実写映画版『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』の世界観—樋口真嗣監督に聞く
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全世界に「進撃」開始
世界累計発行部数が5000万部を超える諫山創(いさやま・はじめ)原作のマンガ「進撃の巨人」が2009年に連載を開始したとき、壁の中に閉じこもる人類が、その壁を破って侵入する謎の巨人たちによって捕食されるという不条理な設定が、読み手に斬新な恐怖を与えた。樋口真嗣監督による実写映画版は、『ゴジラ』シリーズなどで培われた日本の特撮技術に最新のCG技術を融合させることで、その恐怖をさらに生々しい、迫力ある映像として描き出す。
実写版2部作の前編『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』(日本公開8月1日)は、7月14日にロサンゼルスでワールドプレミアが開催され、日本より一足先にハリウッドの観客の洗礼を受けた。
「海外でということもあるが、とにかく初めて一般のお客様に見ていただくプレッシャーは大きかった。でも、映画の “本場” (ハリウッド)の観客たちの反応はとてもよくて、(見せ場では)すぐ反応してくれる」と樋口監督は言う。「(一緒にプレミアに参加した主演俳優の)三浦春馬、水原希子もすごく興奮して、自分の出ている映画なのに観客と一緒に声を上げて喜んでいた。現場で大変な思いをさせた若い役者に貴重な体験をさせてあげられてよかった」。
東宝によれば、実写映画版はすでに北米、アジア、ドイツ語圏など世界63の国・地域での配給が決定している。
原作マンガの世界観をどう実写で表現するか
高校生のころから特撮の現場でアルバイトを続け、1984年の『ゴジラ』では特殊造形部の一員として現場を体験した樋口監督は、平成『ガメラ』シリーズなどの特撮・特技監督として実績を持つ。監督として初メガホンを取ったのは2005年の第2次世界大戦末期が舞台の『ローレライ』で、潜水艦を中心としたVFXを駆使した作品だった。数々の特撮を経験した樋口監督にとっても、今回のプロジェクトは特別な体験だった。
「とにかく、すべてを一から構築しなければならなかった。例えば時代劇なら調べれば(必要なものが)わかるし、経験則もある。衣装が倉庫に眠っていたりもする。今回は小道具の一つに至るまで、作り出すか、吟味して選ばなければならない。マンガの実写化は初めてだったので、こんなに大変なのかとあらためて驚いた」
もう一つの難題は、脚本だった。「物語として完結しているマンガなら脚本の作業も違っただろうが、まだ連載中の作品をどう映画として終わらせるか」と試行錯誤したという。もちろん、原作のマンガの世界観を実写でどう表現するかという本質的な課題もあった。
「マンガを読んだ時、初めて経験する強烈さを覚えた。会ったこともない諫山という人が頭の中で見ている世界は、マンガを超えるもので、たまたまそれを自分で表現する手段がマンガだった、という印象だった」と樋口監督は振り返る。「実際に動き、生々しい質感を持っているモノが見たいのではないか、その思いをマンガの原稿にたたきつけている気がした」
「巨人の不気味さも独特だ。実際、マンガでは登場人物より巨人の方が、描き込み方、ペンの入れ方がすごかった。多分モデルがいるんじゃないかと思わせる。『こいつが嫌い、許しがたい』という気持ちが絵からにじみ出ていて、登場人物よりもかえって人間っぽく見えるその “バランス” の悪さをどう表現しようかと考えた」
本質的な「他者に対する恐怖」を、諫山氏のマンガから感じ取ったという。「誰でもない誰か。名前も知らない、そいつが何を考えているかわからない、他者に対する恐怖。実際に諫山さんにその印象を話したことはないが、20代の彼が(実家の九州から)東京に出てきて東京の街で感じた恐怖のメタファーでは、などと考えた」
「生身」の巨人と7人が操演する大型巨人
もちろん、特撮としては、CGのみで巨人を作ることもできた。だが、実際に諫山氏と会って話してから、特撮手法の方針が決まった。
