
漫画「キャプテン翼」を翻訳したシリア人、カッスーマー・ウバーダ
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シリア人だから推薦したのではない
ウバーダさんを翻訳者に推薦したのは、東京外国語大学大学院総合国際学研究院の青山弘之教授。実は青山教授も、『キャプテン・マージド』を熱心に見た一人だという。
「1990年代にシリアに住んでいた時のことです。アラビア語吹き替えのアニメは、教育番組的な役割があるようで、とても堅苦しいアラビア語に翻訳されています。これが、アラビア語論文を読む必要がある、私のような研究者の語学勉強にすごく役に立ったのです」
そんな青山教授は、アラビア語を学ぶ日本人学生よりも、ネイティブに翻訳を頼むべきだと考えた。『マージド』はエンターテイメント性が弱まっていたため、くだけた表現が必要だと思ったからだ。それに、日本で「キャプテン翼」がブームになったのは30年近く前で、今の日本人学生はあまり「翼」に詳しくない。そこで浮上したのが、ウバーダさんだ。彼はアラビア語圏の留学生で一番日本滞在が長く、交換留学生から正式に東京外大に転入している。
「単純に優秀だから、ウバーダ君に声を掛けたのです。当初は難民支援の話もまだなかったので、シリア人だから選んだのではありません」(青山教授)
シリア難民の子どもたちにコミックスを送るという支援は、出版計画とは別に進行した。同志社大学の内藤正典教授によって、集英社に提案されたという。集英社側はすぐに快諾し、初版3千部から千部を買い取り、支援団体に寄付することを決めた。
実際、ウバーダさんは翻訳作業が始まってから、支援の話があることを初めて聞いたという。青山教授は「支援は素晴らしいこと」としながら、日本の一部報道が「シリア人のウバーダが、シリア難民の子どものために漫画を翻訳した」というニュアンスで伝わらないかと心配する。
「あまりにも出来過ぎた美談に仕立て上げられることで、一過性のブームにならないかが心配なのです。日本はシリアに長期的な支援をしていくべきだからです。私がダマスカスに住んでいた90年代までは、多くの企業がシリアに進出していて、日本のプレゼンスが高かった。それが、今では事実上すべて撤退してしまい、とても下がっています。日本の漫画は大人でも楽しめるもので、そのソフトパワーによって、多くのシリア人が日本に親近感を持ってくれると考えています。ですから、『キャプテン翼』だけで終わらず、他の漫画も長期に出版し続けてほしい。私は紀伊国屋書店さんに、そうお願いしています」
日本とアラブ世界をつなぐ役割
漫画のアラビア語翻訳は、困難の連続だという。最初に問題となったのが、日本の漫画では、さまざまなフォントが使い分けられていることだ。ウバーダさんはそれをできるだけ再現するために、自分で漫画に合いそうな3種類のフォントを探し、その所有権者に連絡して使用許可をもらった。
セリフ表現も、方言を使うなど工夫している。フスハー(アラビア語標準語)だけだと、どうしても表現が堅くなってしまうためだ。東京外大には、アラブ諸国から留学生が集まっているので、エジプト方言やアルジェリア方言も、学内で簡単に確認ができるから助かっているという。
「今、7巻まで翻訳が進んでいますが、フォントの使い方など、どんどんうまくなっています。青山先生も言っていたように、漫画の持つソフトパワーを生かせば、シリアと日本だけでなく、アラブ世界と日本をつないでいけるでしょう。僕が工夫を積み重ねれば、翼の後にアラビア語で出版される漫画でも生かされていくと思って頑張っています」
ウバーダさんは今、キャプテン翼の翻訳を続けながら、勉強と就職活動に励んでいる。卒業後はシリアに帰らず、まずは日本で仕事を覚えたいという。
「今回は、偶然、母国に貢献する機会をもらいました。でも、次は自分が主導して、シリアのために何かがしたい。日本は第2次世界大戦後に、短期間で復興し、急成長した国です。そこでしっかりと学び、仕事を覚えることで、内戦終結後のシリアのためにも役立てると思っています。そして、将来は日本とアラブ世界の架け橋になりたいです。とても困難な道ですが、僕も翼のように挑戦し続けていきます」 写真=三輪 憲亮取材・文=ニッポンドットコム編集部