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短編アニメーションの魅力——『頭山』の山村浩二氏に聞く

文化 Cinema

板倉 君枝(ニッポンドットコム) 【Profile】

『頭山』で知られる世界的なアニメーション作家・山村浩二氏の新作公開を機に、長編アニメーションとは全く違う「実験場」としての短編の表現の多様性、面白さについて聞いた。

山村 浩二 YAMAMURA Kōji

1964年生まれ。東京造形大学卒業。90年代『カロとピヨブプト』『パクシ』『バベルの本』など子どものためのアニメーションを多彩な技法で制作。2002年『頭山』がアヌシー、ザグレブをはじめ6つの世界の主要なアニメーション映画祭でグランプリを受賞、米アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされる。アヌシー、ザグレブ、広島、オタワの世界4大アニメーション映画祭全てでグランプリ受賞=『頭山』『カフカ 田舎医者』(07年)=は世界初。2013年アニメーションストア&ギャラリー「Au Praxinoscope(オープラクシノスコープ)」を東京・世田谷区に開設。東京芸術大学教授として若手作家の育成にも力を入れている。

アニメーションは両目を開いて見る「夢」

今夏公開の9本の中には、2016年に制作した『サティの「パラード」』(14分12秒)がある。昨年が生誕150周年に当たるフランスの作曲家エリック・サティのバレエ音楽「パラード」を題材にした作品で、すでに世界各国の映画祭で上映されている。

「生誕150周年に合わせたわけではなく、10年ほど前から作りたいと思っていました。音楽からインスピレーションを受けた作品です。特に、ウィレム・ブロイカー(オランダのフリージャズ奏者)が編曲、演奏したサティが素晴らしくて、映像を作りたいと思いました」

『サティの「パラード」』に登場するエリック・サティ。山高帽と眼鏡、ステッキがトレードマークだ

1917年に初演されたバレエは脚本が詩人のジャン・コクトー、美術がパブロ・ピカソ、音楽がサティという布陣で、セルゲイ・ディアギレフ主宰のバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のために創作された。サーカステントの前で、出演者たちが客寄せのために芸を披露し、マネージャーたちが客を呼び込むという内容で、当時最先端の前衛芸術家3人がそれぞれの持ち味を発揮した斬新な作品だった。山村氏のアニメーションはブロイカー楽団の演奏に合わせ、初演を「再現」したもの。その中には、「パラード」を創作中のサティ、コクトー、ピカソも登場する。

「短編作品では、音楽と映像が1対1の関係で完結した世界が生まれます。サティの音楽や現代音楽を聴かない人もいる。その人たちは、このアニメーションを分かりにくいと思うかもしれない。でも何かの機会にその音楽に触れて、この作品を見れば、新たな驚きがあると思う。サティの音楽やブロイカーのジャズをもっと聴いてみたいと思う人がいたらうれしい」

もう1本、音楽が重要な役割を果たすのは、『水の夢』だ。墨汁だけで描いたこの短編は、海中での生命誕生からクジラまでの進化の過程を4つの章で描く。今回の上映は「第1章 原生代」(4分15秒)で、全章が完成するのは秋ごろだと言う。山村氏の映像を見てから、この作品制作を依頼したフランス人のピアニスト、キャサリン・ヴェルヘイスト氏が作曲するという方法を採っている。

このほか、奇妙でどこかユーモラスな怪物たちが登場する『怪物学抄』(6分10秒)、山村氏が、今後も続編を作りたい言う古事記を題材とした『古事記 日向編』(12分06秒)など、多彩な表現が楽しめる。

今回の特集上映を『右目と左目でみる夢』と名付けたのは山村氏自身だ。

「サティの曲名『右と左に見えるもの(眼鏡なしで)』から着想を得ました。アニメーションは目を開けた時に見られる“夢”です。右脳も左脳もしっかり働かせて見られる夢。もっともサティの曲名には『眼鏡なしで』に皮肉が込められている。右も左も見て、当たり前に(物事が)見えて(分かって) いるようで、実は見えていないという…。私の場合は皮肉抜きで、純粋にアニメーションを楽しんでほしいという思いを込めました」

『水の夢』(第1章 原生代)

『古事記 日向編』

『怪物学抄』は中世ヨーロッパの架空の怪物学者による架空の怪物の公文書。絵本版も7月に出版された(河出書房新社)

取材・文=板倉 君枝(ニッポンドットコム編集部) 撮影=大久保 惠造

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出版社、新聞社勤務を経て、現在はニッポンドットコム編集部スタッフライター/エディター。

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