スポーツには、人を変える力がある

社会

2020年夏季五輪の開催地が、今年9月7日に決まる。招致活動の最前線で活躍する竹田恆和・東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会理事長に、招致活動の手応えを聞いた。

竹田 恆和 TAKEDA Tsunekazu

1947年生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。1972年ミュンヘン大会、1976年モントリオール大会の馬術日本代表として出場。現在、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会理事長、日本オリンピック委員会(JOC)会長、国際オリンピック委員会 (IOC) 委員を務める。

招致活動に手応え

——2020年オリンピック・パラリンピック大会の招致活動も大詰めに入りましたが、ここまでの手応えはいかがですか?

「2016年大会の招致活動の時と比べて、感触はとても良いです。それは、今回は招致を成功させるための準備がきちんと整っているからだと思います。ただ、いつ、どこで、どういう風が吹くかわからないので、最後まで気を抜くことなく努力していきます。

国内支持率も上昇しています。2012年5月のIOCの公式発表では47%でしたが、今年3月には70%に到達しました。当初目標が70%だったので、その目標を達成できたことで私たちも安心しています。支持率上昇には様々な要因がありますが、過去最高38個のメダルを獲得した、昨年のロンドン大会での日本代表選手団の活躍が大きかったと思います。

2016年大会の招致活動とは異なり、今回は招致委員会の他に評議会を立ち上げました。招致委員会のアドバイザリーボード的な役割で、政治、経済、スポーツ界のトップの方々に入っていただき、招致活動を多面的に展開できた効果は大きかったですね」

ロシア・サンクトペテルブルクで開催されたスポーツアコード会議でのプレゼンテーション(TOKYO2020/Shugo TAKEMI)

 

スポーツの力で被災地に夢と希望を

——東京大会の開催意義の一つに、東日本大震災からの復興があります。国際的にどのようにアピールしていますか?

「2011年3月11日の東日本大震災の後、JOCや各競技団体はスポーツに何ができるのか、について真剣に議論してきました。これまでオリンピック・パラリンピック大会や世界選手権などで、国民から多くの応援をいただいたことが選手にとって大きなパワーになりました。今こそ、選手が被災地の方々の力になる時だということで、多くのオリンピアンが被災地に駆けつけました。

JOCもオリンピックデー・フェスタという、スポーツを通じて被災地の子どもたちと触れ合うイベントを行っています。日本だけでなく海外からのオリンピアンにも参加してもらいました。参加した子どもたちの中には震災で親を亡くした子どももいました。最初は不安そうな顔をしていましたが、選手たちと一緒に汗を流すうちに、素晴らしい笑顔を見せてくれました。私も参加して、スポーツの力を実感しました。

実は東京よりも東北3県の方が開催支持率が高かったのです。それは東日本大震災を経験された方々が、スポーツが希望と夢をくれることを目の当たりにされたからではないでしょうか」

アジア太平洋地域に多大なインパクト

——21世紀は「太平洋の世紀」と言われています。2020年に東京大会が開催されれば、東アジアを含む太平洋地域に大きなインパクトを与えると思いますが、アジア諸国の反応はいかがですか?

「2020年の東京大会が実現すれば、アジアでは初の2回目の開催となります。アジアは人口面、経済面からみても将来期待された地域でもあります。特に、中国、韓国、日本は世界の中でもスポーツ大国として素晴らしい成績を残しています。そういう意味でも2020年にアジアでオリンピック・パラリンピックを開催する意義は大いにありますし、アジアの皆さんもアジアでの開催を望んでいると思っています。

私たちが世界にアピールしているのは、1964年の東京大会開催の経験をいかした、2回目だからこそできるオリンピック・パラリンピックです。インフラ、ホテル、競技施設はすでに出来上がっているので、大きな費用をかける必要はありません。華美になりすぎず、オリンピックの原点に戻り、かつ将来のモデルになるような、安心・安全・確実な大会を目指します。

日本は今、少子高齢化がものすごいスピードで進んでいます。先進国が将来抱える難しい課題に日本は先行して取り組んでおり、その意味でもオリンピック・パラリンピックの位置づけはさらに重要になってきます。2020年東京大会を機に、バリアフリー化も進み、障がい者の方がスポーツに参加する機会も多くなると思います」

日本の国際力・発信力の強化を

——招致のロビー活動は大変だと思います。招致活動の最前線にいらっしゃいますが、日本の対外発信力は十分でしょうか?

「日本はスポーツ界だけでなく、各界の国際力が弱いと思います。言語や地理的なこともありますが、各競技団体はもっと国際化を進めていかないといけません。しかし、今、日本政府、経済界、スポーツ界、自治体が一丸となって招致に動いていることは非常に大きなパワーになっています。海外のネットワークも前回の招致活動の時より広がっています。良い結果に結びつくのではないか、と期待しています」

世界平和に貢献するムーブメントを継承

——日本女子柔道界で体罰問題が生じました。フェアプレイ精神を重んじるオリンピック・パラリンピック招致活動の中で、このような事態が生じたことについてどのように考えていますか?

「非常に残念です。オリンピック憲章でもはっきりとスポーツに暴力が入る余地があってはいけないと書いてありますから。本当の意味での『強化』と『暴力』をはっきり線引きする必要があります。暴力は根絶していかなければいけません。

大会に出場するためには、選手たちは人間の限界に迫るほどの努力が必要です。スポーツには人を変える力があります。スポーツは人間としての豊かさや夢、希望を醸し出す源になっています。選手たちの努力の過程が人間性をさらに豊かにしてくれると思います。

私は1972年のミュンヘン大会、1976年のモントリオール大会に馬術の日本代表として出場しました。選手、日本代表選手団長、招致活動の体験を通じて感じるのは、オリンピック・パラリンピックは誇りと自信を私たちに与えてくれるということです。スポーツを通じて世界平和に貢献するというオリンピックムーブメントを尊重しながら、これからの若い世代にスポーツの価値と魅力を伝えていきたい。そのためにも東京開催を実現したいと思っています」

聞き手=原野 城治(一般財団法人ニッポンドットコム代表理事)
撮影=大久保 惠造