トモエそろばん:電卓時代を乗り越え、新たな活路を開く
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最近、いつそろばんを使いましたか?
こう尋ねられたら、ほとんどの人が「もう長いこと触っていない」と答えるに違いない。電卓の台頭で、そろばんは家庭からもオフィスからも姿を消した。電卓すら、いまやスマートフォンに置き換わりつつある。デジタル時代の進行とともに、そろばん市場は大幅に縮小し、ピーク時には20社近くあったそろばんメーカーもいまや数社を残すのみだ。
しかし、アナログなそろばんは意外なところで活路を広げ、たくましく生き続けている。
子どもの習い事に定着、認知症予防にも
そろばんの活路その1は、子どもたちの習い事としての需要だ。そろばんメーカーの最大手であるトモエ算盤(東京・四谷)の藤本トモエ社長は言う。
「昔はお稽古ごとといえば、そろばんと書道が定番でした。その後、水泳や英会話など選択肢が著しく増えたため、そろばんの影は薄くなっていましたが、2000年ごろに大学生の基礎計算力が下がっていることが話題になり、足し算や引き算の能力を鍛えるためのツールとしてそろばんが再び注目され、最近は人気が復活しているんですよ。習い事として子どもに習わせたいお稽古ごとのベスト10に、いつもランクインしています」
明治時代の教科書にも掲載されていたそろばんを復活させた同社の製品「百玉そろばん」も、そろばんの普及に一役買っている。玉の列を10段設け、100までの数遊びを可能にした。数の概念への理解を深めやすいと小学校低学年の算数の授業に取り入れられている。電卓やスマホアプリで簡単に計算ができる時代だからこそ、数値を「見える化」し、人間の計算能力を引き出すそろばんが、「子どもたちの能力を活性化するツール」として脚光を浴びているようだ。
第2は、認知症予防のツールとしての活路だ。
「単純な計算は脳の血流量を増やすとされています。指を使うそろばんには、血流量が増す効果も期待できるので、弊社ではデイケアセンターなどを対象に認知症予防のためのそろばん講座を実施しています。参加者には好評ですよ。もちろん、中にはそろばんなんかやりたくないという方もいらっしゃるので、そろばんでビンゴをしたり、カードと合わせて使ったり、いろいろな方法を取り入れています。一番大きな効果はコミュニケーションが活発になることかもしれません。高齢者は会話が少なくなりがち。そろばんを使って、会話の機会を意識的に作ってあげる工夫が欠かせません」(藤本社長)
海外のそろばんファン育成
子どもや高齢者にそろばんを指導してきた豊富な経験から培った「教えるノウハウ」。これがいま海外からも注目されている。そう、第3の活路は海外だ。
トモエ算盤は先代の藤本勇治氏が、兵庫から上京して大正7年(1918年)に創業。早くから海外市場に目を向け、1960年には貿易課を社内に設置。海外に向けて販促活動を行い、注文を受け始めた。使い方のテキストも、英語を始め、ドイツ語、フランス語、スペイン語、デンマーク語、エスペラント語の6カ国語で作成している。
ハードとソフトの両輪で海外市場の開拓を進めてきた創業者の遺志を継いでいるのが、娘の藤本トモエ社長だ。父親が急逝した後、高校英語教師の職を辞し、家業を継いだ藤本社長は卓越した英語力を生かして、海外のそろばんファン育成に力を注いでいる。
「96年にはウェブサイトを開設し、ネット通販中心に切り替えました。クレジットカードが使えるようになったので作業もずいぶんと効率化できた。いまでは本当にたくさんの国から問い合わせがありますよ」
そろばんに触れてもらう機会を増やすため講習会も熱心に開催しているが、数年前にはそろばんを使ったことがあるという大学教師のトルコ人から、こんな要請があったという。
「自分の国でそろばんを広めたいから、ノウハウを教えてほしいと連絡がありました。東京で2日間コースの講習会を受けてもらったところ、いまではトルコで500人のそろばんの先生を養成し、生徒の数も2万5000人に増えていると聞きました。大学の先生でしたが、商売がうまいことにはびっくりです(笑)。英国に住むスリランカ人から、高齢者向けのアクティビティとしてそろばんを活用したいという依頼を受けて、彼女が来日した際に講習会を行ったこともあるし、米国や南アフリカ、アラブ首長国連邦(UAE)の方も東京でそろばん指導法の講習会を受講しています」
デジタルの時代であっても、国内外でそろばんが根強い人気を保ち続けているのは、日本で使いやすい形に改良されたからだ。
日本で独自の進化
そろばんの原型は中国で生まれたとされている。玉を並べた計算器具が室町時代の後半、16世紀の終わりごろに日本に伝わり、江戸時代(1603~1867年)に広く普及した。
中国から伝わったそろばんの玉は丸かったが、より早く正確に指ではじくために鋭角のひし形に改良。玉の数も、当初上段の「5玉」2個、下段「1玉」5個から日本仕様に変化していく。1935年に小学校でそろばんが必修になった際、当時5つだった下段の玉を1つ減らして、現在の上玉1個、下玉4個のスタンダードなそろばんの形となった。
「そろばんを練習すれば、誰でも暗算ができるようになるのは4つ玉になったから。誰にとっても使いやすい10進法を表す道具になったからこそ、そろばんはいまでも使われているんですよ」(藤本社長)
日本のそろばんは、現在、主に兵庫県と島根県で作られている。トモエ算盤の製品も兵庫県小野市の工場で生産されている。工場ではいまでも、斧が折れるほど硬いことから「斧折樺(おのおれかんば)」と呼ばれているカバノキでそろばん玉を作っている。高級そろばんでは黒檀(こくたん)で作った枠にモウソウチクでできた竹ひごを組み合わせる。そこにそろばん玉を入れる工程は機械ではなく、いまでも伝統工芸士の職人による手作業だ。
そろばんは、位どりも計算の仕方も、目で見て確かめられる唯一無二の計算道具。この先、AIの時代が到来しても、その独自のポジションはゆらぎそうにない。
(撮影=長坂 芳樹)