海外コミックの祭典

日本マンガの巨匠が欧州BD軍団と対決! 浦沢直樹の巻

文化

「海外マンガフェスタ」で会場を大いに沸かせたトークライブ。第1部の大友克洋氏に続き、第2部では浦沢直樹氏が仏ベルギーのバンド・デシネ(BD)界を代表する名コンビ、ペータース&スクイテンに迫った。

日本で「バンド・デシネ(BD)がブレイクした年」といっても過言でない2012年を印象づけた第1回「海外マンガフェスタ」。目玉イベントのトークライブでは、大友克洋氏がフランスの中堅・若手作家と語った第1部に続き、第2部には浦沢直樹氏が登場。迎えたのは、作品集『闇の国々』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門の大賞を受賞した、ブノワ・ペータース(原作)とフランソワ・スクイテン(作画)の名コンビだ。物語や技法から、BDと日本マンガの違いに至るまで、幅広い話題に花を咲かせた。

トークライブ第2部。進行役はBD翻訳家の原正人氏(右端)。

 

浦沢直樹が一目ぼれしたペータース&スクイテンの世界

浦沢直樹 1960年生まれ。1983年にデビューして以来、『YAWARA!』『MASTERキートン』(脚本/勝鹿北星・長崎尚志)『MONSTER』『20世紀少年』『PLUTO』(原作/手塚治虫、長崎尚志プロデュース、監修/手塚眞)など数々のヒット作を手掛け、世界中に熱狂的なファンがいる。日本漫画家協会賞大賞をはじめ、手塚治虫文化賞大賞を2度、文化庁メディア芸術祭優秀賞を3度にわたって受賞している。モーニング(講談社)に連載中の『BILLY BAT』(ストーリー共同制作・長崎尚志)が2013年5月に連載100回目を迎えた。

ペータース氏は浦沢氏の『PLUTO』について、「『鉄腕アトム』の世界からいろいろな要素を取り入れながらも、独自の世界をつくりあげている」と評した。スクイテン氏は『MONSTER』について、「ストーリーが見事にまとまっている。予想に反して欧州のBDに近いという印象をもった」という。

一方の浦沢氏は『闇の国々』を誰から勧められたわけでもなく、湘南に出かけた際に入った書店で偶然手にとり、「表紙の絵が『ただごとではないな』と思って」購入した。400ページもある重いアルバムを出先で買って持ち帰ったくらいだから、衝撃的な出会いだったに違いない。

作品のタイプが違っても認め合うアーティストの間には、まさに“通底”と呼ぶべき何かがあるようだ。

『闇の国々』(小学館集英社プロダクション刊、古永真一・原正人訳)より。Les Cités Obscures © 2009 Casterman, Bruxelles All rights reserved.

マンガとBDの「時間」の違い

BDと日本マンガが決定的に異なる点のひとつは、「時間」だと浦沢氏は指摘する。単純に制作に費やす時間と言ってもいい。スクイテン氏が1冊仕上げるのに2年かかることを明かすと、浦沢氏は「我々は毎週20ページを仕上げなければならないというノルマの中で生きているから、そういうやり方には憧れますね」と嘆息した。

これに対してスクイテン氏は「『闇の国々』シリーズを描いただけで、私は一生を費やしてしまったようなもの。もっと速く描けたらと思うこともある」と受けた。互いの制作アプローチに対する敬意が感じられる。

漫画批評でも活躍するペータース氏は、「日本のマンガは長いストーリーの中に読者を引き込んでいく。だから次々とページをめくって読まれるように描く。逆にBDは視線がひとつのコマに長く留まるように見せる」と解説した。

フランソワ・スクイテン 1956年ベルギー・ブリュッセル生まれ。父は50~60年代に活躍した建築家。16歳のときに『ミュタシオン』でデビュー。BD作画のほか、映画の背景デザインや、地下鉄駅や万博パビリオンなどの空間デザインも手掛ける。

ブノワ・ペータース 1956年パリで生まれ、幼少期からブリュッセルで育つ。スクイテンとは幼なじみ。BD原作者としては、スクイテンとのコンビのほか、フレデリック・ボワレ、谷口ジローと組んだことも。文芸批評家として、ロラン・バルトやジャック・デリダなどの現代思想からエルジェなどのBDまで幅広く論じる。映像作品も手掛けるなど多方面で活躍。

