中国は、今まさに『知日』の時代
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毛丹青教授は「日本をそのまま表現すること」がひとつの使命だと公言してはばからないが、中国国内でも中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」のフォロワーが約60万人以上という人気の言論人だ。ノーベル文学賞作家の莫言氏と親しい毛さんだが、なぜそこまで日本を愛し、日本に入れ込むのか、本音をたっぷり聞かないわけにはいかない。
毛教授とのインタビューは、神戸国際大学の研究室で行われた。部屋には、雑誌『知日』の宣伝用の赤いのぼりや自著などが並べられ、研究室というより“知的創作室”といった印象。窓から見える海を背景に、白いアゴひげを蓄えた毛さんは切り出した。
日本に特化した初の雑誌『知日』
「雑誌『知日』は“日本を知る”ということがコンセプトです。尖閣諸島付近での中国漁船衝突事件で日中間の緊張感が高まっていた2011年、北京で創刊しました。雑誌づくりは私のアイデアであるとともに、中国人青年で現在編集長をやっている蘇静(そせい=31)君が『やりたい』と言い出したことがきっかけです。彼は日本語の勉強をしたこともなく、日本語も読めない。しかし、彼は村上春樹の大ファンで、中国語訳のすべての村上作品を読了し、細部まで記憶している。彼と酒を飲み、意気投合し出版することになったのです。それまで、中国には日本文化に特化した雑誌はありませんでした」
——10号以上出版し、どれも5万部以上、中には10万部も売れるヒットだそうですね。
「中国読者の細かいニーズを知るのは、中国の心臓部・北京で反日デモを目の当たりにしている青年編集長。私は、日本からの情報提供。ポリシーは、中国人読者の欲求を単に満たすだけのものではありません。日本の読者をも『あっ』と驚かせるテーマづくりです。日本を描きながら日本人にも読んでもらえるとの自負を持っています。日本人読者は中国語が読めなくとも、写真、イラスト、雰囲気で分かるようにしています」
中国、本当にいま“日本を消費”するとき
毛さんによると、『知日』のこれまでの特集は、「明治維新」、「制服」、「猫」、「鉄道」、「妖怪」、「森ガール」などで、1号がひとつのテーマのコンテンツで丸々埋め尽くされている。一番売れたのは「猫」で、10万部を超えたという。
蘇編集長が来日したときは、「2人で半日以上本屋にいる」という。素材は、“日本そのもの”であり、2人は議論しない。毛さんは「いい雑誌は、議論しながらではできない」と強調する。
最新号のテーマは「禅」。狙いは「普遍的な価値、人類共通の価値観」だとしながらも、「日本のお寺のような心が落ち着く場所がない国は、いい国ではない」というような単純明快なキャッチコピーを作り出さなければだめだという。
——日中両国の「親近感」調査は悪化するばかりです。中国の若者にとって日本の文化はどう映っているのですか。
「『知』への欲求を満たしてくれるのが日本文化です。今、中国には日本文化を消費する時代が本当に到来しています。これは重要なキーワードです。北京や、上海の本屋の外国文学の棚の7~8割は日本の小説です。日本の出版物への人気はダントツで、小説だけではなく、ファッション誌、女性誌も一緒。尖閣諸島問題の一方で、中国の若者や学者らが日本へのまなざしを強め、好奇心にあふれている状況です」
——本当ですか。
「『知日』の創刊日は、漁船衝突から3カ月後でした。考えられないことをあえてやった。それを支えてくれた人がいたからです。日中関係を見るときは、ひとつの側面だけを見るのではなく、立体的に見なければいけませんね」
阪神大震災で目撃した慈悲深き光景
毛教授は1985年に北京大学東方言語文学部を卒業後、中国社会科学院哲学研究所で2年間、研究助手を務めたエリート中のエリートだ。しかし、1987年、25歳の時に三重大学に留学する。やがて、魚屋でアルバイトを始めたが、その理由は簡単「カネがなくて困っていたから」。エリートの看板を脱ぎ捨て、日本で社会人として働き、魚屋から商社に移り、十数年稼ぎまくって、大金を得た。
大金を手にしながら毛さんは、それを軍資金に日本各地を旅行し続けた。まさに「行動する知識人」と化し、感性に従って日本の原風景を探り続けた。その成果が、1998年刊行の『にっぽん虫の眼紀行』(法蔵館、のち文春文庫)であり、翌99年、第28回神戸ブルーメール文学賞を受賞した。
日本各地での交流を通じて、作家としての毛さんは「言葉と文学」の世界を大きく広げた。まさに“マオ・ワールド”は、外国人の目で日本の国民性や特異性を論じたりするのではなく、日常生活の中の日本人、ありのままの日本の文化と自然を描くことで、日本人の心に迫った。
——毛さんは1995年の阪神淡路大震災で被災され、自著にも書かれたように、忘れ得ぬ悲しい場面に遭遇されていますね。
「95年の震災で、僕も被災し住んでいた家も半壊しました。神戸市内で火事が起きているのに渋滞で消防車が来ない、水もない。一番忘れられないのは、中年の男が『燃えている家の中に娘がいる』と叫んでいた場面。消防車、消防士がいるのに水が来なかったために、結局、娘さんは焼死してしまった。男性が娘さんの遺体と一緒に出てきた時、消防士がずらりと並んでいる。自分の娘を目の前でなくした気持ちを想像したら、怒りですよね」
「ところが、男性は娘さんの遺体を抱きながら、深々とお辞儀をして、突然叫ぶように『みなさん、お疲れさまでした。亡くなった娘に代わってお礼申し上げます。ありがとう』と言ったと思ったら、静かにその場を去って行ってしまった。みな、驚きましたね。僕は、目の前が涙でぼやけてしまった。僕はああいうことこそ“耐える力”だと思った。『日本はこうなんだ』と思った」
