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銀座のミツバチが教えてくれたこと

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日本有数の繁華街・東京銀座のビルの屋上で養蜂を行う「銀座ミツバチプロジェクト」。ミツバチは、「環境」や「地産地消」の道しるべでもある。年間1トン採れる銀座産のハチミツを使用した酒や菓子も新たな銀座土産として人気だ。活動開始から10年を経て、プロジェクトは全国から世界へと広がりを見せている。

屋上からはじまる物語

銀座3丁目にある「紙パルプ会館」の屋上に設置された「銀座ミツバチプロジェクト」の養蜂場。

1日40万人もの人々が訪れる東京・銀座。江戸時代から続く老舗と海外の高級ブランド店とが混在するこの街は、常に新旧さまざまな文化を受け入れ、育んできた。そんな銀座のビルの屋上にミツバチの巣箱があり、たくさんのミツバチたちがせわしなく動きまわっていることを、賑やかな通りを歩く人々は想像もしないだろう。

養蜂を行うのはNPO法人「銀座ミツバチプロジェクト」だ。都市のど真ん中でミツバチを育てる異色のプロジェクトは、農業生産法人を経営する高安和夫さんと銀座で貸会議室などの運営に携わる田中淳夫さんが中心となり、2006年3月にスタート。銀座でミツバチを育てる場所を探していた養蜂家との出会いをきっかけに、銀座3丁目に建つ田中さんのビルの屋上にミツバチの巣箱が置かれることになった。ここから、ミツバチの行動半径3キロ圏内に位置する皇居の森や日比谷公園の蜜を求めてミツバチが飛び立っていったのである。農薬などの環境汚染に対して敏感なミツバチは「環境指標生物」と呼ばれるが、皇居を中心としたこの地域は農薬の影響も少ないため、ミツバチにとっては良好な環境だったという。

消費の街から生産の街へ

銀座ミツバチの飛行範囲

現在、NPO法人「銀座ミツバチプロジェクト」の理事長を務める田中淳夫さんは、それまでミツバチとはまったく無縁の世界にいたが、「自然と乖離した都会の真ん中でミツバチを育て、それを使って何かを生み出す」ことに直観的に魅力を感じたという。

「銀座という都会の真ん中で地産地消ができないだろうか。江戸時代から消費するだけの街だった銀座が、ミツバチを通じて生産の場になることで、街の人々の意識に何かしらの影響を及ぼすんじゃないかと思いました。銀座は常に最先端のものを受け入れてきました。そして街にそぐわないものは次第に淘汰され、残ったものだけが伝統や文化として蓄積されてきた。銀座ミツバチプロジェクトがそうした『銀座のフィルター』をかいくぐり、やっていけるかどうか。まずやってみて、地域の皆さんの反応を見ようという気持ちでしたね」と田中さんは発足当時を振り返る。

ミツバチの巣箱からハチミツの詰まった巣枠を取り出すスタッフ。

NPO法人「銀座ミツバチプロジェクト」のメンバーたち。週に一度集まって、採蜜作業を行う。現在、150名のメンバーがいる。

銀座産ハチミツが菓子や酒に

こうして静かに始まったプロジェクトは、まるでミツバチが花から花へと飛び回り蜜を集めるように、さまざまな人々をつなげ、活動の輪を広げていくことになる。たとえば、銀座に本店を構えるデパート「松屋銀座」では、銀座ミツバチプロジェクトによって採れたハチミツを使った多彩なオリジナル製品を生み出し、新たな銀座土産として人気を得た。

4月30日に採蜜されたハチミツ(左)。この日はマロニエとフジのハチミツが採れた。瓶詰された銀座産ハチミツ(右)。

「私たちは常々、松屋らしさ、銀座らしさとは何かを考えていたこともあり、銀座で地産地消するというプロジェクトの趣旨に賛同しました。菓子を中心に銀座産のハチミツを使ったさまざまな商品を手掛けていますが、社員が実際に養蜂や採蜜に関わることで、素材の背景や安全性をお客様に自信をもって説明できる強みもあります」と松屋食品部バイヤーの鈴木章浩さん。店頭にはチョコレートやプリン、シュークリームなど、銀座産ハチミツを使った香り豊かなラインナップが揃う。

また、銀座といえば夜の街、バーやクラブの激戦区として知られるが、取材当日、ビルの屋上で陽が降り注ぐなか採蜜を手伝っていたのは銀座でバーや飲食店を経営する白坂亜紀さんだった。「このプロジェクトに参加するようになって、自然や環境への関心が高まり、銀座の屋上緑化にも関わるようになりました。お店では、ここで採れたハチミツをウイスキーとソーダで割ったハニーハイボールが人気です」