「(諫山さんから実写化に関して)具体的に注文があった何点かのひとつは、巨人にコワイ芝居をさせないでください、モンスターみたいに吠えてやってくるとか、睨みつけたり、威嚇させたりしないでほしいということでした」と樋口監督。「何を考えているのかわからない不気味さを巨人に芝居としてつけてほしいと言われたとき、これは “素材”として選び抜かれた生身の人間でいこうと決めました」。
こうして、80名以上のオーディションが行われ、20人の「巨人」役が選ばれた。かなり早い段階からテストを繰り返し、メーキャップ、演技にも工夫を重ねた。そして、撮影した映像をデジタル加工し、プロポーションをゆがませる。
「ティム・バートン監督の『アリス・イン・ワンダーランド』の(赤の)女王が参考になった。異常に小さくて頭がでかい。あれの逆をやってみようかと。体の一部分を長くさせたり肥大化させたりして加工する。見たことのある“部品”のバランスが悪いだけで、とてつもなく不気味になる」
映画では、生身の人間が演じる巨人の他に、数人で操演する超大型巨人が登場する。中に人が入り、外にいる6人と、計7人で「演技」する。
CG+生身の人間演じる巨人とミニチュアによる特撮、超大型巨人を数人がかりで操演する方法の融合・ハイブリッド形式のVFXが今回の生々しく迫力のある映像を生み出した。
ミニチュアや操演を使った特撮は日本の特撮が得意としてきたところだが、樋口監督にとって、方法論よりも、諫山氏の原作の世界観、イメージをいかに表現できるかが大事だった。「このやり方が一番得意だし、これなら自信をもってOK出せる方法だった。もちろんそれだけではなく、300人以上のCGスタッフがデジタル加工することで完成する。そして、諫山さんの原作の世界観を表現するのにこの手法が合っていた」。
「軍艦島」の廃墟が実写版の世界観に大きく寄与
もう一つ、原作の世界観の実写化で重要だったのは、長崎県・端島(通称・軍艦島)でのロケだった。かつて『007/スカイフォール』でもロケ地の候補となった軍艦島だが、この時は結局写真を基にセットを組み上げたそうだ。この7月には産業革命遺産として世界文化遺産に登録された元炭鉱の廃墟でのロケは、予想以上の効果を挙げたという。
「先日、軍艦島で(映画の)完成報告会見が開かれて、1年ぶりに行ったら、去年と同じことはできないなと思ったくらい風化が進んでいる。去年撮影ができて良かったと思った。そういう場所だからこそ表現できる“重さ”がある」
「原作の持っているイメージをその一点では凌駕するくらいの意味合いのある風景が欲しかった。日本でやる意味を軍艦島に求めた」と樋口監督。9月公開予定の後篇で、軍艦島の風景が映画オリジナルの「進撃の巨人」の世界観設定と密接につながってくることが伝わるはずだと熱を込めて語る。
「進撃の巨人」実写化という大プロジェクトを終えた監督だが、すでに次の大仕事が控えている。『新世紀エヴァンゲリオン』を手掛けた“朋友”の庵野秀明氏とタッグを組み、新たな「ゴジラ」の制作を開始するのだ。庵野氏が総監督・脚本を担当し、樋口監督が監督を務める。2016年夏に公開予定のこの映画は、2004年の『ゴジラ FINAL WARS』以来12年ぶりの“本家”ゴジラ復活となる。
もともと1984年の『ゴジラ』でゴジラ役者(薩摩剣八郎 氏)のそばについて、ゴジラスーツを着せたり脱がせたりという着付けの担当としてゴジラ映画の現場を経験したという監督。いろいろ失敗をして「薩摩さんを殺しかけた」と笑うが、常にゴジラの立ち位置にいることで、撮影の進め方や監督の指示の出し方を学んだという。「好き」が高じて映画業界に入ったが「監督になりたいと思ったことはないし、まして自分でゴジラを撮るとは思ってもみなかった」と謙虚だが、『進撃の巨人』に続き、来夏も「新たな驚き」が期待できそうだ。
(2015年7月21日のインタビューに基づき構成。前編『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』は8月1日公開、後篇『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』は9月19日公開/ タイトル写真:©2015 映画「進撃の巨人」製作委員会 ©諫山創/講談社)