ゆるキャラの世界へワンデイ・トリップ
文化- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
めくるめく着ぐるみワールドの魅惑
私の生まれ育ったアメリカだけじゃないと思うけど、キュートなマスコットは遊園地やスタジアムで活躍するもの。それ以外の場所に出てゆくのは、かなりの冒険だよね。ところが日本のマスコットときたら、まさに神出鬼没。言っちゃ悪いが正直「宣伝してどうなるの?」って思うような小さな町、まったく目立たない商品、誰も知らないキャンペーンにさえ、オリジナルのPRマスコットが存在する!
昨今、そんなマスコットは「ゆるキャラ」と呼ばれる。みうらじゅんっていうサブカルの巨人が「ゆるい」と「キャラクター」を合わせてつくった言葉らしい。「ゆるい」はこの場合、素朴だけどちょっと間抜けってことなのかな。
そんな「ゆるキャラ」が全国から250体以上も集まるイベントがあると聞いた。11月24日と25日に埼玉県羽生市で開催の「ゆるキャラさみっとin羽生」。週末にはるばる東京の西から電車を乗り継いで行く価値は……モチロンある! 僕と同じ考えの“良識ある”参加者は30万人に上ったというではないか。
「ほとんど見事にブサイク!」
さて会場の公園に一歩足を踏み入れると、百をゆうに超える「着ぐるみ」の群れ! おまけにほとんどが見事にブサイク! こりゃ初心者には想定外の光景だ。あちこちから目に飛び込むど派手なカラー。マスコットに口がついてりゃご機嫌なスマイル。そのモチーフはほとんどが動物か果物か野菜。場合によってはこの3つを組み合わせた悪魔の仕業としか思えぬマスコットもいる。そしてそのいずれもが、これでもかとかわいらしさを競い合うのだから、インパクトが強すぎる。
会場にはそれぞれのゆるキャラ商品のブースや、地方の特産物を販売する売店が立ち並ぶ。マスコットには、テーマ音楽に合わせてステージで踊る「自己PRタイム」も用意されている。しかしたいていの時間は会場を歩き回り、愛想を振りまいている。「ひとり歩き」は危険なのか、常にアシスタントが付き添う。来場者に名刺を配るのはアシスタントの仕事らしい。
“キャラ立ち度”満点のマスコット軍団
会場を歩くうち、あることに気がついた。奇抜で型破りなマスコットほど人の注意を引きつける力がある。普通のかわいいキャラクターは数え切れないほどいるので、印象が薄くなってしまうのだ。
最初に出くわした「個性濃すぎ」キャラは、兵庫県尼崎市のちっちゃいおっさん。一丁前に「スモール・ミドルエイジド・マン」なる英語名まである。しかしこれじゃ、キャラクターの一部分しか表現していないね。的確に形容するなら「はげ頭ですきッ歯で腹の出ただらしない小さな酔っ払い中年男」だろう。アシスタントによれば、このマスコットが作られたのは、尼崎にこういう愛すべき「おっさん」が山ほどいるからということだ。これを見ればご当地に観光客が殺到……するだろうか?
