直径60センチの小宇宙「デザインマンホール」12選
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マンホールは“下水道の顔”
「下水道はあまり注目されない上に、“暗い” “臭い” “汚い”という3Kのイメージを持つ人もいます。でも本当は、都市の水を循環させるために欠かせないインフラで、人々の生活を支える存在です。その価値をアピールし、さらにイメージアップできないかと考え、マンホールカードを始めたのです」
そう語るのは、マンホールカードを発行するGKPで企画運営委員を務める山田秀人さん。GKPとは、国土交通省の呼びかけで全国の自治体や下水道関連企業、メディアなどが連携して設立したPR団体「下水道広報プラットホーム」の略称だ。下水道に関する情報発信を中心に、マンホールカードの発行、イベントの開催やグッズの企画などを行っている。
山田さんは「下水道は“縁の下の力持ち”的な影の存在。そこで、人々が唯一日常的に目にしている下水道の顔、マンホールの蓋(ふた)に目を付けた」と言う。路上にある丸くて黒いマンホールは、正確には「マンホールの蓋」。マンホールとは、地下を走る下水道に点検や修理などで人が出入りするための縦穴全体のことを指す。1960年代、下水道の整備とともに設置されたマンホールの蓋は、自治体ごとにデザインが異なり、種類がとても豊富だ。
「滑り止めのために表面に幾何学模様が施されているのですが、時を経てデザインが洗練されてきました。そして、横浜市ならベイブリッジ、大阪市なら大阪城、水戸市なら名物の納豆のキャラクターなど、土地柄を表現するようになったのです。さらに鮮やかに着色されたカラーマンホールの登場で、見た目も派手で楽しい物が増えています」(山田さん)
世界に誇れる文化物
デザインマンホールの始まりは、1975~76年に沖縄県で開催された「沖縄国際海洋博覧会」の際に作られた物だとされる。幾何学模様の代わりに、小さな魚の模様を並べた単純な意匠だった。それが現在は、マンホールは地域の宣伝看板といった感じで、全国1700の自治体が独自に趣向を凝らしたデザインを施している。
「海外では機能重視の無機質なマンホール蓋が多いようです。これほどユニークでバラエティーに富んだ蓋が各地に点在しているのは、日本だけでしょう。まるで、全国に散らばる直径60センチの小宇宙。私は、世界に誇れる文化物だと思っています」(山田さん)
「ご当地マンホール」の鑑賞や写真撮影のために日本全国を旅するファン、通称「マンホーラー」が徐々に増え始めたのは約10年前から。近年はSNSなどを通じて海外にも拡散されることで、訪日観光客の間でも注目され始めている。
GKPは14年から、マンホール蓋に関心を持つ人と下水道業界関係者が交流するイベント「マンホールサミット」を年2回のペースで開催。多くのメディアに取り上げられるなど成果を上げてきた。そして、おもちゃメーカーに勤務した経験がある山田さんが、さらにマンホールの楽しさを拡散しようと仕掛けたのが、16年4月に配布を始めた「マンホールカード」。アイデアの基になったのは、自身が子どもの頃に夢中になって集めたシールやカードだった。
表面でマンホールの写真を紹介し、所在地の位置情報を経緯度で示す。裏面にはデザインの説明・由来が書かれている。カードは無料だが、配布場所はマンホールの設置場所近くの市役所や水道局、観光案内所など1種類当たり1カ所のみ。つまり、マンホールカードを手にすることは、その地を訪れた証しでもあるのだ。
さらに、カードをつなげる連番、地域ブロック番号、図案のカテゴリーを示すピクトグラムなどが記載されている。これは、「まずは関東ブロックだけ集めてみよう」「ご当地キャラのカードは全部欲しい」といった感じで、マンホーラーが自分のテーマで楽しく収集するための仕掛けとなっている。
各自治体からはさまざまな要望が出るが、デザイン、文体、仕様、印刷方法などを統一し、マンホールの絵柄に関係ない情報は絶対に載せない。山田さんは、それを「鉄の掟(おきて)」と名付けて厳守することで、統一感やプレミア感を生み出し、ファンの収集欲を高めている。
マンホールカードで各自治体がつながる
2017年8月に52種類が追加されてマンホールカードは全222種類となり、累計発行枚数は約100万枚となっている。191の自治体が参加しており、今後も年3回のペースで新しいカードを発行していく予定だ。