 

これぞライブ!日欧の巨匠がドローイング対決

日本のマンガは大部分がモノクロだが、よりビジュアル性の強いBDは全巻カラーという作品もある。スクイテン氏の場合は、物語の流れに強弱をつける効果としてモノクロとカラーを使い分けるという。ところが、日本のコミック誌には巻頭カラーという体裁があり、そこにどういう意味があるのか、スクイテン氏は知りたがった。

これに対して「意味はないですよねえ」と苦笑する浦沢氏。「ドラマが盛り上がった場面ならよいのに、どうして何も起こらない冒頭をカラーにするんだろう? だから『“巻中”カラーをやろう』ってずっと出版社に言ってきたんだけれど、それを大友さんが先にやっちゃった」と聴衆を笑わせた。

濃淡の描き方について、浦沢氏が画を描きながらスクイテン氏に質問(左)、スクイテン氏も画を描いて答えた(右)。

ライブ中に突然、浦沢氏が自らペンをとって画を描き出す場面もあった。濃淡をつけるのに濃いところから描くのか、薄いところから描くのかとスクイテン氏に質問するためだ。するとスクイテン氏も、自ら人物の横顔を描いて説明。漫画ならではの当意即妙なやりとりに思わず会場はどよめいた。

編集者と漫画家はジョージ・マーティンとビートルズの関係

日本のマンガ事情にくわしいペータース氏は、「タントウシャ」と日本語を使いながら担当編集者の存在が独特であることを指摘した。これについて浦沢氏は「絵描きは白い紙に向かってひたすら描いているので、その時自分が正しい方向に向かっているかはわからない。優れた編集者は、その方向を示してくれる」と説明。担当者を「ビートルズにとっての(プロデューサー)ジョージ・マーティンのようなもの」と喩えると、スクイテン氏は深くうなずきながら「作家と対話できる担当者の存在はうらやましい。BDにおける出版社やエージェントと作家との関係は、これから見直す必要があるのかもしれない」と語った。

『闇の国々』より。Les Cités Obscures © 2009 Casterman, Bruxelles All rights reserved.

 

メビウス、手塚…、漫画的記憶の共有

トークライブでは、第1部、第2部ともに、“メビウス(※1)”という名がたびたび語られたことに聴衆は気づいたはずだ。

「フランスに行くたびに、書店のメビウス・コーナーをまるごと“大人買い”していました。彼の描いた線を見ると、『さあお前も描け!』と言われているようで、ハッパをかけられるんです。僕の創作の原動力になっています」(浦沢氏)

「人物自体も魅力的。伝記を読みたくなるような漫画家は、日本なら手塚治虫、フランスはメビウスでしょうね。次の時代の作家に道を示し『日常から飛び出しなさい。生きること、描くことは冒険なんだ』ということを教えてくれた」(ペータース氏)

かつて手塚治虫は、点線で陰影をつける技法に影響を受け、それを“メビウス線”と名付けた。日本のマンガと欧州のBDをつなぐエピソードは、それこそ無限にある。今回の「海外マンガフェスタ」は、日本と欧州を代表する作家が、語り出したら止まらないほどの “漫画的記憶”を共有していることを強く印象づけた。

※文中では場合に応じて「漫画」「マンガ」の表記を使い分けています。

取材=柳澤 美帆
撮影=花井 智子

★第2回海外マンガフェスタ開催決定!2013年10月20日に東京ビックサイトにて http://kaigaimangafesta.com

第1回海外マンガフェスタの模様は下のフォトギャラリーで









(※1) ^ 本名ジャン・ジロー。1938年パリ郊外生まれ。『タンタン』シリーズの作者エルジェ(ベルギー、1907-1983)以降もっとも重要なBD作家と言われるSFファンタジーの巨匠。大友克洋、浦沢直樹、宮崎駿、松本大洋らに大きな影響を与えた。代表作に『アンカル』(アレハンドロ・ホドロフスキー原作)『アルザック』など。2012年3月没。

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