チップ・キッド 世界で最も有名なブックデザイナー
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子ども時代に見た日本のポップカルチャー
一般的なブックカバーのイメージを超えたチップ・キッド氏の装丁は、長年、米国の出版界で旋風を巻き起こしてきた。中でも村上春樹作品は20年以上担当。新作が出版されるごとに斬新なデザインで話題を集め、世界にハルキ・ムラカミの存在を広める大きな役割を果たした。一方で日本の漫画愛好家という顔も持つ。2013年3月、日本初開催の東京国際文芸フェスティバルに出席するために来日したキッド氏に、日本の魅力や、日本のポップカルチャーから受けた影響について聞いた。
「1960年代後半、私が子ども時代を過ごしたペンシルベニア州の地元テレビ局は日本の子ども向けアニメを山ほど放映していて、私ものめり込みました。一番人気があったのは『Astro Boy(鉄腕アトム)』です。当時は手塚治虫の作品とは知らずに、ただもう夢中になりました。でも、私が最高に好きだったのは桑田次郎さんの『エイトマン』でした。この白黒漫画の感性、デザイン、奇抜さが大好きで、後の私の作品に影響を与えたことは確かです」
キッド氏は2001年6月、初めて日本を訪れた。これを機に子ども時代に芽生えた日本文化への関心はさらに強まり、何度も東京を訪れることになった。
「今、ニューヨークに住んでいますが、いい意味で東京は百万倍もニューヨークらしい。説明しづらいのですが、東京の質感と色合い、ある種の洗練された風情は非常に魅力的。多すぎるモノと不十分なスペースという面白いコントラストがあって、それでいてすべてが整然と収まり、なんとなく機能している。さらに、それとは対極のもの、ごちゃごちゃした環境の中に、ある種の優雅なミニマリズムが息づいている。私にとってはそれが日本の感性なのです」
中でもお気に入りの場所は、神田神保町の古書店街だという。
「初めて東京に来たとき、神保町の古書店に魅せられ、1940年代、50年代、60年代の日本のポスターやビラ、入場券などをたくさん集めました。それ以来、この大量のコレクションは、私が日本をモチーフにした本をデザインするとき、とても役立っています」
『Bat-Manga』を発掘する
日本のコミックにも造詣が深いキッド氏だが、アメコミも大好きで、米国では『バットマン』コレクターとしても有名だ。『バットマン』でもまた、日本のポップカルチャーとの“縁”が深まることになった。
実は1960年代、日本の出版社が米国の『バットマン』の作者から許可を取り、日本版のオリジナルストーリーを少年誌に連載したことがある。この日本版『バットマン』を描いていたのが『エイトマン』の作者の桑田次郎氏だと知ったキッド氏は収集を開始した。しかし、桑田版『バットマン』は単行本化されなかった幻の作品で、米国で入手するのは非常に難しかった。しかし、キッド氏は友人らとともにインターネット検索や、専門古書店などを通じて当時連載されていた雑誌などを集め、2008年に復刻版『Bat-Manga!: The Secret History of Batman in Japan』を刊行した。
「大好きだった『エイトマン』を描いた桑田さんの『バットマン』には心底驚いたし、興奮しました。日本の漫画家がバットマンにその感性を持ち込んでいるなんて、信じられなかった。『バットマン』は1年ぐらい漫画週刊誌に連載されて姿を消しました。その後、収集されることも、翻訳されることもありませんでした。桑田版『バットマン』を見つけた私は、たとえば、ビートルズが日本でレコーディングして何年も放置されていたアルバムを発見したビートルズファンのようなものです。出版すること自体、ただただ楽しい仕事でした。桑田さんのバットマンは、バットマン・コミックの中でも一番好きなもののひとつです」
著者と読者が求める装丁とは
キッド氏が、本をデザインする際の心得は「皆さんが手元に置きたい、所有したいと思うような本にしたい」ということだという。
「読書は心の劇場。私の仕事は、本の見え方を工夫することです。表面的なことと思われるかもしれませんが、自分の著書の装丁が独創的で、他にないデザインであって欲しいと思わない作家などいないでしょう。著者は自分の作品がビジュアル的に優れ、読みたいと思わせるような装丁を望んでいるはずです」
一方、超人気作家、村上春樹氏も、キッド氏の“作品”には満足している様子だ。
「彼は驚くほど仕事をしやすい人です。実際には一緒に仕事をしてはいませんから、私が言うのはかなり厚かましいかもしれませんが(笑)。私が表紙をデザインし、社内で承認を受け、ある時点で彼に見せると、彼が『ありがとうございます』と言う。装丁家としてこれほど理想的な形はありません」
取材・文=ポール・ウオラム(nippon.com)、原文英語
撮影=大久保惠造、コデラケイ
取材協力=日本財団