各地でマンホールカードを受け取るのは、6割が他県からの訪問者だという。街歩きを楽しむシニア層や若い女性が中心で、カードを手にした後には、マンホールの設置場所にも訪れるケースが多い。自治体はカードと一緒に観光マップを手渡したり、地域のPRアプリと連携させたりと、地域活性化のツールとして活用している。茨城県つくば市などは英語版を発行し、訪日観光客も呼び込もうとしている。収集欲をくすぐる上に統一感があるマンホールカードの出現によって、各自治体がバラバラに作っていたデザインマンホールが結束し、世界中から注目される一つの日本文化になったと言える。
「ちょうど今、日本中で老朽化したマンホールの取り換え時期。また各地方の特色を生かした新しいデザインマンホールが続々と生まれ、マンホールカードもどんどん増えていきます。その結果、下水道に少しでも注目が集まり、関心を持ってくれる人も増えてくれたらと願っています」(山田さん)
見に行きたい12のデザインマンホール
マンホールカードで発行されている日本全国のデザインマンホールから、編集部お薦めの12枚を紹介。
1. 北海道札幌市
札幌の豊平川は、アイヌの人たちが「神の魚」と呼ぶサケが遡上(そじょう)する川。一時は水質悪化のため途絶えていたが、下水道整備による水質改善のおかげで、近年は毎年2000尾もが戻って来るようになった。デザインは遡上するサケと、札幌のシンボル「時計台」。
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2. 青森県青森市
毎年8月初頭に開かれる、日本を代表する東北の火祭り「青森ねぶた祭」。武人をモチーフとした迫力の大ねぶたと、「ラッセラー」という掛け声とともに乱舞する大勢の跳人(はすと)が描かれている。
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3. 東京都葛飾区
世界で愛されるキャラクター、モンチッチ。生みの親の株式会社セキグチがある東京都葛飾区にはモンチッチ公園があり、モンチッチのデザインのバスも運行しているなどファンの聖地だ。このマンホールは、2017年から新小岩駅前など10カ所に設置されている。
4. 新潟県小千谷市
「泳ぐ宝石」として珍重されるニシキゴイは、小千谷市が発祥の地。その色鮮やかな姿は100種にも及び、世界中に愛好家がいる。2004年に新潟県中越地震が発生して以来、復興のシンボルとして市の魚にも制定されている。まさに地域の宝がモチーフとなった1枚。
5. 福井県勝山市
勝山市は恐竜の化石が日本一見つかる土地で、国内最大級の地質・古生物博物館「福井県立恐竜博物館」が人気の観光施設となっている。マンホールのモチーフは、肉食恐竜として日本で初めて全身の骨格が復元されたフクイラプトル。
6. 静岡県富士市
世界遺産、富士山と駿河湾の白波がモチーフ。江戸の浮世絵師、葛飾北斎が描いた「富嶽(ふがく)三十六景」にも似たデザインだ。富士山の頂きが下水の流れの方向を示すように、市内各地に設置されている。
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忍者や武士もマンホールに
7. 三重県伊賀市
江戸の情緒が残る城下町に、忍者文化が息づく「忍者の里 伊賀」。今や世界的な人気者といえる伊賀忍者と、市の花ササユリ、市の木アカマツ、市の鳥キジをあしらったかわいらしいデザインだ。
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8. 滋賀県草津市
江戸の浮世絵師、歌川広重が描いた「東海道五十三次之内草津」がモチーフ。東海道52番目の宿場町にあたる草津は、東海道と中山(なかせん)道が分岐・合流する地として栄えた。大名や公家が利用した宿泊施設「本陣」は、全国でも最大規模のものが市内に現存している。
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9. 大阪府大阪市
豊臣秀吉が築いた経済と文化の都市・大阪は、水の都として水運も盛んだった。大阪城と城下町が生まれた際に整備された下水道の原型は、現在も一部が現役で活躍している。市の花サクラも彩りを添える。
10. 奈良県斑鳩町
6世紀の飛鳥時代、聖徳太子によって法隆寺が建立された斑鳩町は、その五重塔を含む「斑鳩三塔」など歴史と文化遺産にあふれている。塔と共に、多くの歌人に詠まれた竜田川、紅葉、黒松、サザンカなど豊かな自然が題材だ。
11. 香川県高松市
美しい瀬戸内海に浮かぶ屋島は高松市のシンボル。1185年の「屋島の戦い」では、源氏の那須与一(なすのよいち)が、平氏の船に掲げられた扇の的を見事に射抜いたという伝説がある。
12. 長崎県諫早市
日本で最初に重要文化財となった石橋「諫早眼鏡橋」。江戸時代、洪水が頻繁に発生した本明川に架けられ、現在まで地元のシンボル的存在。たもとに咲く花は「諫早菖蒲(しょうぶ)」。
取材・文=鈴木 尚人
写真提供=GKP(下水道広報プラットホーム)