です。白書のデータのほか、中国の大学情報、日中交流に必要なデータ、中国の最新状況などを掲載した「サイエンスポータル・チャイナ」というウェブサイトを立ち上げたところ、1日に3万~4万人が見てくれるようになりました。逆に、日本のことを中国に知ってもらおうと「客観日本」という中国語のサイトもオープン。日本の大学への留学情報や経済、生活、文化と幅広く情報発信し、毎日7万〜8万の中国人が見てくれています。
調査事業とともに交流事業にも力を入れました。2010年からは日本と中国の大学間の交流を促進することを目的とした「日中大学フェア&フォーラム」を開催し、今年で11回目の開催となります。このフェア&フォーラムには、初年度から日中それぞれ50校以上が参加してくれていました。ところが、日中国交回復40周年という記念すべき年に尖閣諸島問題が発覚し、中国から来るはずだった68大学の500人の学生が全員ドタキャンとなったのです。
しかし、ドタキャンになって予算が余ってしまったので(笑)、今度はこちらから中国に行くことにしました。私たちが中国に行くことについて、中国教育部留学サービスセンターの尽力により、中国での開催が可能になりました。
中国政府の科学政策の強さ
中国は今、科学技術において急成長を遂げている。2010年から15年に出版されたトップ10%論文の国別シェアを調べたところ、全27分野のうち化学工業、化学、エネルギー、工学、材料科学の5分野で中国がトップ。スーパーコンピュータ(スパコン)の世界ランキングでも、マシン台数、性能ともに中国がトップになった。しかも、中国のスパコンは中国産チップでそれだけの性能を出している。
沖村 中国政府が特に注力したのが大学改革です。1995年に定められた「211工程」では中国の大学112校に、98年に定めた「985行程」では211工程の中の39大学に対する重点的な投資を決めました。実際、指定された大学には桁違いの研究費が集まるようになっていて、設備面、人材面ともに充実する一方なのですから、研究成果が出るのも当たり前です。
また、中国は留学生対策も国家政策として盛り込み、中国の優秀な学生を積極的に海外に送り出した後、彼らが中国に帰ってくるような仕組みを作りました。以前共産党担当者に聞いたところでは、当時の中国は極貧で、海外に行った留学生が帰ってこなかったそうです。それにもかかわらず、中国政府は人の交流が不可欠だと踏み切ったのです。数十万人単位の海外留学生がいますが、帰国する中国人も毎年増え続けています。こうした取り組みは、日本も大いに学ぶべきです。
強くなる中国と弱くなる日本
勢いを増す中国に比べて、日本の科学技術は危機的な状況にあるといわれる。2017年3月に英科学雑誌ネイチャーが発表した記事によると、日本の科学論文数が4年間で8.3%減少(中国は47.7%増)。この事実に、日本の政府、大学関係者は危機感を募らせている。
沖村 今のところは、さくらサイエンスプランの参加者に「勉強になった。また来たい」と言ってもらえていますが、それも日本のレベルが高い間です。日本にも部分的には優れたところがたくさんありますが、私は数年前から「日本の科学技術はトータルでは中国に負けている」と言い切っています。
将来、中国は経済的、軍事的にさらに強くなるでしょうし、アジアの国々も発展していきます。それに対して日本のプレゼンスが小さくなることを考えると、中国をはじめとしたアジアの国々との共生は不可欠です。そのために最も有効なことは、人と人の交流です。人的なつながりさえあれば、たとえ国家間に軋轢(あつれき)が生じたとしても緩衝材になってくれます。
私はグローバル化こそがイノベーションの一番の近道だと思っています。アジアの優秀な研究者が多数日本に来て、混ざり合ってレベルアップすることはお互いにメリットがあります。さくらサイエンスプランは、アジア諸国のためであると同時に、日本のためにもなるのです。
インタビュー・文=牛島 美笛
撮影=三輪 憲亮