ロンドンで造る日本酒:小さな酒蔵の大きな挑戦
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クラウドファンディングで起業
2人が日本酒と出会ったのは、わずか数年前の秋のことだ。日本に初めて旅行し、その「香りや味に魅了されて」紅葉を楽しむ合間に各地の酒蔵を訪れた。「芳醇な香りの酒もあれば、軽くてよい香りの酒もある。その種類の多さに目を見張りました。特に新鮮な生酒、低温殺菌(火入れ)されていない酒が気に入りました」とルーシーさんは当時を振り返る。
帰国後、自宅のアパートで日本酒の醸造を始めた。当初は趣味程度のものだったが、トムさんは2017年2月に再び来日し、京都・伏見の「月桂冠」で技術を学んだ。6月にはクラウドファンディングで1万3000ポンド(約195万円)の資金を集め、わずか25平方メートルの小さな醸造所が出来上がった。
1回で300リットルを醸造する。3回ほど造って飲んでもらったところ、評判は上々。ほどなく高級デパート「セルフリッジズ」が買い付けてくれ、店頭に並ぶようになった。国際都市ロンドンの酒好きの人々に、「カンパイ」の名はすぐに知れ渡った。
醸造所があまりにも狭いので、2人はこの場所を「ナノ酒蔵」と冗談交じりに呼んでいる。「酒蔵にツアーを組んで行ってもいいですかという問い合わせが来ます。その時は『見て回るのに30秒もかかりますよ!』と答えています」とルーシーさん。トムさんも「日本から来る人たちにも、あらかじめこう伝えています。私たちの酒蔵は狭いガレージの中にあるんですよってね」と笑う。
クラフトビールを参考に
2人の日本酒造りは、大きな特徴がある。「醸造方法」と「マーケティング」で革新的な挑戦をしていることだ。
「私たちは、もともとビールが大好きでした。日本酒とビールの製造工程はそれほどかけ離れているわけではないので、クラフトビール造りを参考にしながら、どんなお酒が求められているのかを調べ、まず少量で作ってみました。職人のような手作業と最新の技術を駆使することで、独特の風味を出そうと頑張っています。西洋のモデルで伝統的な日本酒に挑戦しているのです」
主に純米酒とにごり酒の2種類を製造しているが、最新作の中には超辛口で、ホップの豊かな風味を出したものもある。日本酒党にとっては衝撃かもしれないが、ルーシーさんは「お客さんの反応を見て、製品として本格展開できると思いました」と説明する。
材料は米国産や日本産の酒米、輸入した麹を使う。ロンドンの水は日本と違う「硬水」だが、他の醸造業者のアドバイスを受けて地元の水を使うことを決めた。低い温度で発酵する硬水の特徴を生かした日本酒造りにチャレンジしている。
容器にも工夫をこらし、クラフトビールのボトルに入れて販売する。黒と白の2種類のラベルには、この酒の特徴を詳しく説明するためのスペースが空けてある。1回1回の「造り」ごとに、その説明を書き加えて製品は出荷される。
未体験者ターゲットにカクテル創作も
マーケティングの特徴は、まず有名デパートを販路にし、そして日本酒を飲んだことがないという人たちをターゲットにしたことだ。17年2月から地元のワインショップやデリカッセンなど10カ所以上で試飲会を開催しているが、参加者のうち日本酒を飲んだことがある人は3分の1程度。そこで、未体験の人たちにはまずカクテルで飲んでもらおうと考えた。にごり酒とエスプレッソ、カルーアを混ぜた「エスプレッソ・サケティーニ」というオリジナルカクテルも創作した。このようにして、少しずつ日本酒を知ってもらうための道筋をつけているのだ。
2人の日本酒造りは革新的だが、古風な点も同時に見て取れる。狭い作業場でハイテクとは程遠い、驚くほど小さな器具を使っている。平日の夜、醸造所はシンと静まり返る。近隣住宅からの音に混じって、発酵の進んだ酒がのんびりと泡立つ音が聞こえる。おいしい日本酒に産まれようと、静かに時を刻んでいるかのようだ。
日本の酒造関係者も見学に
「日本の酒造業者の人たちは、私たちの酒蔵に興味があるようです。かつて行われていた日本酒造りを思い出すからだと思います」とトムさん。作り方やビジネスモデルは異なるが、それだけに「カンパイ」に関心を寄せており、これまでに日本から10人ほどの酒造関係者が見学に訪れた。
日本酒造りはかなりの重労働だが、2人はフルタイムの仕事も続けている。ルーシーさんは科学広報の仕事、トムさんは銀行に勤めている。稼いだお金のほとんどを日本酒造りにつぎ込む。「米の値段と配送料が高いんです。ロンドンの家賃と同じように」とルーシーさんは言う。
2人は2018年2月に再来日し、北日本を訪れる予定だという。その熱意と工夫が、さらにおいしい日本酒造りにつながるだろう。
(原文英語。バナー写真:「カンパイ」を手にするトム・ウィルソンさん(左)とルーシー・ホームズさん。写真撮影:トニー・マクニコル)