伝統美のモダニズム “Cool Traditions”

パレスチナ刺繍を和服の帯に:山本真希さんの挑戦

文化

パレスチナの伝統工芸である色鮮やかな刺繍に魅せられ、和服の帯として広めようと活動している女性がいる。現地で刺繍職人を育成し、紛争地に生きる女性たちの雇用創出につなげたいという構想もある。

完成まで5~6カ月、「世界で一つだけ」の工芸品

ことし5月11日、東京・五反田の駐日パレスチナ大使公邸で、パレスチナ刺繍の着物帯をお披露目する内輪の展示会が開かれた。招かれたのは、各国の外交官夫人や関心のある日本人ら約20人。大使夫人のマーリ・シアムさん、帯をプロデュースする山本真希さん=(株)インターナショナル・カルチャー・エクスチェンジ・ジャパン(ICEJ)代表=が和服姿で登場すると、「とっても素敵」「見事だわ」とゲストから声が上がった。

パレスチナの民族衣装に使われる伝統の模様を組み合わせたデザインは斬新だが、和服の帯として違和感は全くない。ドイツ人の女性は「淡い色づかいを取り入れているので、帯が着物とよくマッチしている。世界で一つだけの、高くてもお金を出す価値のある工芸品だと感じた」と語った。

現地の職人が全て手づくりし、完成まで5~6カ月かかるという贅沢なパレスチナ刺繍帯は、まだ7本しか世に出ていない。価格はデザインや色の数により、約20万円から。受注生産のみで、現在は京都の老舗料亭の女将から注文が入っているという。

山本さんが手がけたパレスチナ刺繍の帯。民族衣装に使われる伝統の模様を組み合わせ、配色は和服に合うようアレンジ。西岸地区ラマラ近郊に住む腕利きの刺繍職人、サーミアさんが制作した。全て手刺繍の精密なクロスステッチが見事だ。

紛争の中、豊かな暮らしを守る人々に共感

山本さんがパレスチナの刺繍に魅せられたのは4年前の2013年。マーリさんに勧められて参加したパレスチナ自治政府主催の訪問ツアーがきっかけだった。東京でマーリさんと知り合って以降、パレスチナ関連のチャリティーイベントに参加するなどして親交を深める中で、彼女の故郷に興味を抱くようになった。

ツアーではエルサレムと西岸地区を巡り、イエス・キリストの生誕地ベツレヘムや豊かな自然、活気あふれる街、旬の味覚が並ぶ食卓など、日本では知ることのできないパレスチナの日常に触れた。日本舞踊や茶道を修め、普段から和服を着ることが多い山本さんは、中でも色鮮やかなパレスチナの刺繍に心を奪われた。

「農民や遊牧民の生活に身近な動植物などをモチーフにし、模様の一つ一つに物語がある。何より見た目が美しく、手刺繍ならではの質感や温もりに一目ぼれしました」

紛争地の現実も目にした。西岸地区西部のビリン村を訪ねたときだ。すぐ近くにユダヤ人入植地が迫る村では、イスラエルの占領政策に対する抗議デモが毎週行われている。その現場を見に行った。

「ヒューンという音とともにイスラエル軍の戦車から催涙弾が飛んできて、催涙ガスを吸いました。衝突を目の当たりにして怖かった。現地のジャーナリストらは目を真っ赤にし、涙を流しながらリポートをしていました。一方、デモの現場を離れると、そこには人々の穏やかな暮らしがあります。占領下にあっても豊かな生活を守るパレスチナ人を見て『この人たちと一緒に何かしたい』と思いました」

山本真希さん

山本さんはその翌年、10年間勤めた化粧品メーカーを退職。日本人になじみの薄い国・地域を中心に、国際文化交流を推進する事業を行っている。パレスチナ刺繍帯の制作・販売もその一つ。「パレスチナを巡る状況は厳しく、国際機関や各国政府、NGOが行う支援活動は重要ですが、私は民間の立場で現地の人と一緒にビジネスをしようと考えました」

品質にこだわり、パレスチナと日本の技を一つに

ビジネスパートナーに選んだのは、パレスチナ人女性の職業訓練を行うInash al Usraという現地のNPOだ。刺繍部門は50年以上前から高品質の製品を生産する。縫い手は農村に住む女性たちで、彼女らの経済的な自立を支援している。

Inash al Usraの刺繍製品を作る女性の一人、カウサルさん。西岸地区ラマラ近郊に住む(ICEJ提供)

山本さんはこの4年間で10回以上パレスチナに足を運んだが、職人が住む郊外の村にも着物で出かけて行く。「着方と帯の結び方を見せたら、よろこんでこの企画に賛同してくれました。遠く離れた日本人にも評価されることで、改めて自分たちの仕事や文化に誇りを感じてくれるのではと願っています」

パートナーであるInash al Usraのスタッフとは、制作の過程でもめることもある。「注文通りにならないことがよくあります。初めは仕方ないと思って買い取っていましたが、それではお互いのためにならないと思い、心を鬼にして、オーダーと違うものは受け取らないと決めました」。目の肥えた日本の消費者に満足してもらえるよう、妥協はしない。

パレスチナ刺繍帯の表地は木綿だが、裏地は西陣織の絹の帯地を使い、日本の和装職人が手縫いで袋帯仕立てにしている。「見えないところも美しく」という最高級品へのこだわりで、パレスチナと日本の職人がそれぞれ得意なところを担当したコラボ作品だ。

袋帯に仕立てた一級和裁技能士の植木佳美さん。パレスチナは紛争地のイメージしかなかったが、豊かな工芸品があることに驚いたという。「山本さんに色々とお話を聞いて、行ってみたくなりました」(松川調整所提供)

マーリさんの着付けを行う、着付士の髙岡とよ子さん。「着物は体を全部包んでいながら、女らしさが出る。内にある美しさを想像することができます」

人材育成、女性の自立支援も視野に

山本さんは、パレスチナで刺繍職人の育成プロジェクトを進めることも考えている。現地では優れた職人の高齢化と後継不足が深刻。そこで若い縫い手にも「最高級レベル」とはならない帯を制作してもらい、仕事と技術向上の機会を与える計画だ。文化の継承と同時に、パレスチナ女性の経済的な自立支援も目指す。

生活様式の変化に伴い刺繍をするパレスチナ人、和服を着る日本人が減る中、山本さんはそれぞれの文化を積極的に継承していくことが重要と考えている。「伝統と伝統をミックスすることで、新しい価値が加わる。美しい作品をこれからも生み出し、この刺繍帯を通じて日本の人々がパレスチナに興味を持ってもらえたらうれしいです」

日本とパレスチナをつなぐ帯。女性たちのまなざしは、刺繍を縫う手元よりはるか先を見据えている。

取材・文=渡辺 真帆(ニッポンドットコム多言語部・アラビア語版担当)
写真=鈴木 愛子

パレスチナ刺繍帯プロジェクトby ICEJ・Palestinian Embroidery OBI Project Email: info@icejinc.co.jp

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