三谷幸喜の「笑いの原点」—最新作は“SF艶笑コメディー”
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アメリカの名作映画やドラマへのオマージュ
「三谷幸喜」と聞いて、多くの日本人がまず思い浮かべるのは1994年に放映開始して第3シーズンまで制作された連続ドラマ『古畑任三郎』シリーズだろう。三谷氏が、大ファンだった『刑事コロンボ』へのオマージュとして脚本を書いたこの人気ドラマにはまった視聴者の中には、メジャーリーガーのイチローもいた。2006年に放映されたスペシャル版では、大好きなドラマへの出演を快諾したイチローが、「日本に帰国したメジャーリーガー・イチロー」として犯人役を演じている。
有名人が殺人を犯す設定は共通しているものの、『古畑』が『刑事コロンボ』と決定的に違うのは、古畑を慕う部下との軽妙なやり取りが大きな魅力のコメディーとして楽しめることだ。三谷脚本のもうひとつの代表作『12人の優しい日本人』は1990年に舞台で初演、翌年映画化された。この作品はタイトルが示す通り、シドニー・ルメット監督の『12人の怒れる男』(1957年)へのオマージュ。ただし、同じ法廷劇でも、こちらはれっきとしたコメディーである。
脚本家、演出家、そして映画監督として活躍する三谷氏の創作のバックボーンは、1950年代~60年代に制作されたハリウッド映画や米国ドラマ、アニメだ。
「僕が子供の頃、『日曜映画劇場』や『月曜映画劇場』など、毎晩のように、吹き替え版の『洋画劇場』があった」と三谷氏は語る。「映画ファンの母が一番よく映画を見ていた20代の頃の作品をテレビでやるようになっていました。それで、50年代、60年代のハリウッド映画を小学校1年生ぐらいの頃から食い入るように見ていたんです」。
ワイルダー監督作品に触発された「SFロマンチック・コメディー」
洋画に見入る三谷少年の印象に強く残ったのが、ジャック・レモン主演の『アパートの鍵貸します』『あなただけ今晩は』『お熱いのがお好き』、そしてオードリー・ヘップバーン主演の『昼下がりの情事』だった。「8歳か9歳の頃に見たので、その頃はもちろんビリー・ワイルダーの存在は知らないし、映画監督という職業も知らなかった。面白いと思った映画が全て同じ監督の作品だと知ったのは、ずっと後になってからです」。
三谷氏の最新作『ギャラクシー街道』(10月24日公開)は、そのビリー・ワイルダー監督によるロマンチック・コメディーへの敬愛の念が根底にある。「ワイルダー作品に刺激を受けていたので、恋愛にまつわるコメディー、ちょっときわどいセックスコメディー的なものを、いつか自分も作ってみたいなという気持ちはありました。もちろんワイルダー監督にかなうワケがないから、違うアプローチ、ワイルダーさんがつくっていないジャンル―SF、 群像劇―を取り入れることで、自分に引き寄せることをねらいました」。
宇宙にある流行らないハンバーガーショップを舞台にした作品世界でイメージしたのは、「1960年代の人たちが考えた未来、つまり未来を描いているけれどどこか懐かしい。『宇宙家族ジェットソン』『宇宙家族ロビンソン』みたいな世界」だという。また、今回は三谷氏がこだわる「シチュエーション・コメディー」、シットコム(sitcom)でもある。
「僕が考える“シットコム”は、テレビで見ていたアメリカのコメディ―です。いつも場所が限定されていて、登場人物は誰も成長しない。いつ見ても同じような人たちが同じようなことをしている。例えば、10年近く続いた『奥さまは魔女』は、どの回から見ても面白い。そういう世界観が好きです。今回の映画も、宇宙のハンバーガーショップを舞台に、ノアとノエ(主人公のカップル)がレギュラーで、毎回いろんな宇宙人がやってくるシットコムの“第253話”みたいなつもりでつくりました。いくらでも話が続けられる」
日本では「異端」、“シットコム”へのこだわり
楽しみながら数々のコメディーを生み出している印象の三谷氏だが、自分自身は「異端」だと感じているようだ。
「“シットコム”は基本的には会話劇で、会話の面白さと人間関係の面白さだけで見せていくものです。そもそも日本の文化の中にコメディーはなかなか根付かない。例えば映画で日本の代表的コメディーは何かと聞かれて 純然たるコメディーとしてタイトルを挙げることができる作品はそんなにない」
「アメリカでは10年ぐらい前、歴代コメディー100【編集部注:AFI's 100 Funniest American Movies Of All Time】を選んだけれど、それは日本ではできない気がする コメディーをつくるということ自体が、ある種異端です。その中でも、会話で見せるコメディーはほとんどないし、異端の異端かもしれません」
一方、三谷コメディーは海外でも人気だ。1993年の自身の舞台作品を映画化した初監督映画『ラヂオの時間』はベルリン国際映画祭で審査員特別表彰を受賞。その時の印象を三谷氏はこう語る。「ベルリンで上映したとき、一番後ろで見ていました。上映中は笑い声しか聞こえてこないし、日本の映画館より“笑いどころ”が多かった。明かりがついたとき、ドイツ人ばかりだということに、あらためてびっくりしました」。
『THE 有頂天ホテル』(2006年)、『ザ・マジックアワー』(2008年)、『ステキな金縛り』(2011年)は台湾、韓国でも上映され、「特に台湾では『ザ・マジックアワー』が喜劇映画の代名詞になっている」といわれたそうだ。今回の『ギャラクシー街道』も「会話劇ですが、日本語でなければ成立しないような言葉遊びは一切ない。うまく各国の言葉に翻訳できれば、世界中で楽しんでもらえると思います」。
あくまでも“いち映画ファン”の脚本家として
映画監督としての作品は『ギャラクシー街道』で7作目。その間にテレビドラマの脚本、そして数多くの舞台の脚本・演出を手掛けてきた。「映画監督である前に映画ファン」と公言する三谷氏だが、自分のバックボーンはあくまでも脚本家だという。
「一番大事なのは脚本を書くこと。その時間をきっちりキープします。それがなくなってしまうようでは、映画も撮れないし、舞台の演出もできません」と三谷氏はきっぱり言う。
当面は来年1月から放映開始のNHK大河ドラマ『真田丸』の脚本に集中している。「今は週1本書かないといけないペースになってきているので、毎日、ほぼずっと書いています」。
無声映画、戦争映画、ミュージカルにも挑戦したい
多忙を極める中でも、数年に1本のペースで映画を撮るのは自分にとっての楽しみなのだという三谷氏。だからこそ、映画に対する夢はつきないようだ。
「基本的に自分は脚本家ですから、脚本家がつくった映画というスタンスは崩れないし崩さない。とりあえず自分はいち映画ファンという割り切りができているので、自分が楽しんできたいろいろなジャンルを自分が再構築したいという、ある種の趣味みたいなところがあります。時代劇、SFはやったので、無声映画、戦争映画、ミュージカルもやってみたい」
オリジナル・ミュージカルの可能性に関しては、DVDで見たクレイジーキャッツのコントのひとつに刺激を受けたという。書き割りの宇宙空間で植木等が、重力何のそので「歌い踊るのがかっこよかった」。今回の『ギャラクシー街道』も“ミュージカルシーン”で締めくくられているが、近い将来、本格的な三谷版ミュージカル映画が登場するかもしれない。
取材・文:板倉君枝(ニッポンドットコム編集部)
タイトル写真=映画『ギャラクシー街道』のヒロイン、ノエを演じる綾瀬はるか(左)を演出する三谷幸喜監督 (C)2015フジテレビ 東宝