キーワードは「拡散」、爆発的な表現力が不可欠
——日本人の耐える力ですか。
「日本人の気質かもしれませんが、耐える力は非常に強い。強すぎて困ってしまうこともある。しかし、うまく、爆発的に表現するところが欠けていると思います。日本文化を見るときに大好きなキーワードがあります。ひとつは『職人』で、ひたすらひとつのことを極める、追求する性質。もうひとつは、『儀式』です。『儀式』とは祭りです。毎年のように、同じことをパターン化して参加してもらう」
「このふたつが継続なんですね。爆発的に表現することにはあまりプラスにならない。しかし、目まぐるしく変わる今の時代についていくために、瞬間的にものを達成するノウハウ、つまり爆発的に表現する力を必要としています」
——日本人は、自己表現が苦手で、異文化交流が下手なのでしょうか。
「今の時代のキーワードは『拡散』。(日本には)拡散の力が足りないと思います。自分を主張する技が非常に重要。日本人に比べると、中国の若者はその正反対で、維持する力がないのに、拡散力は爆発的に持っている。瞬間的に物事を達成できるのに、中国人は維持力不足で、途中で放り出してしまう欠点がありますね」
クールジャパンの効果に疑問
毛教授は、神戸国際大学で都市環境、観光学を教えている。同時に、国土交通省や民間観光事業などの仕事などにも参画してきた。それだけに、毛教授の目には、日本の「内向き」加減が映るとともに、“クールジャパン”の在り方にも疑問を感じているという。
——多文化時代における日本の対外発信、文化交流、観光行政をどう見ていますか。
「国土交通省の仕事を何年も続けてきました。少し辛口かもしれませんが、行政は人事がコロコロ変わりすぎです。文化事業で国のイメージを良くするには、専門家が長期的にやらないとだめです。現場にたずさわる専門家を育てなければなりません。文化は目に見えない。僕が歌を1曲歌っても、文化ではありません。イメージなのです。小説は読んだあとに心に残ったものが文化だと思います」
——方針や運営方法があいまいだということですね。
「文化で自国のイメージアップをすることは、どの国でもやっています。しかし、肌に合うかどうかです。クールジャパンに疑問を持っているのですが、日本で流通しているアニメやフィギュアを世界に持って行って同じようにはやるのではないか、というのは大いに間違いです。それを受け入れる背景が違うからです。日本の野球マンガ『巨人の星』をインドで人気のスポーツ、クリケットに置き換えてつくったインド版巨人の星が人気のようです。セリフを吹き替えるだけでなく、インドの文化を尊重しながら内容を大幅に手直ししたそうです」
——しっかりとした背景がなければいけない。
「大局的に見なければいけません。日本の花を向こうに持って行っても、水に合わないかもしれない。政府はクールジャパンの大きな予算を組んでいますが、クールジャパンは果たして日本のイメージアップになったのか。むしろ、日本は村上春樹の小説を通して世界に知られるようになったのではないですか?」
「2つの『M』、つまりマンガと村上春樹の方が重要ではないか。村上作品のメカニズム、なぜ村上作品がここまで世界に知られるようになったかを研究するべきです。これはひとつの成功例として日本の文化政策の重要な実例になります」
漢字文化圏こそ、日中共通の基盤
——『知日』が中国でうける背景のひとつには漢字文化圏があるからだと思います。日本の文化が世界中で大きく動いていることは、同時に漢字文化圏を動かす起爆剤になると想像するのですが。
「おっしゃる通りです。私たちは、特集で『和製漢字』『和訳漢字』をやろうと思っています。現代中国語の名詞は、多くが日本から来ました。「共産党」もです。明治時代の哲学者、西周さんが、たくさんの西洋の“横文字”を“縦文字”にし、そのまま中国に持ち込みました。漢字交流は、われわれの基盤そのものです。日本を知ることは、中国人のためにもなります。日本の知恵は中国人の鏡のようなもので、中国の姿がくっきりと日本という鏡に映っているのかもしれません。漢字文化圏がなければ、中国人の手による『知日』を作ることは不可能だった」
——漢字は視覚的で、まさに「アイコン」。今のウェブ時代に、アイコン性を持つ漢字文化は、大きく生まれ変わりつつあります。
「その通りですね。要は映像、絵です。『知日』のデザイナーは日本のデザイン、文字にすごく興味を持っています。同じ漢字をどう料理するのか、そこが魅力そのものです」
「情報削除の時代」に生きる
——最後に、最近求められる「グローバル人材」は英語ができればいいというわけではありません。どのように人材を育成すればいいと考えますか。
「クロスカルチャーは、自分自身をよく知ることからスタートしなければいけません。英語を勉強さえすればグローバル人材になるわけではありません。誰よりも自分の生い立ち、自分の文化をしっかり知らなければ、外には出ていけない。言葉だけのグローバルではなく、すべて足元からスタートせよと言いたいですね」
「それから、情報だけではグローバルではありません。携帯電話やPCには情報がありすぎて、選択できない、削除に追われる日々です。われわれはいま削除の時代で、守りに入っているのです。多くの情報の誘惑に負けずにアイデンティティーを持たないといけない。自国の文化を深く知らなければならない。それがグローバル人材の育成の前提条件だと思います」
聞き手=原野 城治(一般財団法人ニッポンドットコム代表理事)