銭湯で日常の「旅」を楽しむ

銭湯今昔物語

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かつて日常生活には不可欠だった銭湯も、家庭風呂の普及で利用者が激減し、街で見かけることも少なくなった。銭湯に行ったことがないという人も多いかもしれない。しかし銭湯には、温泉とはひと味違う、カジュアルな心地よさがあるのも確かだ。

スタイリッシュな銭湯も人気

古くても魅力的な銭湯がある一方で、銭湯界にも新しい波がきている。その一つが、著名建築家がプロデュースしたデザイナーズ銭湯だ。足立区にある大平湯は、その中でも元祖といわれるエポックメイキングな銭湯。手掛けたのは、次々と話題の銭湯を世に生み出している業界のパイオニア、今井健太郎氏。その第1号がこの大平湯なのだ。

日よけ暖簾が目印の大平湯

フロントの前にスペースがあり、木目調の下足箱やロビーが広がる

大平湯の創業は1965(昭和40)年。一平湯という名前だったが、風呂に「人」がたくさん入るよう「一」にと「人」という文字を付け加え、大平湯という名前になった。85(昭和60)年に鉄骨の建物に改修し、ロビースペースが広いモダンな内装になる。その後の2000(平成12)年、今井氏に内装の設計を依頼し、今の大平湯ができあがった。

デザインの特徴は、照明を生かした光の壁。夜は特にロマンチックで、幻想的な雰囲気に包まれる。湯船は1時間ごとに5分間あふれさせ、湯の鮮度を保つような仕組みで、シャンプーやリンス、ボディソープの設置も、他の銭湯に先駆けて創業当時から行っている。以前は深夜電力を利用して湯を沸かしていたが、最近はガスを使用しているそうだ。

照明効果によって開放的な空間を演出

ご主人の吉田建典(よしだ・けんすけ)さんが、銭湯を初めて手がける今井氏にお願いしたのは次の3点。1つ目は、湯船に入るときに縁を跨(また)がず、温泉のような湯船が下がった造りにすること。2つ目は女性用の浴室に歩行湯を作ること。これは股関節のリハビリをしていた奥さんによる発案だった。3つ目は、ロビーに食事のできるオープンカウンターを作ること。それ以外は、今井氏が試行錯誤し、自由にデザインを決めた。完成後、今井氏の建築は評判となり、多くのデザイン銭湯が生み出されていく道筋が開かれたという。

夜の女性専用歩行浴場。男性専用には露天風呂が設けられている。

足を開いて跨がずに入ることができる湯船(左)。入浴後には、ゆっくりと食事も楽しめる

改装から17年がたった大平湯。ロビーでは毎週木曜の夜に無料でカラオケの利用ができ、地元民の憩いの場として定着している。駐車場のスペースも広く、足立区外からの利用客も多いそうだ。利用するなら「遠くの温泉よりも近くの銭湯」と思ってもらいたいという吉田さんの言葉どおり、毎日多くの人が集まってきている。常に時代の先を行く、大平湯のような「人を集める銭湯」が、これからの銭湯業界をますます盛り上げていくだろう。

新しい感覚を大胆に取り入れる吉田さんの手法が、利用者のニーズを掘り起こす

取材・文=和賀 尚文(plant Q) 写真撮影=加藤 熊三 モデル=風呂 わく三 取材協力:あだち銭湯文化普及会

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