数々のかわいいマスコットたちの間でひときわ異彩を放っていたのが、頭がメロンの形をしたどう猛そうなメロン熊。特産物のメロンと、メロンを食べてしまうクマの被害で知られる北海道夕張市のマスコットだ。このキャラクターの恐ろしさは、いつも寄り添うおばちゃん(やはりメロンを頭にかぶっている魅力的な女性アシスタント)の存在によって和らげられていた。
アンビリーバブルな脱力キャラの数々
ハンバーグマのグーグーは理解しがたいマスコットだ。パンフレットの写真は、両手を広げ、胸にタイヤの踏み跡のようなものがついたクマで、私には「車に轢き殺された動物」にしか見えない。だがこれはハンバーガーのPRのために静岡県のグループが作ったキャラクターで、胸についているのはグリルの焼き目らしい。
キツネと燻製の豚が混ざり合ったように見えるのは、岡山県のBIZEN中南米美術館から出展されたペッカリーだ。歴史装束に身を包んだ学芸員が付き添い役。このユニークなマスコットが、この日のイベントで極めつけの薄気味悪いキャラクターだったのは間違いない。
「シンプル・イズ・ベスト」という手堅いアプローチもかえって目を引いた。中でも日本こんにゃく協会のマスコット、こんにゃ君は直球勝負。こんにゃくのように「健康によいが地味」という食品には、ソファのクッションみたいなグレーのマスコットはピッタリかも。
ゆるキャラのインフレ状況を見て、そろそろ中央政府が「ゆるキャラ抑制策」を打ち出すのでは、とひそかに期待した諸兄もおられよう。しかしサイポンの登場でその期待も打ち砕かれた。いまや政府さえもが率先して「官製ゆるキャラ」を生み出しているのだから。これは埼玉県にある航空・陸上・海上自衛隊地方本部が出展した三人組のマスコット。このマスコットのブースは見つけにくかったが(何しろ迷彩色だったから!)、何とか探し出して写真を撮ってきた。説明によると、この陸海空三人組、見た目や性格こそ穏やかだが、怒るとライオンも一撃で倒すらしい。私も怒らせないように注意せねば。
ゆるキャラ界の大物スターに漂う風格と美
マスコットの世界にもセレブがいることに私はすぐに気がついた。滋賀県のキャラクター、ひこにゃんがPRステージに上がったときには、悲鳴に似た歓声とともに見物客が殺到した。彦根城の築城400周年を記念して作られたこのマスコットは、ゆるキャラ界のスーパースター第一号と言えよう。
一方、奇抜なデザインで売出し中のセレブが西国分寺市(東京都)のにしこくん。グレーのタイツをはいた「中の人」のすらりとした脚が突き出ているところが印象的だ。
さんざん物議をかもしたのが逆に功を奏して有名になったのは、頭から二本の鹿の角を生やしたせんとくん(奈良県)。2008年の平城遷都1300年を記念して発表された当初は「かわいくない」と悪評だったが、かわいくなさが多くの人の心をとらえた。正直なところ私もかねてから気味が悪いと思っていて、会場で会ったらからかってやるつもりだった。しかし実際に会ってみたら、その大きな目と「テヘッ、シカっちゃイヤン」的な表情に思わず好感を抱いてしまった。
何といっても今年のサミットのMVPは、人気ランキングで1位に輝いた愛媛県今治市のバリィさんだろう。橋をイメージした冠をちょこんと頭に載せたヒヨコの肥えっぷりが何とも頼もしい。会場で見かけたのはたった一度。すばやい足取りでステージに向かうところで、追いかけるファンや報道陣に取り囲まれた大スターを写真におさめるのはひと苦労だった。
素晴らしき出会いに感謝
この「セレブキャラ」を見たあとだけに、やまだるまとの出会いは新鮮だった。これは何のキャラ かというと……、中に「だるまの大好き」な一般女性、山田るまが入っているというだけの着ぐるみだ。私が知る限り、マスコット姿—赤いだるまの着ぐるみ—で会場にやってきたファンは彼女ただ一人だったろう。
この日はちっちゃいおっさんに何度も出くわしたが、会うたびごとに取り囲むファンが増えていた。最後に会ったときには2人の若い美女にインタビューされていた。他のマスコットと違って彼は(あいにく)話ができるので、女性たちはその一言一句に耳を傾けるふりをしなければならなかった。ただでさえ人目を引く巨大な顔が、マスコミの注目まで浴びて満更でもなさそう。ま、本物の尼崎のおっちゃんたちには、こんな甘い体験できないものねえ。
イベントが終わって家に帰る道すがら、電車の中で酔っ払った小柄なおっちゃんを見かけた。ゆるキャラのちっちゃいおっさんのようにお酒が好きみたいだ。でも、やっぱり私はゆるキャラのちっちゃいおっさんのほうが好きだ。
取材・撮影=マイケル・シャワティ(nippon.com)