海外コミックの祭典

バスティアン・ヴィヴェス フレンチ・マンガの未来形

文化

2013年7月、『塩素の味』で日本の漫画界に殴り込みをかけるフランスの若手バンド・デシネ作家、バスティアン・ヴィヴェス。前年の「海外マンガフェスタ」で初来日した際、日本への思いをたっぷりと語ってくれた。

バスティアン・ヴィヴェス Bastien Vivès

1984年フランス・パリ生まれ。2006年にバスティアン・シャンマックス名義で刊行した『ごろつきプンジ』で注目される。2008年の『塩素の味』が翌年のアングレーム国際BDフェスティバル新人賞を受賞。 2012年に『ラ・グランド・オダリスク』(リュペール&ミュロと共作)でランデルノー賞受賞。2013年3月、日本のマンガをヒントにチームで制作した『ラストマン』の第1巻がフランスで発売。同7月には、小学館集英社プロダクションより『塩素の味』の日本語版が刊行。

気づいたら大友克洋と同じステージに

2012年11月の「海外マンガフェスタ」では、フランスを代表するバンド・デシネ(BD)の巨匠レジス・ロワゼルに代わって、急遽ゲストに決まったバスティアン・ヴィヴェス。まだ日本で作品を発表していなかった若手作家だが、その新感覚の作風が紹介される絶好の機会となり、日本の漫画ファンの間に大きな関心を呼んだ。

「日本にはずっと来たかったんだけど、今回が初めて。このイベントのことはフレッド(海外マンガフェスタの実行委員長、フレデリック・トゥルモンド氏)から聞いていて、もともと見に来る予定だった。そうしたら、レジス・ロワゼルの代わりにトークショーに出演してよって話になり……、最終的に決まったのは2週間ほど前。どんなときも、イイ話があったら身軽に飛び乗るのが僕のやり方なもんでね」

——で、気がついたら大友克洋さんと同じステージにいたと。

「大友さんの『AKIRA』は、僕が小さい頃に観た初めての大人向けアニメだったから、強く印象に残っている。まだ6歳だったかな? そのときは怖くて途中で観るのをやめちゃったけど」

——トークショーはどうでしたか?

「フランスではけっこう講演に呼ばれるけど、普通はこんなに人がいない(笑)。大友さんや浦沢さんの力だろうな。でも会場の人たちがとても熱心に聴いてくれて驚いたね。ヨーロッパでは、ここまで漫画に興味をもってもらえないよ。人々が自発的に『発見してやろう』と身を乗り出すのが感じられて、いいなあと思った」

——コミティア会場(※1)の同人誌のブースは見て回りましたか。

「絵のレベルはかなり高いね。ただ、どこかで見たような絵ばかりで、独創的なものが少なかったのは残念。まあ、まだみんな若いから仕方ないかな。しかしブースの数の多さにはビックリしたよ。ヨーロッパにも漫画の同人誌はあるけど、ここまで広がっていないね」

「ミヤザキはすごい」

——ヴィヴェスさんがBDの世界に入ったきっかけは?

「アニメの学校で勉強したので、なんとなくそういう仕事に就くものと思ってはいたよ。ただ、僕の絵はかなりイラスト的だから、アニメには向いていないのも確かだった。それに、絵を動かすために大人数で何カットも機械的に描くよりは、好き勝手にイラストを描きたいよね。で、2年間のコースを終えて、思いつくままBDの企画を出版社に持ち込んでみた。そうしたら大手5社のうちの1社(Casterman)が返事をくれたんだ。ちょうど新人を探してるって。企画を練り直して、作品に仕上げて……、トントン拍子に進んじゃった」

——BDで成功して、今度は自分の作品をアニメにしたいという思いはありませんか。

「BDとアニメは似ているようで、まったく別の仕事なんだ。ひとつの仕事を続けていると、別のことはそう簡単にできるもんじゃないってことがわかるもんだね。今のところ、BD以外に僕の表現方法はないって思っている。ただ、僕がBDを作る上で、影響を受けたのはアニメなんだ。宮崎駿の作品を初めて観たとき、すごい人だと思った。アイディアを形にして表現する方法を持っていて、あらゆる人に訴えかけられる。特に『崖の上のポニョ』は、非常にシンプルな絵やストーリーに回帰した名作だね。70歳を超えた今も若い感覚で作り続けられるところがすごい」

日本マンガをヒントにした「新感覚格闘漫画」

——現在取り組んでいる仕事は?

(左)『ラストマン』第1巻のカバー。判型もフランスのBDに一般的な大判のアルバムではなく、日本のマンガの単行本に近いA5サイズ。(右)『ラストマン』より。一瞬の動きをいくつものコマで表現するのは、日本のマンガの特徴で、従来のBDにはあまり見られなかった手法。 « Lastman » © Casterman 2013 Balak / Sanlaville / Vivès

 「『ラストマン』という格闘漫画で、日本の少年マンガを意識した作り方をしている。アニメ学校時代の仲間だったバラック(イヴ・ビジェレル)とミカエル・サンラヴィルとの共同制作なんだ。『バクマン。』(※2)とか谷口ジローの『冬の動物園』を参考に、原作者と作画者とアシスタントの3人で作ることを思いついた。僕が大体のストーリーを書いて、バラックがそれを絵コンテにし、ミカエルと僕が絵を描く。ひとつの部屋に机を並べて、いっしょに作業を進めるんだ」

——そのほかに今までのBDと明らかに違う点は?

2013年7月24日に日本で発売される『塩素の味』(訳=原正人、小学館集英社プロダクション)

「1週間で20ページというペースもマンガ方式。そうすると200ページの本を1年に少なくとも3巻出せることになって、読者は続きを読むのに半年も待たなくてよくなるよね。シンプルな描線で、白黒が基本。ストーリーを文章でナレーション的に説明するのではなく、動きのあるコマで映画みたいに見せる。こういう要素はすべて、日本のマンガ特有のもので、伝統的なBDにはなかったものなんだ。ただし、絵のタッチにはマンガの影響はないね。僕は小さい頃、それほど日本のマンガを読まなかった。さっきも言ったけど、アニメで育ったんだ。『ラストマン』には、アニメのほかにも、『ストリートファイター』といった格闘ゲームや、アクション映画、コミック・ストリップなど、さまざまな影響がある。いろんな要素をミックスさせつつ、パロディーじゃない、オリジナルな創作をすることが大事なんだ」

——日本ではまだ作品が出版されていませんが、今回ヴィヴェスさんのことを知って、早く読みたいと思った人が多いはずです。

「フランスと日本の出版社同士で話は進んでいるよ(編集部注:その後、小学館集英社プロダクションから『塩素の味』の刊行が決定)。日本で出版することは夢だったから、うれしいね。また日本に来れたらいいな。僕はおもちゃコレクターだから、秋葉原や中野ブロードウェイに行くのが楽しみなんだ」

撮影=花井 智子

フランス語インタビュー・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)

(※1) ^ 海外マンガフェスタの開催には、創作漫画の同人誌展示即売会「コミティア」が会場(東京ビッグサイト)の一部を提供した。

(※2) ^  原作・大場つぐみ、作画・小畑健。ふたりの少年が原作と作画でコンビを組み、漫画を連載していく過程を、漫画業界の現実そっくりに描いた。2008~2012年、週刊少年ジャンプ(集英社)に連載。

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