力士を強くする稽古とちゃんこ
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相撲は単に個人競技とは言い切れない。稽古で互いに鍛え合うチームスポーツのような側面も併せ持っている。その集団の単位が「部屋」。700人近くいる大相撲の力士は、新弟子から横綱まで一人残らず相撲部屋に所属しているのだが、同部屋の力士は本場所で対戦することがない。あるとしたら千秋楽で勝ち星が並び優勝決定戦になる極めてまれな場合だけだ。
部屋は「チーム」であるだけでなく、共同生活を営む「家」でもある。他の競技が一定期間に合宿するのとは違い、常に寝食を共にする。部屋の建物には、多くの場合、1階に稽古場があり、2階から上に力士たちの生活スペースがある。そのさらに上階に師匠(親方)とその家族が住むことも多い。部屋を出て独立した暮らしができるのは、原則として十両以上の力士(関取)が結婚した場合に限られる。幕下以下の力士は、大部屋で共同生活をし、関取になると個室が与えられる。つまりほとんどの力士にとって、住所は所属する相撲部屋なのである。
相撲部屋の朝は早い
部屋によって一日の時間割は少しずつ違うが、共通しているのは朝が早いということだ。おおむね早朝6時には起床し、身支度を済ませて稽古場に入る。朝は何も食べない。稽古が終わった昼に一日の最初の食事をとる。
ここ高田川部屋では、稽古場入りの時間は自主性に委ねられているが、部屋の関取が早くから稽古に出てくるため、下位の力士もゆっくり寝ているわけにはいかない。7時には大半の力士が勢ぞろいし、思い思いのやり方でストレッチをして身体をほぐし始める。
この段階では、まだ誰も土俵の中には入らない。その周りで相撲の基本運動である四股(しこ)、すり足、鉄砲を何度も入念に繰り返し、徐々に身体を目覚めさせていく。これを丁寧に辛抱強く繰り返すことで、足腰が強く、柔軟で、けがをしにくい身体を作る。誰も口を利かない。それぞれが自分の呼吸と身体の隅々に意識を集中し、これから始まる激しい稽古に向けて、黙々と心身を仕上げていくのだ。
親方登場から熱い稽古へ
8時を回り、力士の全身にびっしりと玉の汗が浮かぶ頃、師匠の高田川親方(元関脇・安芸乃島)が稽古場に現れる。場の空気が一段と引き締まるのが分かる。親方が見守る中、番付下位の力士たちから土俵に入り、相手を変えて対戦する「申し合い」を始める。勝った力士が次の相手を指名し、何番か取り続ける。
時折、親方から指導の言葉が飛ぶ。特にけがにつながりかねない不用意な身体の使い方に対しては厳しい。
「稽古は勝ち負けじゃないんだ。自分との戦いなんだよ。相手に負けても明日につながればいい。けがをしたら相撲人生終わりなんだぞ」
自身もまわし姿になり、指導も熱を帯びる。
それぞれの相撲部屋は「一門」と呼ばれる系列に属しており、同門の部屋同士には交流がある。
この日は同じ二所ノ関一門の峰崎部屋から三段目の力士2人が「出稽古」に来ていた。高田川親方は出稽古の力士にも弟子と同じように熱血指導を行う。相撲の基本運動である四股の見本を自ら示し、口うるさく指導する。「ただ数をこなせばいいんじゃない。こう腰をしっかり下ろして、きつくても正しいやり方でやる。自分のためになるからやるんだ。自分には嘘がつけないだろ?」
実力の近い力士同士が申し合いを何番も繰り返した後、最後は「ぶつかり稽古」で締めることが多い。受け手と攻め手に分かれ、攻め手の力士が受け手の胸に全力でぶつかり、土俵際まで押し込んだ後、土俵に転がり、受け身をとる。多くの場合、上位の力士が受け手を務め、これを「胸を出す」という。5分も続ければ、攻め手からは悲鳴にも似た荒い息がもれ、立ち上がるのもやっとになる。
力士のランクは、大きく6つの階級に分かれる。最高位の幕内は定員わずか42人(全力士の約6%)で、その下の十両(28人)と合わせた1割足らずの力士だけが関取と呼ばれる。稽古の最後に土俵に上がるのは、この関取たちだ。ぶつかり合いの迫力が格段に違う。
稽古後のリラックスした時間
稽古が終わると、関取から番付順に風呂に入る。関取が風呂から上がる頃には、食事の支度を整えておかねばならない。「ちゃんこ番」と呼ばれる炊事係が、稽古を早めに切り上げ、8時過ぎには仕込みを始めていた。
「ちゃんこ」とは、相撲界の俗語で食事全般を指す。その日のメニューがカレーなら、それもちゃんこだ。語源は、中国から長崎に伝わった鍋を意味する「チャンクオ」からとか、料理番に対して親しみを込めた呼び方「ちゃん」(父ちゃん)から、あるいは「ちゃん」(親方)と「こ」(弟子)が一緒に食べるから、など諸説ある。ちゃんこの代名詞である鍋は、部屋によって味付けに特徴がある。栄養のバランスと消化がよく、身体が温まり代謝が上がる、アスリートにとって理想的なメニューだ。これだけでも立派なおかずと言えそうだが、さらに豊富な品数が加わり、丼飯が何杯も進む。稽古で空かせた腹を一気に満たし、食後すぐに昼寝する習慣が、力士の体重を増やすのだ。
相撲部屋には、力士のほかに行司や呼出、床山も所属している。高田川部屋には呼出はおらず、行司が2人おり、その1人は2018年7月現在、40人を超える行司の頂点に立つ11代目式守勘太夫さんだ。行司は装束姿で土俵に立ち、勝負を裁く役目がもっとも知られるが、実は場内アナウンスや取組表の作成、巡業での交通手段や宿泊先の手配、所属する部屋の運営に関わる雑務など、土俵外でもさまざまな仕事がある。勘太夫さんによると、仕事時間の8割は裏方だという。時には力士たちの相談に乗り、心のケアをすることもある。「力士が相撲をとるためのサポート役として、額に汗して雑用をこなすというのが行司の精神です」。部屋の力士たちにとっては、親方やおかみさんとは違った面で、心強い存在に違いない。
「稽古とちゃんこが力士を強くする」という言葉がある。一つ屋根の下で同じ釜の飯を食い、稽古場で切磋琢磨(せっさたくま)し、本場所に入ってはお互いを励まし合い、力士として、人間として共に成長していく。相撲部屋という「大家族」の生活があってこそ、力士たちが土俵の上で輝き、多くの人々を魅了することができるのだ。
(2018年6月取材。番付は平成30年5月場所時点)
取材協力=相撲専門ウェブマガジンおすもうさん 写真=花井 智子取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)