離島シリーズ4 志々島(香川県三豊市): 映画人に愛された島
Guideto Japan
旅 Cinema- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
まず驚かされる小さな家
連絡船で志々島の港に入っていくと、小人の住むリリパット国に漂着したガリバーになったような錯覚に陥るだろう。普通の大きさの家々が立ち並ぶ集落に接して、小さな家がひしめきあう一角がある。初めて目にする人は一体あれはなんだろうと自問し、分かりかねて混乱する。
上陸してその不思議な場所へ向かうと、墓地だという案内板がある。最近、訪れる人が増えたので建てられたようだ。群がる小さな家々は、島の人々が先祖の亡きがらを土葬した上に設けられた霊屋(たまや)だという。つまり墓の上に置かれた雨覆い(あまおおい)である。志々島が属する塩飽(しわく)諸島では、遺体を葬る「埋め墓」と拝むための「詣(まい)り墓」を作る両墓制という風習が今も受け継がれている。かつては他地域にもあった習慣だが、分かりやすい形で残っているのは、同諸島の佐柳島(さなぎしま)や高見島ぐらいになってしまった。
島民の多くは港近くの埋め墓にお参りし、高台にある寺の詣り墓にはあまり行かない。高齢者が多くなり、急坂を登るのが大変だからだ。
志々島のような霊屋は、他の島ではほとんど見かけない。あったとしても白木のもので、鮮やかな色に塗られることはない。霊屋が色とりどりなのは、船に塗るペンキの余りを利用したからだという。観光スポットではなく祈りの場であることを理解して、このカラフルな墓地をぜひ訪ねてほしい。
愁いを帯びた樹齢1200年のクスノキ
農漁業が盛んだった明治・大正期、志々島には1000人以上が住んでいた。その後、過疎化が進み現在の人口は20人足らず。目立った観光地もないが、樹齢1200年ともいわれる四国でも珍しい大楠(くす)に一目会いたいと訪れる人が増えている。行楽シーズンの週末ともなると、朝一番の船でやって来て、最終便で帰っていく人たちが目に付く。
集落の上へと続く急坂を登り詰め、小さな峠を越えたくぼ地にそびえる大楠まで、徒歩で15分ほど。道案内が整備され、自由に使えるつえも用意されているので、ハイキング感覚で訪ねればいい。集落内を縫う坂ばかりの狭い路地を歩くと、島に自動車が1台もない理由がよく分かる
昭和30年代あたりで時間が止まってしまったような家並みは、旅人の郷愁を駆り立てずにはおかない。大楠や集落のたたずまいに魅せられた映画人も多いようで、『男はつらいよ 寅次郎の縁談』(山田洋二監督、1993年)や『機関車先生』(廣木隆一監督、2004年)、さぬき映画祭準グランプリを受賞した日中共同制作の『チンゲンサイの夏休み』(翁志文監督、2011年)のロケ地となっている。
大楠の存在感は圧倒的で、見つめているうちに涙ぐむ人もいるほどだ。幹回り12メートルで、高さが40メートルもある。まれに見るパワースポットで、この巨樹に会うためだけに遠方から訪れる人もいれば、魅せられて島に移り住んだ人もいる。
樹齢1000年を超えるような巨樹は必ずと言っていいほど大地をわしづかみするように根を張っているが、この大楠は根元が見えず地中から出た幹から太い枝を何本も広げている。かつて周辺に集落があったが、大規模な土砂崩れで壊滅し、根元はその時に埋もれてしまった。悲しい歴史を目の当たりにしている大楠は、どこか愁いを帯びた表情を見せている。
数年前に、島民が協力し合って大楠の上の高台に休憩所を設け、「楠の倉展望台」と名付けた。北に岡山県の笠岡諸島、東に高見島や広島、瀬戸大橋、南に四国本土のコンビナートや山々が一望できる絶景の地だ。また、こんもりと茂った大楠を足元に見下ろせるのも、ここだけの貴重な巨樹体験だ。
珍しい発酵茶で作る島の茶がゆ
ミニコンサートやフリーマーケットなど島で行われるイベントでは、郷土料理の茶がゆがふるまわれることがある。本場奈良ではほうじ茶の茶がゆだが、志々島では碁石茶が使われる。
最長老の上田富子さんから聞いた話が忘れられない。
「子どもの頃は島の井戸水が一番うまいと思っていたが、一度島から出て戻ってきたら、辛うて飲めん。でも、あの塩辛い水が、碁石茶には合うんです」
現在、水道水は四国本土から海底送水されているが、碁石茶には島の水がいいと上田さんは言う。
碁石茶は高知県大豊町だけで作られる珍しい発酵茶。地元では飲まれず、大半が讃岐の島々へ送られる。生産者が1軒だけになり存続が危ぶまれたが、健康食品として注目されて今では生産組合もできている。ただし、値段は10倍ほどに跳ね上がってしまった。
志々島の茶がゆは、碁石茶、米、サツマイモ、そら豆だけで調味料を使わない。ほのかな酸味とかすかなえぐみ、独特の発酵臭でかなり癖のあるおかゆだが、だからこそ一度気に入ると虜(とりこ)になってしまうのだ。
■データ
写真と文=斎藤 潤 バナー写真=樹齢1200年の大楠