
秋田犬:まるで侍のような佇まい
文化 暮らし- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
「一度飼ったら、他の犬は飼えなくなるよ」
秋田犬の飼い主に話を聞くと、皆口々にこう言う。大阪市住之江区で秋田犬専門店「中川畜犬店」を営む、中川次太郎(じたろう)さんもその一人。秋田犬の繁殖や飼育販売を行う、この道55年のスペシャリストだ。
犬の散歩を朝晩欠かさないおかげで、80歳を過ぎても元気な中川さん
店内に入ると、フサフサの耳をピンと立て、しっぽをくるりと巻いた秋田犬たちが迎えてくれた。生後3カ月の小さな子犬もいるが、生後10カ月にもなれば中型犬の成犬以上の大きさだ。
中川さんに聞くと、「日本犬で天然記念物に定められている在来犬は6種類あって、大型、中型、小型に分けられます。秋田犬は唯一の大型犬です」と教えてくれた。他の日本犬は、甲斐犬(かいけん)、紀州犬、四国犬、北海道犬が中型犬で、柴犬だけが小型犬となる。ただ、これは日本の基準で、海外では秋田犬を中型犬とする場合が多いようだ。
毎朝の日課である散歩中の3頭。真ん中は2017年1月生まれの「紅玉女号(こうぎょくめごう、メス)」。毛色は赤
左は五代(ごだい、オス)、右は鈴代(すずよ、メス)。どちらも17年8月生まれで、11月末の取材時には生後3カ月
海を越えて愛されるAKITA
少し大きめの体格だが、ペットとしては飼いやすいのだろうか?
「大型だから力はあるけど、小型の柴犬よりもずっと飼いやすい犬なんですよ。秋田犬は、主人の言うことを忠実に守ろうとします。そのため、ペットだけでなく、番犬として育てられることも多いんです」(中川さん)
その忠実さを物語る逸話といえば、渋谷駅のシンボル「忠犬ハチ公」。飼い主の死後、約10年間にわたって毎日渋谷駅に通い、帰るはずのない主人を待ち続けた秋田犬だ。その姿が新聞記事になり、日本中に感動を与えた。ハチ公を題材にした映画やドラマが、日本では何度も作られている。2009年にはリチャード・ギア主演のハリウッド映画『HACHI 約束の犬』がヒットし、秋田犬(英語ではAKITAやAKITAINU)の存在が世界に知られることにとなった。
待ち合わせ場所や写真スポットになっている渋谷駅前の「忠犬ハチ公像」。第2次世界大戦時に資材供出によって一度破壊されたため、現在の銅像は2代目
初めて海外に渡った秋田犬は、来日したヘレン・ケラーが連れて帰った「神風号」である。近年では、ロシアのプーチン大統領に贈られた「ゆめ」が記憶に新しい。
中川畜犬店でも30年程前から、イタリアやドイツなど欧州各国に輸出している。フランスの映画俳優アラン・ドロン氏も顧客だ。初めての秋田犬を中川さんから購入して、とてもかわいがったそうだ。その犬が亡くなった後、次の子犬も同店から求めたという。
「寒い環境で育てると毛吹きが良く(毛量が多く、こんもりした状態)なる。だから、ロシアや欧州の寒い地域は秋田犬に適していると思います。暑い地域では毛が抜けるので、あまり向かないでしょうね」(中川さん)
店内に貼られたパネル。右上は中川さんが育てた秋田犬を抱くアラン・ドロン。左上は、歌手スティービー・ワンダーの兄に子犬を販売した時の写真
秋田犬専門店を大阪で開業
中川さんと秋田犬との出合いは55年前、29歳の時。生まれ育った香川県の高校を卒業し、外国航路の貨物船員として勤めた後、大阪の姉夫婦の家で暮らし始めた。義兄が犬好きで、秋田犬と柴犬、雑種を飼っていたという。その世話をするうちに犬の魅力にはまり、自分でも犬を取り扱う商売を始めた。「中川畜犬店」の「畜犬」という言葉は耳なじみがないが、「ペットショップ」 や 「ブリーダー」 という呼び名がなかった頃から営業していた証しだ。
開業当初はシェパードやスピッツなども販売していたが、「秋田犬が一番」と一筋に。飼育の腕を磨きつつ、「展覧会」と呼ばれる品評会で犬本来の魅力を最大限に引き出す「ハンドラー」としても日本各地を飛び回り、秋田犬業界を代表する一人となった。
1974年に全日本秋田犬商業組合専務理事に選ばれ、76年に全日本秋田犬商業組合公認審査員となる。87、88年には一般社団法人ジャパンケネルクラブ(JKC)の 秋田部会部会長に選任された。その頃から、アメリカやイギリスのケネルクラブと交流が生まれ、海外からの注文が入るようになったという。