心躍る文房具の世界

カキモリのオーダーノート:「自分だけの一冊」でアナログな時間を楽しむ

暮らし

パソコンに向かう時間が多い日常だからこそ、オーダーメイドの1冊のノートに日々の雑感をしたためる時間が大切に思える。カキモリ (東京都台東区) は、「書く時間」をいとおしむ人たちのための文具店だ。

インクも「自分だけ」の色を作る楽しさ

2014年、広瀬さんはカキモリのすぐ近くに世界でも例がない超ニッチな専門店をオープンした。万年筆用のインクを3色まで選んでオリジナルの色のインクを作ることのできる店、「インクスタンド」だ。当初はベースになるインクを米国のメーカーから仕入れていたが、そのメーカーの社内トラブルで仕入れが滞ってしまった。いったんは閉店に追い込まれたものの、16年に晴れて再開にこぎつけた。

「米国のメーカーのインクは混ぜ合わせることができて、かつ発色が鮮やかだったんですね。粘り強く交渉して取り引きを実現させましたが、モノが来なければ商売にならない。店を閉じている間に日本の絵の具メーカーに打診して、万年筆用の「水性顔料」(編集部注=通常万年筆に使われるインクは「水性染料」)を使ったインクを共同で開発しました。ですから、これは私たちの完全なるオリジナル。ベースの色を14色そろえています」

実験室のようでもあり、おしゃれなバーのカウンターのようでもある「インクスタンド」の店内

3種のインクを選んで調合する

試し書きをしながら混ぜる割合を調節する

「インクスタンド」は完全予約制で1日20組限定だ。化学の実験室を思わせる店内で、インクを選びスポイトで調合して好みの色に仕上げるプロセスは、日本人のみならず外国人にも大人気。満席が続く週末には、必ずと言っていいほどオリジナルインク作りを楽しむ外国人客の姿を目にする。

カキモリにも海外からの客が訪れる。台湾、ヨーロッパ、米国、オーストラリアからの個人旅行者が大半で、ネットなどの情報で店の存在を知って足を運ぶそうだ。

書くことをさらに楽しく

土日には行列ができるほどの繁盛店に成長したカキモリは、2017年11月、台東区の蔵前から同区内の三筋町に店を移転した。売り場の広さはこれまでの約3倍。天井が高く、店内は広々としているが、客を迎え入れる温かな雰囲気は以前の店と変わらない。

「前の店では売り場が狭く、正直、混雑してしまうと接客もままなりませんでした。そこで思い切って移転に踏み切りました。オリジナルノートを作る手順自体は変わりませんが、リングノートではないタイプのノートもそろえ、これまで扱いを絞っていた海外のステーショナリーも増やしています。オリジナルの万年筆を作る計画もありますよ。万年筆の下請けメーカーに依頼し、プロダクトデザイナーやアートディレクターを入れて、書き心地を追求した普段使いのための万年筆を目指しています」(広瀬さん)

カキモリの元の店舗は18年2月に「新しいコンセプト」の店として再スタートを切るそうだ。

海外での事業展開も着々と進行している。すでに台北のセレクトショップに常設のスペースを設けているが、18年以降は北米、ヨーロッパへの進出を検討している。書くことをもっと楽しんでもらいたい。書くきっかけをもっともっと作りたい。広瀬さんの情熱は国境を超えて広がっている。

(撮影=長坂 芳樹)

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