オーセンティックバーとして知られる「三笠会館本店BAR 5517」でも、毎年4月になると銀座ミツバチプロジェクトで採れたソメイヨシノのハチミツを使ったカクテルを提供している。「他のハチミツも試したのですが、ソメイヨシノのハチミツの糖度がカクテルには最適でした。毎年4月から6月末までの限定メニューとしてお出ししていますが、この季節が来るのを楽しみにされているお客様もいらっしゃいます」と支配人の高坂壮一さん。つくっていただいたソメイヨシノのハチミツとドイツの蒸留酒コルンを使ったショートカクテルは、甘さとさわやかさが溶け合う春の恵みの味がした。

銀座のソメイヨシノのハチミツで作られたオリジナルカクテル。

ミツバチに学ぶ都市と自然のありかた

銀座のビルの屋上の一角から始まった銀座ミツバチプロジェクトは、活動開始から10年を経て、多様な広がりを見せている。銀座以外の東京都内各地から全国100以上の地域へと拡散し、さらに韓国や台湾などのアジア圏にまで、地域活性化を促すミツバチプロジェクトが伝播しているという。

「さすがにこうした広がり方は10年前には想像することもできませんでした。ここまで広がったのは、皆さんが地域の課題と向き合いながら、それぞれの地域の特徴を反映したプロジェクトにしていった結果だと思います」と田中理事長は言う。その根底にあるのは、ミツバチという小さな生き物が私たちに発するメッセージだ。

「たとえば、銀座の街を飛び回って屋上に帰ってきたミツバチを見ると、付けた花粉の色から『今はベニバナの季節だな』とか、『栃の木の花が咲く頃だな』ということが分かる。ミツバチと関わることで、自分たちの足元の自然の変化がじかに伝わってくるんです。環境問題と最もかけ離れた場所に思える銀座が、環境について考える街になりつつある。その一環として、ミツバチのための蜜源を増やそうと『銀座ビーガーデン』と名付けた屋上緑化も進めています。本来、環境の変化に弱いミツバチたちが大都心の中心部でも命をつなげていけるということは、強者だけでなく、弱く小さい存在であっても街の中でしっかり生きていくことができる証ではないでしょうか。これまでのように強い者だけが跋扈(ばっこ)する都市は、もはや過去の遺物になるかもしれません」

大都会のビルの谷間を舞う小さい命は、これからの都市と自然の付き合い方や社会のありようを、やさしく教えてくれているようだ。

取材・文=さくらい 伸
撮影=長坂 芳樹

■銀座で採れたハチミツを味わうことができる商品

①銀座はちみつシュー

千代田区に本店を構える洋菓子店シェ・シーマが手掛ける見た目も美しいシュークリーム。クリームの中に銀座産ハチミツのゼリーが潜む。

シェ・シーマ(松屋銀座店)
東京都中央区銀座3-6-1 TEL 03-3567-1211(大代表)

②銀座マールショコラ

ミツバチの巣を思わせる六角形(ハニカム)形状のチョコレート。2種類のチョコレートは季節の異なるハチミツが使用されている。

ショコラティエ パレドオール(松屋銀座店)
東京都中央区銀座3-6-1 TEL 03-3567-1211(大代表)

③銀座の蜂蜜カステラ

創業1900年、1939年に銀座店を開店した老舗和菓子店の看板商品カステラに銀座産ハチミツを使った逸品。

銀座文明堂(銀座松屋店)
東京都中央区銀座3-6-1 TEL 03-3567-1211(大代表)

④銀座の蜂蜜バームクーヘン

美しい焼き色と繊細な生地に、バターと銀座産ハチミツの風味がなんとも魅力的なバームクーヘン。

銀座文明堂(銀座松屋店)
東京都中央区銀座3-6-1 TEL 03-3567-1211(大代表)

⑤銀座ハチミツのカクテル

落ち着いたバーで、銀座に咲く桜・ソメイヨシノのハチミツとドイツの蒸留酒コルンを使ったショートカクテルをはじめ、ブラジル生まれのカイピリーニャに銀座産ハチミツを合わせて炭酸を加えた「はちみつカイピリーニャ」などが味わえる。6月末までの限定メニュー。

三笠会舘本店 BAR 5517
東京都中央区銀座5-5-17 三笠会館本店地下1階 TEL 03-3289-5676

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