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香西宏昭:ドイツでも活躍、車いすバスケットボールの日本代表エース

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吉井 妙子 【Profile】

イリノイ大学の車いすバスケットボールチームでキャプテンを務め、卒業後はドイツ1部リーグ・ブンデスリーガでプロ選手として活躍する香西宏昭選手。言葉や文化の壁を越えて鍛え上げた実力で、日本代表チームを引っ張っている。

香西 宏昭 KŌZAI Hiroaki

1988年7月14日生まれ。千葉県出身。先天性両下肢欠損(膝上)。12歳の時に車いすバスケットボールに出会い、名門「千葉ホークス」に参加。同チームで2001年、及川晋平(現日本代表ヘッドコーチ)と出会い、世界へ挑戦するきっかけとなる「第1回札幌キャンプ(現Jキャンプ)」に参加。講師として来日していたイリノイ大学車いすバスケットボール部ヘッドコーチのマイク・フログリー氏と出会う。高校1年生の時にジュニア日本代表に選ばれる。米国で2年半英語を勉強したのち、10年1月にイリノイ大学に編入。フログリー氏の指導の下、車いすバスケットボールの戦略や技術を学ぶ。同年の全米大学選手権優勝。12年、13年には全米大学リーグのシーズンMVPを2年連続で受賞、キャプテンとしてもチームをけん引。13年に卒業後はドイツのBG Baskets Hamburgでプロとして活躍、17年からは強豪RSV Lahn-Dillに移籍。14年、日本での所属チームを千葉ホークスから「NO EXCUSE」に変更。

「人生の師」と出会い、イリノイ大学に留学

中学1年の時に及川らが主宰するJキャンプに参加。そこで人生の師ともいえる車いすバスケの世界的な名コーチ、マイク・フログリーに出会った。このキャンプでフログリーから『10年後が楽しみで賞』を授与された香西は、車いすバスケにのめり込んだ。

高校1年でジュニア日本代表に選抜され、世界遠征に出向くようになると、世界が急に身近になった。

「中学の頃から、マイクさんにアメリカに来ないかと誘われていたのですが、あまりピンと来なくて…。でも高校生になってアメリカの大学を意識するようになったんです」

父は息子のそんな心の内を読んでいた。高1のある日、父にこうただされた。

「お前はアメリカの大学に行きたいのか?はっきりしてくれないとお金の算段がある。留学費用は即座に出せる金額ではないからね」

香西は悩んだ末に「行きたい」と宣言。高校卒業後の米国行きは取りも直さず、フログリーがバスケットボールを指導するイリノイ大学への進学を意味した。

出発1週間前になると不安と恐怖で食事がのどを通らなくなった。英語もろくに話せない自分が米国で一人暮らせるのか。車いすバスケの実力が通用するのか。考えることすべてが不安だらけだった。

「出発する日は大泣き。しゃくり上げて泣きじゃくりました」

「文武両道」で結果を出し、ドイツで技を磨く

渡米後、香西の生真面目さと真摯(しんし)な態度は、言葉の壁を打ち破る。まずイリノイ大学のコミュニテイーカレッジに通いながら英語を学び、大学でマイクの指導を仰ぎバスケの腕を磨いた。2年半後にイリノイ大学の編入試験に合格、スポーツマネジメントを専攻する。車いすバスケの仲間たちが、自分のこと以上に喜んでくれた。

「マイクは文武両道を求めたので、バスケと勉強で毎日必死でした。1日の時間割をこなすのに精いっぱいで、米国にいた6年間、つらいとか苦しいなんて思う感情すら湧きませんでした」

大学では主将を務め、大学選手権では2度のシーズンMVPに輝いた。だが、香西は車いすバスケでの栄光より、大学を無事卒業した時に初めて「自分を褒めたくなった」と言う。

「オレ、ついにやり遂げたんだなあって…」

卒業後は米国にとどまるか日本に帰国する選択肢もあったが、あえて環境の異なるドイツ・ブンデスリーガでプロとしてプレーする道を選んだ。世界トップレベルの選手が集まる厳しい環境にプロとして身を置くことでさらに自分を鍛え、実力を磨けると考えたからだ。さらなる進化を求めて移籍した強豪ランディルでのシーズンを終え、今後はパラリンピック東京大会に照準を合わせてドイツでの経験を日本代表チームの中で生かし、伝えることも意識している。

世界を知る香西は、自らを含めた日本代表チームのレベルアップを信じている。日本人の器用さや俊敏さを生かしたメイドインジャパンの「トランジションバスケ」の精度を高めれば、きっと黄金の扉をこじ開けられるはずだと。 (文中敬称略)

インタビュー撮影:花井 智子

(撮影協力:オリエンタルホテル東京ベイ)

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ジャーナリスト。宮城県出身。朝日新聞社に13年勤務し、1991年に独立。同年、『帰らざる季節 中嶋悟F1五年目の真実』(文芸春秋) でミズノスポーツライター賞受賞。『日の丸女子バレー ニッポンはなぜ強いのか』(文芸春秋、2013年)、『天才を作る親たちのルール』(文芸春秋、2016年)など著書多数。

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