秋田犬:まるで侍のような佇まい
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「一度飼ったら、他の犬は飼えなくなるよ」
秋田犬の飼い主に話を聞くと、皆口々にこう言う。大阪市住之江区で秋田犬専門店「中川畜犬店」を営む、中川次太郎(じたろう)さんもその一人。秋田犬の繁殖や飼育販売を行う、この道55年のスペシャリストだ。
店内に入ると、フサフサの耳をピンと立て、しっぽをくるりと巻いた秋田犬たちが迎えてくれた。生後3カ月の小さな子犬もいるが、生後10カ月にもなれば中型犬の成犬以上の大きさだ。
中川さんに聞くと、「日本犬で天然記念物に定められている在来犬は6種類あって、大型、中型、小型に分けられます。秋田犬は唯一の大型犬です」と教えてくれた。他の日本犬は、甲斐犬(かいけん)、紀州犬、四国犬、北海道犬が中型犬で、柴犬だけが小型犬となる。ただ、これは日本の基準で、海外では秋田犬を中型犬とする場合が多いようだ。
海を越えて愛されるAKITA
少し大きめの体格だが、ペットとしては飼いやすいのだろうか?
「大型だから力はあるけど、小型の柴犬よりもずっと飼いやすい犬なんですよ。秋田犬は、主人の言うことを忠実に守ろうとします。そのため、ペットだけでなく、番犬として育てられることも多いんです」(中川さん)
その忠実さを物語る逸話といえば、渋谷駅のシンボル「忠犬ハチ公」。飼い主の死後、約10年間にわたって毎日渋谷駅に通い、帰るはずのない主人を待ち続けた秋田犬だ。その姿が新聞記事になり、日本中に感動を与えた。ハチ公を題材にした映画やドラマが、日本では何度も作られている。2009年にはリチャード・ギア主演のハリウッド映画『HACHI 約束の犬』がヒットし、秋田犬(英語ではAKITAやAKITAINU)の存在が世界に知られることにとなった。
初めて海外に渡った秋田犬は、来日したヘレン・ケラーが連れて帰った「神風号」である。近年では、ロシアのプーチン大統領に贈られた「ゆめ」が記憶に新しい。
中川畜犬店でも30年程前から、イタリアやドイツなど欧州各国に輸出している。フランスの映画俳優アラン・ドロン氏も顧客だ。初めての秋田犬を中川さんから購入して、とてもかわいがったそうだ。その犬が亡くなった後、次の子犬も同店から求めたという。
「寒い環境で育てると毛吹きが良く(毛量が多く、こんもりした状態)なる。だから、ロシアや欧州の寒い地域は秋田犬に適していると思います。暑い地域では毛が抜けるので、あまり向かないでしょうね」(中川さん)
秋田犬専門店を大阪で開業
中川さんと秋田犬との出合いは55年前、29歳の時。生まれ育った香川県の高校を卒業し、外国航路の貨物船員として勤めた後、大阪の姉夫婦の家で暮らし始めた。義兄が犬好きで、秋田犬と柴犬、雑種を飼っていたという。その世話をするうちに犬の魅力にはまり、自分でも犬を取り扱う商売を始めた。「中川畜犬店」の「畜犬」という言葉は耳なじみがないが、「ペットショップ」 や 「ブリーダー」 という呼び名がなかった頃から営業していた証しだ。
開業当初はシェパードやスピッツなども販売していたが、「秋田犬が一番」と一筋に。飼育の腕を磨きつつ、「展覧会」と呼ばれる品評会で犬本来の魅力を最大限に引き出す「ハンドラー」としても日本各地を飛び回り、秋田犬業界を代表する一人となった。
1974年に全日本秋田犬商業組合専務理事に選ばれ、76年に全日本秋田犬商業組合公認審査員となる。87、88年には一般社団法人ジャパンケネルクラブ(JKC)の 秋田部会部会長に選任された。その頃から、アメリカやイギリスのケネルクラブと交流が生まれ、海外からの注文が入るようになったという。
何度も消えかかった血筋
秋田犬の原産地は、秋田県北部の大館(おおだて)市。東北地方では、古くから狩猟集団「マタギ」がおり、熊や鹿などの狩猟に犬を用いていた。その「秋田マタギ犬」が、秋田犬の祖先だ。
現在では国内に2000頭いるとされる秋田犬だが、何度も絶滅の危機に陥っている。江戸時代に盛んだった闘犬で勝ち抜くため、大型犬との交配が進み、純粋な秋田犬は減少。第2次世界大戦中には、軍用の毛皮製防寒具にする目的で犬の捕獲命令が下った。その際に、軍用犬として唯一駆除対象外だったジャーマン・シェパード・ドッグと掛け合わせたことで、さらに雑種化が進んだ。シェパードタイプの秋田犬は、戦後に連合国軍総司令部(GHQ)が持ち帰ったため、米国や欧州で繁殖・飼育され、「アメリカン・アキタ(別名 : グレート・ジャパニーズ・ドッグ)」として独自の発展を遂げている。
こうした歴史の中、純血種を守ろうと1927年に「秋田犬保存会」が設立。秋田マタギ犬タイプの犬を繁殖に使うことで、外来犬の特性を除去していった。31年には動物で初めて天然記念物に指定。大型犬として品種固定された。
JKCが発行する『全犬種標準書』によれば、秋田犬成犬の体高(地面から背中までの高さ)は、オスが67センチメートル、メスが61センチメートル(それぞれ上下3センチメートルまで)と定められている。毛の色は赤、虎、白、胡麻(ごま)の4種類だ。
秋田犬の原種は「武士のような佇まい」
今でも日本各地では秋田犬の「展覧会」が催されている。これは原種保存の意味が強く、単純な美しさを競うものではない。体の大きさや毛色、目の大きさ、歯がそろっているかなどが審査され、犬種標準(スタンダード)に近いほど評価が高くなる。展覧会審査員の資格を持つ中川さんに、展覧会における基本の立ち方を教えてもらった。
「まず両前足が胸から平行におりていること。後ろ脚も同様です。O脚やX脚だったりすると運動不足と見なされ減点の対象になります。運動させることで筋肉がつき、悠然とした立ち姿になります」(中川さん)
本来運動能力の高い秋田犬。放し飼いが基本禁止されている日本では十分な運動量の確保が難しいため、走り込みをして鍛えるそうだ。
何度も絶滅の危機にさらされながら、愛する人々の手によって守られてきた秋田犬。人生の3分の2を秋田犬と過ごしてきた中川さんは、「“自然の美しさ”に惹かれます」と言う。
「小さな欠点を排除していくよりも、犬本来の長所を見いだしてあげることが大切だと思います。だから、展覧会で評価されるのも、原種の姿がしっかりと出ているかどうかなんです。他の犬のようにしっぽを切ったりしない、自然なままなのがいい。そして、侍のような堂々とした佇(たたず)まいが何とも言えません。だから、一度秋田犬を飼った人は、他の犬を飼えなくなってしまうんですよ」
中川畜犬店
- 所在地:大阪府大阪市住之江区西加賀屋2-12-9
- 電話:06-6681-2436
- 秋田犬専門店「中川畜犬店」公式サイト
取材・文・イラスト=阿部 愛美
撮影=ニッポンドットコム編集部